2 (13) 『勝者なき世界』
一
カイセンは、いよいよ納得しなければならなかった。
自分のチンケな魔術では、ラディカに太刀打ちできない。
たとえ、只今に彼女に有効な魔術を十分に扱えて、彼女と対峙出来たとしても、
次の瞬間、彼女は再生し、復活し、そして強くなるのだから、彼女に決して勝利することが出来ない。
重たい現実が突き付けられた。
彼女から殺意を向けられた時点で、その時点で、彼には希望の一切が許されていなかった。
…彼に残された唯一の未来とは、彼が快楽のために殺したマリエットやベイと同じように、無惨に死ぬ未来だけだった。
「…ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!≪空玖手≫ッ!かっ…、あッ…!」
≪空玖手≫は高位魔術。扱うにあたって、カイセンが詠唱を行う必要は一つもなかった。
しかし、彼はそんな当然を認識できないほどに焦っていた。
今すぐ目の前の絶望を取り除きたい。ラディカを場外に退場させたい。
彼は魔力を闇雲に使って無数の透明の手を生み出した。そして、その物量を以て彼女を宇宙空間に放り投げてやろうとした。
…だが、無駄な足掻き。
ラディカという存在は、既にカイセンの魔術を完全に攻略し切っていた。それ故、彼女がたかが高位魔術に揺るがされるなど、蟻の足踏みで地震が起こるくらい有り得なかった。
「持ち…、上がらない…」
暗い顔。そんな顔をするカイセンの目の前で、ラディカは自身の肌から放出し得る熱エネルギーだけで全ての≪空玖手≫を消し飛ばしてみせた。
1.再生不可能なレベルで消し炭にする…『駄目』
2.大気圏外に吹き飛ばす…『無理』
3.物理的に行動不能にする…『失敗』
4.封印する…『不能』
5.精神攻撃…『無意味』
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける…『不可能』
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る
二
…カイセンの身体強化は、もはや有って無いようなものだった。
彼はもはや、ラディカに軽く小突かれるだけで傷を負うほどに弱くなっていた。
訂正。彼女が強くなり過ぎていた。
彼は、彼女に首根っこを掴まれた後、簡単に放り投げられた。まるで子どもに遊ばれた人形のように、彼は地面に転がった。
カイセンは、痛みより恐怖が止まらなかった。
なにせ、今にもラディカは彼に近づきつつあった。
彼には、彼女が次に何をしてくるのか分からなかった。
絶えずうっすらと笑みを浮かべながら、ふらりふらりと歩む彼女は、森で唐突に出会った熊の動向よりも恐ろしかった。
しかし、少なくとも確実に分かっていることは、死が、足を生やして、ゆっくりと自分の元に迫っていることだった。
「ぁっ…、あっ…、せっ…、≪生彩強化 尸位 変性 帯万(タイバン)≫…!」
それは、現状でカイセンが出し得る最高の防御魔術だった。
詠唱と共に、城壁よりもずっと分厚いバリアーが彼の周囲を覆った。
そのバリアーの分厚さを見て、彼は安全を確信しようとした。彼は自分に言い聞かせていた。このバリアーは膂力じゃ決して割れない、魔術じゃなけりゃ絶対に砕けなくて、しかも、特定の破壊魔術じゃ攻略することが不可能で、それで…。
…恐怖は、彼をバリアーの数秒後を悟れないほどの馬鹿にしていた。
数秒後、彼が必死に信じようとしていたバリアーは、ラディカが片手を軽く振るうだけで簡単に割り砕かれた。
飴細工よりも簡単に割り砕かれた。
想いも。
「あ…」
カイセンは、あまりに簡単に奪い取られた希望を前に、喉を引き攣らせた。
言葉を失った。
今の自分じゃ、ラディカは止められない。
何をどうしても止められない。
でも、止めなければならない。
止めなければ、彼女は間違いなく僕を殺す。
