第4話 苦労してる人は世の中わりとたくさんいる。
「たっくーん、生2つお願ーい」
「おけっす」
居酒屋バイトは大変だが思っていたよりも楽しい。
人間が酒に溺れていくのを見ているのはとても愉快だからだ。まあ、そのぶん面倒臭いし酒臭いし危ない事もあったりはする。
「お待たせしゃっしたー。生2つです」
「たっくーん、お皿洗いもお願いっ」
「はーい」
居酒屋越前のオーナー兼店長の
大学卒業間近に居酒屋越前を経営していた父が亡くなり、志織さんは大企業の内定を蹴ってこの居酒屋の経営を引き継いで1年。
お酒も大しての強くないのに頑張る志織さんは見ていてほっこりする。
元々父親の料理や店の古参客たちは前店長の死を悲しんだが、新しい店長の志織さんが可愛いと鼻の下を伸ばして通い続けている。
おいそこのオヤジ、慌ただしく揺れる志織さんの胸をガン見すんなよ気持ちはとてもよく分かるけどさ。
志織さんもわりと結構大きいんですよね眼福ですはい。
「ありがとうございました。またお越しくださいね」
「志織ちゃん、また来るよ〜」
現在、居酒屋越前は金曜を除く平日は夜22時で店は閉まる。
人手不足と経営が芳しくない事もあり、土日祝にバイトを掻き集めての運営で精一杯であるからだ。
「いつもごめんね。こんな時間まで」
「いえ。まあこのくらいは」
22時を過ぎても俺はまだバイト先で後片付けをしている。
要はサービス残業なわけだが、俺としてもこの店が無くなるのは困る。
家から近いし余った食べ物とかくれるのはわりと有難いのだ。
たまに料理も教えてもらったりできるのもいい。
「私ってやっぱ駄目なのかぁ……」
「そんな事ないでしょう」
テーブルを拭きながら曇っていく志織さんの顔。
社会人って大変だよなぁと思いながらも俺はそそくさと後片付けを手早く終わらせていく。
「ほんとはもっと上手く経営して、バイトの子たちみんなの時給とかも上げたいし、人手も増やしたい、けど毎月キツキツでヤバいし……」
「志織さん。駄目で無能な経営者なら1年も経たずに店閉めてますよ」
「たっくん……しゅき」
「あ、そういうのはいいんで」
「時給は上げられないからせめてハグさせてっ」
「いや、良いです遠慮しときます。てか通報します」
「そ、それはやめて」
「『飲食店経営の23歳女性、アルバイトの高校1年生にわいせつ行為』いい宣伝になりそうですね」
「お店潰れちゃうっ!!」
常連客がこの店から離れないのは志織さんの人懐っこく朗らかな性格に惹かれての事である。
流石に客に対して抱き着いたりはしないが、従業員に対してはわりとよくしてくる。
おっちょこちょいだが料理の腕は良いしいざとなると頼りになる人でもあるから、店の雰囲気もいい。
姉ちゃんの事を好きでなかったなら俺も好きになっててもおかしくない。だって高校生だし。
「志織さん」
「ん?」
「お酒って美味しいんですか?」
「美味しくなーい」
そう言って舌を出す志織さん。
そこは嘘でも美味しいって言えよ居酒屋の店長なんだし……
「なに? たっくんお酒飲んでみたいの?」
「いえ、姉が昨日かなり酔っ払って帰ってきたものですから」
「たっくんのお姉さん、20歳なんだっけ」
「はい」
お酒解禁してからそんなに経っているわけではないが、昨日の姉ちゃんは相当酔っていた。
……ぶっちゃけ、エロかった。
エロ漫画のシチュエーションとしては満点だった。
だが俺はその誘惑に耐えた。
誰か褒めてくれ姉ちゃんを襲わなかった事を。
まあ、姉ものエロゲとかバレた日の後だから流石にそんな事出来なかったのが理由の8割だが。
「大人っていいですよね。お酒に酔えて」
「酔っ払っうと大変だよ〜。頭ぽわぽわするし、自分が自分じゃないみたいでたまに怖くなるもん」
「でしょうね」
姉ちゃんは昨日「あー……頭がグゥワングゥワンするぅー……死ぬぅ……」って言ってすぐお風呂に入ってった。
お酒は人をダメにする。
けど酔った姉ちゃんは可愛いので許す。
「たっくんが大人になってお酒飲んだらどうなるんだろうね。すっごく甘えてきたりして?」
「俺に対してどんな印象なんすか」
「ん? うーん……人に興味があまり無さそう? 的な。冷たいっていうわけじゃないけど、なんていうかクール? みたいな?」
「人間観察は嫌いじゃないですし、べつに冷たくしてるつもりもないんですけども」
「酷い人って言いたいわけじゃなくてね、線引きがしっかりされてるんだろうなぁって感じる」
「……まあ、それはそうかもですね。区切って物事考えるタイプかもしれません」
16年しか生きてきていないが、世の中のあらゆる物事にはたくさんの境界線があると俺は思っている。
それは秩序を守る為の法律だったり、誰かが得をするための建前とルールだったり。
学校にだって見えないルールはたくさんある。
クラス内カーストとか面倒だし、空気という圧力は見ることも掴む事もできないのにやたらと重い。
だから自分を守るためにあらゆる角度から境界線を引く。
「たっくんみたいにそういう線引きしてる人がお酒飲んで酔っ払うとね、その辺の境界線がゆるゆるのぐだぐだになるんだよ。だからそれを見るのは楽しみ」
「お酒が飲める頃にはここに居ないとは思いますけどね」
「就職して? うちに」
「……前向きに検と……ちょっと10年くらい考えさせてもらっていいですかね」
「そこは建前でもいいから「志織さんの為なら喜んで!!」とか言ってよぉーー」
将来性の無い個人経営の居酒屋に就職とか割に合わなさ過ぎて怖い。
「じゃあ4年後に一緒に飲もうね。たっくん」
「しれっと4年後の予定決めないでくださいよ」
「4年後かぁ。そしたら私27歳か。……結婚どうしよう……」
「志織さんなら黙ってても男のひとりふたりは簡単に寄ってくるでしょ」
「この店経営してるとそんな暇ないんだもん。彼氏もいないし」
「……お客さんに手を出すとか」
「それはちょっと……うん、やっぱどう考えても無理」
いや真面目に一瞬でも検討とかするなよ考えなくても面倒事増えるの分かりきってるだろ……
でも結婚とか考えてしまうのはわからなくはない。
「じゃあ私が行き遅れたらたっくんが責任持って結婚してもらって」
「好きな人いるので無理です」
「……となるとやっぱり酔わせてNTRしかないか」
「もしもしお巡りさんですか助けてください」
「ごめんほんとに通報はやめてっ?!」
居酒屋越前、従業員募集中。
愉快な女店長が頑張るアットホームな職場です。
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