7
――
「獣人の死体は珍しいから、バラしてみようと思った」
と、マヤ・シクリアは言った。
「脈があったのは、残念だった」
――動く彫像のごときサジタリア少女に後頭部をかち割られて気を失っていたカイメラは、いつ馬車に轢かれないとも限らない晒し者同然で<騎士団>兵舎前の路地に捨て置かれていたのだが、偶然通りがかったその女性に引きずられていったのだった。
マヤの、獣の影のように黒い髪は、伸ばしているというよりはむしろ長い間放置されているようだった。革の筒で大雑把にまとめられてはいるものの、先端の長さにはかなりばらつきがある。そのくせ、身に着けているチュニックは、新品のように漂白されていて、どこか歪であった。肌は白いというより嫌な透明さを持っていて、よく見れば中の血管が蠢いているのが分かりそうなほどである。
幽鬼のごときこの女、医者だという。木のベッドに縛り付けられているカイメラを、豪奢な椅子に深く腰掛け、頬杖をついて眺めている。
「生きたまま八つ裂きにしないでくれたことについて、礼を言うべきだろうな」
カイメラは、天井を見つめたまま言った。こうしていると、今にも梁が落ちてきそうだとか考えてしまう。
「いや、私のことは別にいい。まずは、最良の神アスクレピオスに!」
マヤは高らかに感謝の祈りを捧げて、隣のテーブルに置かれた、少し緑がかったガラスの盃をあおった。カラカラと乾いた音が鳴って、何かと思えば、中に何か白い塊が入っている。
アスクレピオスは、元はエリニケの医神だが、ルーマでも同様に信仰されている。盃の胴には、彼のシンボルであるところの、杖に巻き付く双蛇が描かれていた。
「北部の連中は、ワインを水で割らずに飲むのだったね。きみもそうなのかな」
「酒は飲まないよ」
「いい心がけだ。しかし見たまえ、この透明な液体はワインでもビールでも蜂蜜酒でもない。新たな発明品だ。酒を加熱して、そのエッセンスを取り出したものだ」
マヤは、見た目からは想像できないほど俊敏に立ち上がると、カイメラの傍に寄って、盃を差し出した。
異様に強い酒の香りに、カイメラは咳き込みそうになる。
「これを――」
「飲まないぞ」
「――きみの頭にぱっくり開いた口に流し込ませてもらった」
抑揚のない調子で言って、マヤは自分の後頭部を叩いてみせた。
「……はあ?」
「それ以外の処置はしていない。ヒポクラテス以来、医療の基本は観察と記録だ。要は、治療らしい治療はしていないが、大抵はそれが最善だからだ。
しかし、獣人の生命力は驚嘆に値する。骨の割れ方を見るに、そもそも体の組織が頑丈なのだな」
盃の中の塊を眺めて、マヤは嘆息した。
「……あの、まさかそれは」
「きみの頭蓋骨の欠片だ。乙なものだろ。味は人間のと変わらなかったが」
「……」
イカれている、と、カイメラは強く思った。自分が死んでいたら、彼女は頭蓋骨を切って、それで酒を飲んだのだろうか。カプトの女は皆、こんな調子なのだろうか?
「そんな顔をするな。こうしたものが脳に入り込んで傷つけないように、取り除いたんだ」
「……それで、ヤブ医者が見たところ、あたしの怪我はどうなんだ。
一週間後に予定があって、多分外せないんだけどさ」
「多分、一週間後ではなく3日後だな。
獣人が
私の見立てでは、きみのことだろう」
「そうだけど。ん、いや待て。あたしは丸……3日? 寝てたのか?
まさか、そんなことはないだろ」
「もちろん、ぶっ通しではない。叫んだり、痛みに喘いだりして、とにかく意識不明の重体だったのが3日間というだけだ。瀕死の人間には、それほど珍しい話ではない」
「……とにかく、3日間もこのままだったわけか?
いや、マジで感謝するよ。文無しの異邦人に、そこまでよくしてくれてさ。
ルーマじゃ、あたしらの扱いは相当悪いってのに」
つまり、裏があるのだろうが、あまりにも読めなかった。相手は奇人である。
とはいえ、それ以前に恩人であるから、どうしたものかと、内心カイメラは途方に暮れていた。
「気にするな。私はあらゆる意味できみとは違うし、医者だから。
獣人のことは見下しているが、それは同族に対してもそれほど変わらない。
納得しないだろうから、付け加えよう。エウネクテーのことも気に入らない。
いや、あれも悪い人間ではないんだがね」
「えーと、誰?」
「きみを半殺しにした女だ。エウネクテー・サジタリア・プリオラ。
栄えある<騎士団>の第八隊
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