だから、彼は自衛のために、無理やりに喉を震わして詠唱した。
恐怖を泣き叫ぶようにして、魔術を詠唱した。
「ぼっ…、≪膨疾坤砲≫…!≪膨疾坤砲≫…!ぼっ…、あっ…」
しかし、その魔術じゃ、もはや彼女の髪の毛一本を消し飛ばすことすら不可能だった。
「しっ…、≪尸位 変性 縛劫氷≫…!」
だが、彼女は氷漬けにされながらも、ギロリとした眼光を彼の方へと向けていた。
「ひッ…!あッ…!やぁッ…!」
カイセンは情けなく後ずさった。
腰を抜かしながら、エビのように逃げようとした。
だが、氷塊は、彼の逃亡の意志を打ち砕くべく砕け散り、霰として辺りに吹雪いた。
そして、ラディカは舞い降りた。
五体満足で、へたり込む彼の前に現れた。
「あァ…あァ…!じょっ…、ゃっ…!」
「きょっ…、せっ…」
「≪生彩強化 尸位 破壊 万煌口(バンコウゴウ)≫ッッッ!!!!」
…それは、カイセンが持つ最大の威力を誇る技であった。
魔力消費量はハンパなく、唱えれば一気に生命力を奪い取られ、瀕死寸前に追い込まれる。
しかし、出現する巨大な火球は、今にあるクレーターの半径を遥かに凌ぐほどの爆炎をもって、全てを飲み込む。
街一つすら飲み込んで、一撃で焼野原に変える。
これで倒せなかったら…、もう…
…彼の最後の希望を乗せた魔術は、その威力の通りに、術者の彼を除く全てを焦土にした。
ドゥオーモ大寺院も、横たわっていた敵と味方の死体の全ても、何もかもを焼き尽くして、全てを灰に変えた。
彼の頭上から天上の輪が消えた。
彼はもう、生命力を犠牲にすることが不可能だった。
体内の魔力は枯渇していて、もはや低位の魔術すら使えるか怪しい。それくらい、限界の淵に追い込まれていた。
…これで彼女を倒せなかったら、彼は完全に打つ手を絶たれる。
祈るしかなかった。
自分の生を、彼女の死を。
…そんな無駄を。
彼の眼前を灰が舞う。
只今に形成された更に大きなクレーターの中心でへたり込む彼を、熱気と焦げ臭さが包む。
無音。
ただ、自然の運動だけが彼の周囲に存在する。
何の変化も起きていない。
勝った…?
彼の心が晴れようとした。
幸福に笑みを浮かべようとした。
…しかし、見えそうだった明るい未来は、間もなく真っ黒に塗り替わった。
ふと、彼が地面を見てみると、先ほどまで彼女がいた場所に、布が落ちていた。
神々しい色をした布が、パサリと平然な様子で落ちていた。
まるで彼を煽るように、はためいていた。
彼の脳裏に不安が一気によぎった。
その直後、彼の目の前を舞う灰が不規則な運動を始め、宙に歪な渦巻きを作り始めた。
そして、渦巻きの中心に何らかの塊が構成されていった。
それはやがて、人間大の塊を作った。
それはやがて、女性の形を作った。
…それはやがて、完全なるラディカを作った。
彼は、この世のものとは思えない存在を前に、顔面をグチャグチャに歪ませた。
迫る絶望にどうしようもなく、彼はただ震えて、気をおかしくすることしかできなくなった。
この瞬間、彼の敗北が不可逆的に決まった。
1.再生不可能なレベルで消し炭にする…『駄目』
2.大気圏外に吹き飛ばす…『無理』
3.物理的に行動不能にする…『失敗』
4.封印する…『不能』
5.精神攻撃…『無意味』
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す…『ない』
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける…『不可能』
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る…『お前がな』
三
…なんで、適当なところで『逃げる』という選択が取れなかったのだろう?
飛行の魔術だって、テレポートの魔術だってあったのに。
なんで魔力が完全に枯渇するまで戦い続けてしまったのだろう?
