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円形闘技場めいた長大な兵舎の壁が赤いのは、兵士のマントが赤いのと同様、それが戦の象徴、すなわち、血の色であるからだ。

戦争の神に好まれるように、鮮やかに染められている。

軍事国家であるルーマでは、何より重んじられるのが軍神マルスであり、軍人はその御心に従うことが求められる。


流れ出す血のごとく、城壁の上からは等間隔で、金で縁取りされた赤い幕が垂らされていた。

描かれているのは無論、多頭の龍ヒュドラである。首は7つで、初期ルーマの掲げた紋章を、そのまま使っている。


兵舎はパラティウム地区の豪奢な邸宅群を囲うように建っているが、これは門の役割も果たしていて、それより内側に武器が持ち込まれることのないように検問している。元首はもちろん、有力氏族をはじめとする資産家で構成される一等市民の血は、何より守られるべきであるからだ。

兵舎の奥に見えるパラティウムの街並みは白い石で造営されていて、門からここに至るまでに歩いて見た壮麗な光景と比較してさえ、まるで別世界のように整然としていた。


ところで、武器とみなされるのは、剣や弓のような大型のものに限られる。

よって、パラティウム内部で行われる暗闘には、もっぱら毒が使われる。のみならず、食器類やベルトまで、人を殺す手段には事欠かない。

そうした抜け道を潰すのが、<七丘大河騎士団>エクイテス・テベリスの存在意義であった。


さて、鎖帷子の上に赤いコートを羽織った見張りが二人、カイメラを出迎えた。

構えるのは長槍。単純に射程が長いから、それを振り回すだけの空間があれば、槍は誰が使っても剣より強い武器である。

ついでに、上の窓に一人。弩で狙っている者がいる。


――大した歓迎ぶりだと、カイメラは思う。

皮肉ではない。

ルーマにおける獣人の扱いを考えれば、この場で荒事に持ち込まれないだけマシであろう。


「何者だ」

「アングルシーの戦士ヒュウェルの娘、カイメラカイメラ・アプ・ヒュウェル

「ベスティアの獣人が、何の用だ」


(聞いちゃいないな)


何者だ、というのは、質問ではなく挨拶であるらしい。

そもそも、彼らがカイメラの素性を知らないはずがない。彼女はベスティアの都市参事会公認の試験を合格し、<騎士団>への加入を認められたのだ。

<七丘大河騎士団>を構成する氏族とは、敷衍すれば名門貴族の一員であるのだが、その生まれ持った高圧的性質を、彼らは軍人として遺憾なく発揮しているだけだ。

だが、確かにごろつきではない。ルーマの軍隊が世界最強であることは、カイメラをして認めざるを得ない。おまけに、結局は数に頼りがちな多対多の乱戦ではなく、少人数での市街戦に特化した<騎士団>団員の個々の戦闘技能は、まさしく精鋭中の精鋭と言われている。

とはいえ、カイメラもその一人となるわけであるから、実質的な立場は対等である。


「あなた方の同僚になりに来た。

新しいマルティウスの月からだ」


マルティウス。

戦の神の名を冠するのは、年の初めの月である。それが、1週間後に迫っていた。

つまり、今は年末なのだが、ルーマを擁するイタリーは総じて温暖な土地であるから、そもそもが年中寒いベスティアを出身とするカイメラには、十分に暖かく感じられる。


「ふん。おい、聞いたな、ソロン! 新人を案内してやってくれ」

「あいよ」


兵舎の階段を降りてきたのは、堂々たる体躯の、美しい黒髪の男だった。

その名前は、伝統的なルーマのものではない――悪い意味ではない。ルーマにおいては、あらゆる意味でより高度な意味合いを持つ、エリニケ系の名前だ。

エリニケは、ルーマ文化のルーツである。ルーマの高官たちは、エリニケの言葉を使う。言語や芸術のみならず、神話や建国史からして、ローマはエリニケに対する憧れを隠してはいない。

エリニケに戦争を挑み、勝利を収めた後も、ルーマは彼の地を属州とすることなく、東部ルーマとして位置づけた。

エリニケの有力な貴族ならば、カプト・ヒュドラエ外部の者であるとしても、例外的にルーマの氏族に迎えられることもある。


「ではお嬢さん、こちらへどうぞ」


門の奥へ進むよう、ソロンは恭しく促した。見張りの男たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。


――大した歓迎ぶりである。

これは、皮肉だ。

簡単な罠だった。パラティウムに武器を持ち込むことは禁止されている――カイメラは帯剣しているから、もし彼の言う通りにすれば、危険人物として即刻排除されるわけだ。


(さて、どうするか)


そうカイメラが首をひねるのは、実際には、どう戦うか、という問題である。

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