第2話 20歳と16歳。

 姉ちゃんは基本的に俺の事を「タク」と呼ぶ。

 だがしかし、怒ってる時とかは「拓斗」と抑揚なく呼ぶ。


「『俺の姉がこんなに可愛いくてエロいわけがない』……『姉の谷間で溺れたい』……『姉のホットパンツがどうしてもエロい』……『姉の太もも』……『ケンカしてムカついたので姉を夜這いしてみた』……『俺の姉の母性がヤバい』……『姉ショタパラダイス』……『姉が手を離すまで』……『姉萌え』……『ロリな姉でもわりとヌける』……『姉が貧乳で悩んでて可愛い』……『実姉オナホ計画』……『大学生の姉が未だにクマさんパンツな件』……『近親相姦でも姉の尻ならきっとセーフ』……『姉のプリンを勝手に食べて怒られたので腹いせに縛ってみたら姉が悦んでいたので最後までヤッてみた』……『ブラコン姉の誘惑が辛い』……『姉を見ててムラムラしてヤッた。悪気しかなかった』……『ツンデレ姉は酔っ払うと甘えてくる』……『姉物語』……はぁぁぁ」

「おすすめは『姉物語』」

「うるさい」

「はい」


 いつからだろうか。

 昔はよくあるような普通の姉弟だった。

 俺が小学生だった頃は少なくともそうだったし、俺にとって姉ちゃんは鬱陶しい奴だった。はず。

 股間グリグリとかされて嫌だった記憶があるが、今ならご褒美だろう。


 姉ちゃんが変わり始めたのは中2になってからだった。

 身体付きとか女っぽくなって進路に真剣に悩んで勉強ばっかだった。

 俺と姉ちゃんは4歳差で俺は16、姉ちゃんは20。

 両親が死んだのは2年前。


「……」

「…………」


 リビングで正座している俺。

 ソファに座って俺と姉ものエロゲをチラチラと視線を泳がせる姉ちゃん。

 姉ちゃんはとても気まづそうである。

 そりゃそうだろうなぁ。


 エロゲとかエロマンガなら、こういう時は開き直って姉ちゃんを押し倒して「好きだ!」とか叫んでなし崩し的におせっせがある種のテンプレ。

 けどそんな事は創作だから出来ることだ。

 現実的じゃない。

 まあ、そういうテンプレはめちゃくちゃ性癖なんだけどな。


「ねぇ」

「あ、はい」


 腕を組みながらも複雑そうな顔で俺を見下ろす姉ちゃん。

 うん。これはこれで悪くない。怖いけど。

 巨乳特有の腕組みした時のあの「腕に胸が乗っかってるやつ」がいい。とてもいい。

 実は中学までは貧乳が好きだったのだが、姉ちゃんが巨乳になってから俺も巨乳好きになってしまった。

 谷間とかとくにえっちだと思うんですはい。


「ひとつ確認、なんだけど」

「なんなりと」


 平静を装っている姉ちゃんだが、黒髪ロングからわずかに見える耳は赤い。可愛いなうちの姉ちゃん。


「これは、拓斗の性癖なんだよね? 凄い数の同じジャンルあったんだけど」

「はい」


 正座をしていると嘘が付けなくなるとか何かで見た事があるが、ここまで来るとどうしようもない。


「その……『姉弟もの』が好きなの? そ、それとも……」

「桃姉ちゃんで童貞卒業したいくらいには姉ちゃんが好き」

「ッ!! っけほッ! っけほッ!!」


 一気に顔を真っ赤にして思わずせた姉ちゃん。

 今の俺ならなんでもできる気がする。

 恥も外聞も捨てた人間は「無敵の人」と呼ばれるのも今なら頷ける。


 こちとらもうとっくに開き直っている。

 そのうえで墓まで持っていこうとしていたのだから。


「……よくそんなこと、堂々と言えたわね……」

「仕方ないだろ」


 俺はもう中学で悩みに悩み、進路すら雑に決めて腹を括って今に至る。

 ある種悟りを開いたような気持ちですらある。


「つ、つ、つまり……わたしの事をずっとえっちな目で見てたってこと?」

「そうだ」