その理由は、考えるまでもなく分かっている。
分かっていて、それは、大陸の人間であれば無条件で見下してしまう、
自分よりも下等だと考えてしまう高慢が、自尊心がいけなかった。
そんな、己の“本性”がいけなかった。
しかし、後悔した時にはもう遅かった。
彼は改心する暇もなく、死ぬしかなかった。
「はァーッ…!はッ…!はッ…!」
カイセンの視界がグニャグニャに歪む。
この瞬間に存在するほどに、ラディカに立ち向かおうとした過去の愚かな自分への後悔が激しくなる。
あの時点で逃げていれば、この時点で逃げていれば
僕は、こんなにも恐怖で全身を悶え苦しませることはなかったのに。
「なっ…」
「なんだよぉもぉぉぉぉぉ!!!!ぼくぁァ…!命をかける気なんてなかったのにぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「なんでったって…ぼくぁここで死ななきゃならないんだよぉぉぉぉ!!!!」
カイセンはその場で泣き崩れた。
現実を、眼前のラディカを自分ではどうすることもできなくて、だから泣き崩れた。
しかし、どれだけ悔み、泣き叫んでも、彼女は無常に迫っていた。
彼に死を運ぼうとしていた。
「あぁぁぁぁぁっ!!!!はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!逃げたいっっっっ!!!!逃げたいぃぃぃぃぃ!!!!」
カイセンは情けなくラディカに背を向けた。
慌てふためき、うつ伏せになり地面に這いつくばりながらも、左右の足を無茶苦茶に動かして、必死に尻をまくって、何とかこの場から逃げようとした。
…しかし、彼の背は無情にも重たくなった。
「あ…」
「あ…!」
振り返ると、そこには馬乗りになったラディカがいた。
「あぁぁぁぁぁッ!!!もぉぉぉぉぉッ!!!こっちは頑張って逃げてんだよぉぉぉぉッ!!!空気読んでわきまえろよぉぉぉぉッ!!!!」
カイセンは叫んだ。
唾をまき散らして、ラディカの顔面にめがけて必死の抵抗を叫びつけた。
だが、ラディカは何も聞き届けなかった。
というより、彼女は何も聞こえなかった。
彼女はただ、頭をおかしくしながら、やはり、うっすらと笑みを浮かべていた。
彼女はおもむろに囁いた。
「ねぇ…?貴方…?」
「私ね…?貴方をブン殴ったり…、腕を千切ってやったりしてね…?そうして、理解しましたの…!」
彼女は妖艶にうっとりした、しかし、多分に子供っぽい笑顔で、カイセンを見つめていた。
淫靡に甘い、しかし、多分に無邪気な声で、彼の耳を食んでいた。
やがて、彼女の唇はゆっくりと放された。
次いで、彼女は両手の指を彼の両耳に当てた。
親指と人差し指で彼の耳たぶをムニュッと摘んだり、指の腹で彼の耳の内側をゾリゾリと這ったりした。
…そして、彼女は唐突に力を加えて、彼の耳を根元から引き千切った。
「ハッッッッ!???ガッッッッ…!アァァァァァァッ…!!」
「痛いッッ!痛いッッ!痛いィィィィッッ!!」
断面から血がボトボト垂れる。
耐え難い激痛が彼を襲う。
しかし、再生はしない。彼は彼女じゃない。
だから、彼は悶絶するしかできない。
そんな彼の、可愛そうな彼の横顔にできた真っ赤な断面を、彼女は発情した雌の表情で眺めた。
彼女はたまらず口を断面に近づけた。
そして、彼女は綺麗な赤をした果肉にペロンと舌を当てた。血を啜るのではない。彼女は傷を慰めるように舌を使った。
愉しそうな彼女は、もう存在しない彼の耳元に、まるで誘惑をするように囁いた。
「ねぇ…?聞いてくださらないの…?それとも、貴方はたかが耳が無くなった程度で何も聞こえなくなるの…?」
