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「ちょっと、待ってくださいよ。

問題らしい問題があったとすれば、この御仁の方ですぜ。

剣を持って、そこの金縁を踏んでいったんだ」

「実に」


カイメラは不平を言うが、サジタリアは後ろで手を組んで、葦笛の調べのような可憐な声色で言った。


「嘆かわしいことです。この薄汚い獣人ベスティアと、近々寝食を共にせねばならなくなるとは」

「……ん?」

「ところでソロン、はパラティウムに踏み入ったのですか?」

             「って、あたしのこと?」

「は、その通りです。サジタリア隊長」

      「おい、嘘をつくな」


「では、なぜまだ生かしておくのです」


本能的に、カイメラは半身の体勢を取った。

サジタリアが、腰の右側に帯びた長剣に右の逆手で触れたのは、それと同時だった。

逆手で柄を上に引く――宙に浮かぶように、刃が鞘を飛び出し、閃いた。そのまま手の中で柄をくるりと回転させ、瞬く間に順手に持ち替える。

ルーマの兵士は、右利きであっても剣を右に佩き、このように抜刀するよう訓練される。

単純にその方が速いからだが、うまくこの動作を行うには、相当な慣れが必要である。


「今の、冗談……じゃないのかっ」


腕の一本と同等の重量を持つ鉄同士が高速で衝突して、火花が散った。

間一髪。

剣を抜き身にしたままでなければ、カイメラは一刀のもとに両断されていた。

鍔迫り合いになって、カイメラは己の有利を確信したが、徐々に押し込まれていくのは彼女の方だった。

後ろは、パラティウムだ。


(どうなってる! こいつのどこに、そんな力があるんだ)


質では<騎士団>の制式品に遠く及ばないとはいえ、カイメラの履く軍用サンダルとて、濡れた岩場の上でも滑落しない強い摩擦力を持つよう処理されたものだ。

歯を食い縛り、全力で力を込めて、ようやく足が止まった。額の上を汗が流れ落ちる。


「あの、えー、あたしはアングルシーのカイメラ……」

「人擬きが、我々の言葉を、その口で紡がないでください」


相変わらず、サジタリアは死人のような目でカイメラを見つめる――本当に死んでいるのではないかと錯覚するほど、音もなく現れたときから今に至るまで、その表情に変化はない。

何か絡繰りがあるのではないかと、カイメラは訝しんだ。

だが、それを深く考える暇はない。


サジタリアは剣を一旦引いて、突きの体勢に切り替えた。

一般に、致命傷になりやすいのは斬撃でなく刺突だ。斬撃は滑りやすく、軌道を逸らされやすいから、適切な部位を狙わなければ、表面的な傷に収まりがちなのだ。


いずれにせよ、突きは、避けるしかない。

横っ飛び、あるいは後退――通常の人間ならば、そうする。

だが、サジタリアの言う通り、カイメラは獣人である。


――上に跳んだ。剣さえ持っていなければ、背丈と同じくらいには跳躍できるが、今はせいぜい胸の高さが限界だ。それでも常人離れした運動能力であり、ソロンたちが、小さく驚きの声をあげた。

空中で身を翻したカイメラは、姿勢を低くして前に踏み出したサジタリアの背後を取るように着地して、その首に刃を突きつけ――


られた。

頭が割れるように痛んだ。というより、割れているかもしれない。

そもそも、サジタリアは刺突を繰り出してはいなかった。

フェイント。いや、そんなはずはない。

だが、現にカイメラは、跳び上がった後で脚を掴まれ、その勢いのまま、地面に叩きつけられたのだった。


「……冗、談」


つまり、この少女は、カイメラが跳んだのを見て、瞬時に攻撃を取りやめた。

遅延なしで後出しジャンケンをやってみせるようなものだ。概して人間よりも身体能力に優れる獣人でさえ、そんなデタラメを強行できる者はほとんどいないだろう。

カイメラの視界は涙に滲み、赤く瞬き、その中央で、サジタリアの凍える双眸が、ぼんやりと揺らいでいた。


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