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<騎士団>の連中は、カイメラを間抜けなおのぼりさんだと考えている。

あながち間違いではないにせよ、カイメラはルーマの、特にカプト・ヒュドラエのローカルルールに疎いわけではない。いじめっ子の幼馴染、都市参事会委員の息子レスコスが、どこで聞きかじったのか、よく周囲にルーマ雑学をひけらかしていたからだ。


彼は誰より、カプトに行きたがっていた。

属州として併合されたベスティアでは――あるいはその以前から――獣人の思想は二分されていて、つまるところ、親ルーマ派か反ルーマ派であった。

レスコスは前者だった。ルーマを崇めてさえいた。そういう者は、現在では珍しくなかった。ルーマは属州に、新たなルーマ式の街を造り上げたが、その洗練された都市計画に驚嘆しない者はいなかったからだ。

性悪のレスコスは、厄介なことに実力もあって、ベスティア属州全体から一人の枠しか用意されなかった<騎士団>への加入権を賭けて、最後までカイメラと争った。


「まあ、いいさ。来年は俺の番だ」

「一つしかない席にあたしが尻を乗せてる限り、あんたが海を渡ることはない」

「お前が生き残れるかよ。郷に従うための知識も持たないお前が、偉大なるルーマの百万都市カプト・ヒュドラエで!」

「どうかな。お喋りなあんたのおかげで、命拾いできるかも。

あんたの知識が正しいかどうか、あたしが試しといてやるよ」

「ハッ。だが、もう一つ大事なものがあるぞ。分別さ。お前には、それがない。

いいか、僕は、委員の息子なんだぞ!

<大河騎士団>に相応しいのは、この僕だ!」


――


(その通りだ。あたしは飲んだくれ戦士の娘だからな)


ソロンに促されるまま、カイメラはパラティウムとその外を隔てる黄金の路面に向かった。帯剣している以上、そこを踏めば、<騎士団>は即座にカイメラの背に風穴を開けるだろう。

カイメラが横を通り過ぎると、ソロンは見張りの男たちと目を合わせ、口笛を吹く真似をした。それから、右手を伸ばして彼女の背中を押そうとした。


「ああ、その前にこいつを預けておく」


いつの間にか抜刀していたカイメラが突然振り向いて、ソロンの手に剣の柄を握らせ、紐を巻き付けた。


「は?」

「ご存知のことと思うが、こういうご立派な場所には不慣れでね、

先導してくれるとありがたい」


――カイメラは、ソロンの背を蹴りつけた。


「ちょっ、オイオイオイ」


彼はよろけ、剣を突き出した格好のままで、パラティウムに侵入した。

鋲打ちした軍靴の裏が金の音を立てる。


「……で、こうするとどうなるんだっけ?

新入りに教えてくれないか、先輩」


ソロンは慌ててこちらに戻ってくると、手に巻かれた紐をほどいて投げ捨て、剣の切っ先をカイメラの喉元に向けた。


「このアマっ! 調子に乗るなよ」

「あー……あれ?

レスコスの野郎、話が違うじゃんか。百聞は一見に如かずだな」

「ソロン、今のはまずいぜ」


見張りの一人が、頭をかいた。ソロンは憤懣やるかたない様子で、足を踏み鳴らし、唾を飛ばして叫んだ。


「分かってる! だが、見ただろう。こいつのせいだぞ!」

「喧嘩を売ってきたのはそっちだけどな。パラティウムに武器を持ち込むのは禁忌だ。それくらい、クソ田舎の獣人でも知ってるさ」

「てめえ……覚えておけよ、おい」

「何を? あんたの勇姿をか? むしろ忘れてやるから感謝してくれないか」


ソロンの手から剣を奪い取って鞘に戻すと、カイメラは立ち去ろうとした。

今が最善のタイミングだ。


「これは一体、何の騒ぎです」


声がすると同時に、見張りたちとソロンは姿勢を正し、敬礼する。

一瞬にして彼らの雰囲気を一変させたのは、カイメラの目の前に立つ少女である。

異質だった。アングルシーに降る雪のように白い流麗な髪が、異質だった。眉の下で切り揃えた前髪の下で、北海のような冷たい瞳が、光もなく輝いているのが、異質だった。カイメラよりも背の低い少女であるのに、赤い外套の下に、兵士と同じ鎖帷子を身に着けているのが、異質だった。カイメラが息を呑むほど美しいのが、異質だった。


「サジタリア隊長……」

「ソロン、説明をしてください」

「はっ。この獣人が、少々問題を起こしまして……

我々で、その解決に当たっていたところです」

「なるほど。そのようですね」


サジタリアと呼ばれた少女が、たった今その存在に気が付いたかのように、カイメラを見据えた。

――サジタリア。女性の名につくときには変形するが、氏族としての名称はサジタリウスという。ルーマ古来の十二氏族のひとつであると、カイメラはレスコスから聞いている。建国神話に登場し、ルーマの威光の正当性を証明する、古い血統である。

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