「ふふっ…、弱い…、儚い…、可愛いですわね…?」
彼女は悦びながら、カイセンの目元に人差し指を這わせた。
ゆっくりと、優しく、殿方の興奮を慰める時のように、指を艶めかしく這わせた。
だが、その行為の先にあるのは痛みだった。
彼女は、次の瞬間には指を彼の目の奥深くにねじ込み、彼の眼球を抉り出していた。
眼球は、彼の目元から勢いよく飛び出した後、彼の眼前にぽてんと落ちた。
「アァァッ…!アァァァァァァッ…!!僕の目ッッ…!!目ェッッ!!!」
カイセンは苦しみに悶えながら、抉り取られた自身の眼球を元に戻すべく、手を伸ばした。
今にも転がって自身から遠のく眼球を、未だ無事なもう片方の目で必死に凝視して、何とか手に掴もうとした。
だが、その哀れな様子を見たラディカは更に笑ってみせた。
不気味な、不気味な笑みを浮かべてみせた。
彼女は立ち上がって、コロコロと地を転がるカイセンの眼球に、テトテトと可愛らしい足音と共に近づいた。
そして、笑みのまま、彼の眼球を思いっきり踏み潰した。
彼の前で、二度、三度と足を地面に叩きつけて、彼に見せつけるように、眼球をグシャグシャにした。
ラディカの素足に、潰れたカイセンの眼球がべっとりとへばりついた。
その光景に、彼は唖然とした後、たまらず突っ伏した。
「なァ…、何でそんな酷いことが出来るんだよ…ォ!僕がその目を拾おうとしていたの…、見てたんじゃないのかよォォ…!」
彼は突っ伏して、理不尽を泣いた。
目の前に佇む暴力に、悲しくなって泣いた。
「…ふふ」
「ふふふふっ…」
その様子に、カイセンのみっともない様子に、ラディカは興奮を隠せなかった。
気味の悪い興奮を隠せなかった。
次の瞬間、ビク、ビクンと、彼女の全身が震えた。
足元の乾いた地面がピチャ、ピチャと湿った。
その後、彼女は頬を火照らせながら、息絶え絶えに呟いた。
「マリエットの…、ベイの嘘つき…」
「暴力が…、復讐がしてはいけないものだなんて…」
「ふふっ…、こんなにも気持ちよくて…、愉しいものなのに…、そんなわけありませんわよねぇ…?」
「大切なモノを奪った御方の悲鳴…、苦悶の表情…、恐怖の眼…、哀れで、愚かな姿…」
「どれもこれも…、ホンットウにッッ!!最ッ高に愉快じゃないッッ!!!」
ラディカは笑った。
爽快に、溌剌と、狂気的な笑い声を大いに発した。
愉しい。
愉しい。
すっごく愉しい。
しかし、まだ幸せではない。
だから、ラディカは幸せになるために、カイセンへの醜行を再開した。
ラディカは期待で胸がいっぱいだった。
この魔族を苦しめるだけ苦しめて、出来るだけ不幸にして、そうして、彼に奪われた幸せを返してもらえば、
そうしたら、私はきっと幸せに戻れる。
あの温かい世界に帰れる。
マリエットとベイは、帰って来る。
彼女は、もうすぐ返ってくる幸福に顔がにやけて、それがまた嬉しくてしょうがなかった。
嬉しいから、ラディカはカイセンの脚に跨って、両手で彼の太ももを掴んで、ゆっくりと引き裂いた。
ブチ、ブチ、と弾ける音が鳴る。
魔族の悲鳴が耳をつんざく。
飛び散る血肉で身体中が濡れる。
幸せ。
……
…
…その後、カイセンは媚びた。
ラディカに謝罪し、謝罪し、命を乞うた。
反省の言葉を幾つも叫んで、許してもらおうとした。
しかし、今に自分に馬乗りになって、楽しそうに、素足でペチペチと地面を叩くラディカに、
引き千切った自分の片足を掴み、飛行機のおもちゃで遊ぶかのように、ブンブンと嬉しそうに振り回す化け物に
どんな言葉も通じるわけがなかった。
彼女は化け物で、『話の通じない相手』であった。