「なんでそんな堂々とした態度で言えるのよっ!!」


 普段はわりとあっさりした態度でいつも接してくる姉ちゃんだからか、こういうのは見ていて新鮮な気持ちになる。

 動揺はかなりしてるけど、そんなに気持ち悪がられていないのかもしれない。やったぜ。


「て、てか童貞卒業ってあんた、そもそも椎名ちゃんと付き合ってなかったの?!」

「付き合ってないけど?」

「なんでよ?!」


 リアクションが大きくなっていくにつれて揺れも大きくなっていく。うむ。えっちだ。


「いや、だってただの幼馴染だし」

「わたしはてっきりそうだと思ってたわよ?! あんたと椎名ちゃんが2人で勉強するって言って部屋に居る時とか気を使ってお散歩とか行ってたりしたのに?!」

「……そう言えば姉ちゃん、そういう時はいつも散歩とか買い物とか出掛けてたな」


 3人で居る時はわりと普通だったのに、テスト前の休みの日とかの勉強会の時に「わ、わたしお買い物行ってくる〜」とか言ってたのはそういうことだったのか。

 なんか態度が変だなとは思ってたけど、そんな勘違いしてたのか。謎が解けたな今。


「あのね拓斗。わたしたちは姉弟。半分だけとはいえ血も繋がってる。それはわかるわよね?」

「わかってる」


 わかっている。だから俺は椎名に告白されても「好きな人がいる」としかいつも言わない。

 姉ちゃんの事が好きなを椎名が知ってるのは、単に椎名にバレたからだ。

 俺から相談とかは1度も持ち掛けていない。


 椎名には絶対に言わないでくれと頼んで、そして今までそれを守ってくれている。

 この秘密を使って強引に迫ってくるような事も椎名はしなかった。それが有難かった。


 こうなる事はわかっていた。

 だから死ぬまで抱えて生きようと思っていた。

 普通の姉と弟として。


「ずっと姉ちゃんの事は好きだったし、これからもそうだ。墓まで持っていこうと思ってた」

「……それはつまり……これが見つからなかったら、ずっと普通の姉弟でいようと思ってたって事?」

「ああ」


 どのみち、高校を卒業したら働こうと思っていた。

 俺が卒業する頃には姉ちゃんは23歳。

 俺の面倒さえ見なければ、美人ですスタイルも良い姉ちゃんなら結婚相手なんてすぐに見つけられる。


 それでもどうせずっと姉ちゃんの事は好きだろうから、椎名とも俺は付き合えない。

 だから距離を置こうと思っていた。


「わたしが、これを見て見ぬふりして忘れたら、タクは今まで通りで居るって事?」

「たぶん? そう。姉ちゃんに手を出した事ないし」

「そりゃまあ下着とか盗まれたり覗かれたりとか夜這いとかされた事ないけど」

「だろ?」

「ドヤ顔で言う事じゃないから! 本来はそれが普通だからっ!!」

「話はこれで終わり? なら俺は部屋に戻るけど」

「ちょと! せめてこれは捨てて!!」

「それは無理」

「なんでよっ?!」


 スマホやらなんやら娯楽がたくさんある現代であるから俺は姉ちゃんとの一線を超えずに済んでいる。

 エロゲを捨てたらたぶんその理性もあっさり崩れるだろう。これはある種のセーフティーネットなのだ。


「そしたらたぶん、我慢できないし」

「っ!! …………」


 再び赤面する姉ちゃんを他所に俺は部屋に戻った。

 理性でコントロール出来るうちに撤退する。

 今までと変わらない。

 これ以上は本当に、姉ちゃんを襲ってしまいかねない。


 姉ちゃんと男女の関係になったりとか、ただれた2人暮らしになりたいという欲求はある。

 けれど、そうなったところで幸せにはなれないだろう。

 そんな事はわかってるんだよ。






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