第3話 姉の苦悩はお酒と共に。
わたしはグラス片手にスナックのカウンターに項垂れていた。
「はぁぁぁ……」
「モモちゃん、どしたのよ?」
カウンター越しにスナックのママのあつこさんが慈愛に満ちた顔でお酒のおかわりを出してくれた。
オカマであるママは面白い人で、よく人生相談もされているこの街の相談役みたいな人だ。
「聞いてよママ」
タクの性癖を見つけてしまった後、タクはわたしと平然と晩御飯を食べていた。
むしろわたしの方がドギマギして、なんか居心地が悪かった。
晩御飯を食べ終わって「友だちに呑みに誘われた」と嘘を付いてわたしはひとりでスナックあつこに来ていた。
「何かあったなら聞いたげるわよ。今日は平日でお客さんもモモちゃんしかいないし」
「実はね」
そしてわたしは弟との事を話した。
ママは相談事の類いは絶対他人には話さない。
この店の常連の常識であり秩序でもある。
「なるほどねぇ。そりゃまた凄い事になってるわね」
「だから嘘ついてまで呑みに来たの……」
「まあ、モモちゃん的には気まづいわよね」
そりゃまあわたしだってタクと2人暮らしももう年単位で一緒にいる。
タクが夜中にトイレに篭ってる時とかは気を使っちゃったりしてたけど、「わたし」でシテたとか考えたらもうなんか変になる。
「しかもあれだよ、わたしがエロゲ持って出迎えた時こそ動揺してたけどその後はもう開き直っているんだよっ?! どういう心境なのっ?!」
「あらまぁたくましい」
「おすすめは姉物語とか言い出すんだよっ?! 何?わたしにそのエロゲをプレイしろと? ……もうほんと弟の事、わかんなくて」
お母さんとお父さんが事故で死んだ日。
わたしはたまにはふたりでデートとか行ってきたらと言って玄関で見送った。そしてふたりは冷たくなって帰ってきた。
親戚も居なかったし、その時タクはまだ中1でわたしは高2。
スーパーのバイト先の店長に無理言って正社員雇用してもらって高校を退学した。
ふたりで暮らせないなら、わたしたちは施設に連れていかれる。それだけは嫌だった。
「それで弟くんはなんて言ってたの?」
「墓まで持ってくつもりだったって」
「ならそうだったんじゃないのかしらね。何もそういう事はされてなかったんでしょ? 何を考えてるのかわからないっていうのは、もう弟くんの中で答えが出てるからだろうし」
ママの言っている事がわたしにはよくわからなかった。
たしかにタクはわたしのお風呂を覗いたりとか下着盗んだりとか夜這いとか、そういう事はされていない。少なくとも認識している範囲ではそう。
わたしの部屋に隠しカメラとか設置されてるのでは? とも思ったけどそれらしいものもなかった。
「ていうかモモちゃん。モモちゃん的にはどう思ったの?」
「ど、どうって……べつに」
「べつに?」
「ビックリは、した。うん」
「嫌悪感とかは?」
「それは……感じなかった、かな。ちょっと呆れたけど」
タクにそう思われていた事を知って、それでべつに嫌悪感とかは無かった。
「わたしだって、弟とずっと一緒に居てたまに弟が不意に「男の子」なんだって思う事はあったし、べつにそこは仕方ないとも思う。でも半分血の繋がりのある姉弟だし、気の迷いというか、普通の姉弟と変わりないと思ってて……」
「恋愛対象としては?」
「それは…………わかんない」
「顔赤いわよ」
「飲み過ぎただけだし……」
ママはわたしをからかって笑った。
その顔に悪意はなかった。
わたしにとってタクは弟だし唯一の家族だ。
これからも変わらない事実で現実。
「まあ、アタシみたいな人間からすれば、嫌悪感を抱かれなかっただけでも嬉しいからモモちゃんの気持ちを100%理解はしてあげられないけど、男と女の関係で悩む気持ちはわかるわ」
「ママは恋愛経験豊富そうなイメージあるけど」
「人を好きになった事はあるわよそりゃ。男も女も。まあ最近はめっきり性欲なくなったけど」
「そうなの?」
「ええ」
普段はどこの男性アイドルが可愛いとかかっこいいとかの話をしていたりするママだったから、てっきり女性には興味ないんだと思ってた。
「アタシも若い頃は色々悩んでたし、今ほど娯楽も少なかったし。今なんてジェンダー平等とかジェンダーレスなんて言葉も一般的になりつつあって生きやすくなったけどね」
「わたしが学生の頃くらいまではたしかにママみたいな人はまだ世の中じゃ偏見持たれてたよね」
「そうよ。だからアタシは個人的には弟くんの味方というか、そっちよりの気持ちが強いわね。応援するとするなら」
「それは要するに弟とセックスしろって事?」
「そんな極端な話まではしてないわよ。恋愛の形は人の数だけあるって話よ」
「そんなのわかんないし」
ああ。
ほんとうに飲み過ぎたみたいだ。顔が熱い。
「そういえばモモちゃん、恋愛経験無いって前に言ってたもんね。「処女で悪いかぁッ?!」って最終的には叫んで泥酔してたものね」
「あーあー。あたまいたーい。きこえなーい」
20歳になってお酒解禁してこの店に連れてこられて、連れてきた同僚は先に潰れてわたしとママだけになって話した時の話だ。そしてそれは今やわたしにとって黒歴史。
そしてこの黒歴史は出来たてホヤホヤ2ヶ月前。
恋愛経験無いのはそれどころじゃなかっただし、タクも居るしで大変だったからであって……
「ママ」
「なにかしら?」
「わたしはどうしたらいいと思う?」
「どうもしないんじゃない? 弟くんはもう答えてるはずよ?」
「ん?」
頭がほわほわしてるから、ママの言ってる事がよくわからない。
「弟くんが言ってる事は要するに今までどおりの生活をする為に墓まで持ってくつもりだったって事。つまりはモモちゃんと無理やりにでも男女の仲になるよりも姉と弟で居る決心をしてたって話。エロゲやらエロ漫画やらは生贄みたいなものよ」
「……」
「エロゲとか捨てるのは無理って言われたんでしょ? それでモモちゃんに対しての性欲を解消してる。現状それで保たれていた安定なわけ」
「うん。それはわかる」
「モモちゃんが弟くんに言ったようにすればいいだけじゃない? 気持ちと言動が同じならね」
わたしは確かにタクに言った。
わたしが見て見ぬふりをすれば今まで通り。
でも聞きたい事はそうじゃなくて、そういう答えが聞きたいわけじゃなくて……
「まあでも? 噂とかで✕✕くんが○○ちゃんの事好きなんだって〜みたいなので逆に好きになっちゃって恋愛になったりするし、モモちゃんが逆に弟くんの事を好きになっちゃったりするかもね?」
「…………」
「あら、案外まんざらでもなさそうね」
「ち、ちがッ……」
どうなんだろう。実際。
人を好きになった事ってないから、わからない。
わたしは、タクとどう向き合っていけばいいのだろうか。
アルコールでとろけた頭で考えたところでわかるはずもなかった。
「……ママ、もう1杯……」
「はいはい」
結局わたしはまたカウンターに項垂れた。
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