しかし、理不尽というわけではなかった。
自分が、全て自分の過去の行いがそうさせていた。
ラディカの手が、もう片方の足に手をかけた。
瞬間、彼は彼女の手の冷たさに震えた。
「あ…」
「僕は…」
「アイツを見返さなきゃいけないのに…」
「偽りの王なんかに付いて行って…、“コイツ等”なんかと共存しようと考えたあのバカを…」
「でなきゃ…、僕は一生、アイツに負けっぱなしなのに…」
「神様は…、どうしてこんなにも酷いの…?」
彼は、こんな結末ってないよと思った。
しかし、彼は何をどうしようとも、クモの巣に絡めとられた蝶よりも簡単に、彼女に幸福の全てを吸い取られるしかなかった。
四
…ラディカはぼんやりと立っていた。
全てを終えた彼女は、焼き尽くされて、完全に死んでしまった大地の、そこに出来た異様なクレーターの中心で、一つだけの死体を横にして立っていた。
耳を千切られ、片目をくり抜かれ、両足をもがれ、両腕をもがれ、臓物を取り出され、そして自身の腸で自身の首を絞められ、殺された、
カイセンの死体。
それから、ラディカ。
たったそれだけが、この世界には存在した。
戦いは終わった。
彼女の勝ちで終わった。
彼女は頑張った。
戦うことは初めてだったけど、それでもしっかりとやり遂げた。
そして、仇を討った。
魔族相手に、仇を討った。
…頑張った。
だから、少しくらい、事態は好転していいはずだった。
不幸が終結していいはずだった。
幸福が再び現れてもいいはずだった。
なのに、それなのに、彼女のぽかんと空いた心には、なんだかよく分からないけど、不幸が流し込まれていた。
ドロドロに溶かされた鉄のような、熱く、くどい程に喉にへばりつく、そんな感じの不幸が、ゆっくりと彼女の心の底に堆積して、重なり、層を作っていた。
彼女は、口の中がもどかしかった。
全身に重た過ぎる重力があった。
頭の奥につんざく棘が転がっていた。
やがて不幸は、心を支配した。
その正体は、現実だった。
とてつもない悲しみが脳から溢れ、頬を伝い、地面に落ちた。
そして、彼女の幸せは、今に乾いていく涙の跡のように完全に消え去った。
「あぁ…」
「あぁ…!」
「ベイが…死んだ…!マリエットも…、マリエットも死んだ…!」
「大好きだった二人が殺された…!殺されて、どこか、私の知らない世界に行った…!いなくなった…!」
「でも、でも、どうしてかしら…?私はちゃんと力を振り絞って、二人を殺したクソをブチ殺してやったというのに…?」
「なんで、なんで、まだ何もない…?私の目の前には何もない…?」
「敵意に溺れて、殺意をふるっても二人は返ってこない…!?仇の悲鳴を聞いても…!血と臓物を撒き散らしてやっても…!無残な姿にしてやっても…!二人は返ってこない…!返ってこないなんて…!!」
「可笑しい!こんなの可笑しい!!可笑しいですわ…!!冒険よりもファンタジーで、まるで…、まるで、信じられない…!」
「可笑しい…!可笑しい…!こんな話…、可笑しい…!可笑しい…!私の話…、あはっ…!あははは…!はははっ!あぁ…、ははっ!ははは!あははははははははっ!!!」
「あははははははははははははははははははははははははははっ!!!」
そうして、ラディカはずっと笑い続けた。
笑い声のような泣き声を、喉が痙攣しても、いつまでも叫び続けた。
笑っても笑っても死なないから
悲しんでも悲しんでも死ねないから
死の世界を奪われたラディカは、もう二度と、二人に逢えないから
泣き狂おうが、生きて苦しむしかなかった。
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