2 (12) 『“当った者の”ふの悪さ』
一
匣天開門
魔族の始祖である存在、『初代徳治王』が編み出したとされる技。
それは端的に言えば、魔力を生産する裏技。
原則的に、魔力は生命の内側のみで生成される。
…ただし、その機序は不明。
この世界の生命に“そういうための器官”が備わっているとか、氣や超能力といったオカルティックが存在しているとか、そういうワケでは決して無い。大自然にマナが溢れているとか、女神や精霊がいるわけでも絶対にない。
分からない。
ただ、『生命の内側では魔力が生成される』という事実のみが、この世界に頑然とある。
それがこの世界の絶対的ルール。重力や電磁力と同じ、そこにあるべくしてあるだけの自然。
…だからこそ、匣天開門は魔術の真髄であり、規格外の秘技なのだ。
匣天開門自体は、あくまで世界の天上を開けるピッキングツールに過ぎない。これ単体では自然の内に例外ルールを構築することは出来ない。
肝心の魔力生産とその機序は、その後のオーダーにより決定される。多くの場合、魔力は他のエネルギーと等価交換をすることで生産されることになる。
したがって、術者は匣天開門の後、魔力の変換元となるエネルギーを指定する必要がある。
「≪生彩強化(セイエイキョウカ)≫!!」
…例えば、今カイセンが唱えた生彩強化は、己の生命力(体力や気力、精神力や自己免疫力など、生命の維持に関わる力)を魔力に変換することを、世界にオーダーする呪文である。
還元効率は絶大。生彩強化の場合、指先程の生命力だけで、その魔術師が一日に生成する魔力総量に匹敵する量の魔力を手に入れられた。
「膨大な魔力は魔術の使用可能回数を増やすだけじゃねぇ!デフォルトじゃあ魔力量の限界で扱えなかった魔術を扱うことを可能にする!」
「たとえば≪膨疾≫!これには威力も魔力消費量も100倍の上位版がある!」
「≪膨疾坤砲(ボウシツコンポウ)≫!コイツを≪膨疾≫のようにポンポン使えるようにすることこそ、≪匣天開門≫最大の利点なのさ!!」
試しに唱えられた≪膨疾坤砲≫は、その衝撃により、ラディカの身体を吹き飛ばすどころか、跡形もなく消し飛ばした。
ちなみに、匣天開門後、術者はその者の才に応じた数の輪を頭上に宿すことになる。
カイセンの場合、それは二本。
二
しかし、威力が上がろうが無問題に再生と復活を行うラディカを前に、カイセンは冷静になった。
「…まぁ、テメェは不死だもんな。吹き飛ばされようが、消し飛ばされようが関係ねぇよな」
「だが…、そういう理不尽な能力を抱える奴を相手するからこそ、手数が増えるってのは光るんだぜ!」
カイセンは、考えなしに殴りかかってくるラディカをいなしつつ、考えていた。
「(不死を相手に勝利を収める方法と言えば何だ…!?今までの経験を動員しろ…!訓練で戦闘した召喚獣の中にも不死が特性の奴はいた…!)」
そうして思いついた、彼の案は八つ。
1.再生不可能なレベルで消し炭にする
2.大気圏外に吹き飛ばす
3.物理的に行動不能にする
4.封印する
5.精神攻撃
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る
「(…『2』は、僕がガロの末裔を殺した証拠が無くなっちまうから論外だとして…。『1』はさっきやったが駄目だったな…。『7』もダメだ…、生彩強化は生命力を削るが故に、短期決戦しか出来ないんだ…)」
「(『8』は手段というより目的だな…。やっぱり、手段としての安パイは『3』『4』『5』…、隙を見て『6』が出来たらラッキーってところか…?よし…)」
行動を決めたカイセンは、ラディカを≪膨疾坤砲≫で再度消し飛ばした後、彼女から距離を取った。
そして、彼は彼女をいなす姿勢から、本格的に対処する姿勢に変化した。
「ははっ!実験みたいで楽しくなってきたな!」
「順々にテメェの攻略法を暴いてやるよ!まずは『3』からか!?」
彼の宣言と同時に、いつの間にか出現していた大量の≪空玖手≫(操作可能な浮遊する透明の手だよ。覚えてた?)がラディカの身体を抑え込んだ。
しかし、≪空玖手≫なぞ、何十本あろうが無駄。彼女は、自身にまとわりついた埃でも払うかの如く≪空玖手≫を振り払った。
「まぁ、そうだよな。怪力女のテメェにゃあ、こんなもん蚊トンボが止まったみたいなもんだよな。…だが、それでいい」
「目的は、あくまでテメェの足止めなんだからな」
カイセンは静かに唱えた。
「≪生彩強化 尸位 変性 煉煉(ネルネル)≫」
彼の魔力が、ラディカの立つ地面に流れ込んだ。
魔術に中てられた地面は、たちまち泥のような流体に変わった。
足止めされていたラディカの足は、まんまとドロッとした地面に絡めとられ、あまつさえ、沈み込み始めた。
抜け出そうにも、踏ん張りが効かないせいで抜け出せない。
「生き埋め…!だが、それだけじゃあ物足りない!故に追撃だ!」
続けて彼が唱えた≪生彩強化 尸位 変性 反頑(パンガン)≫は、対象の物質に術者が指定した“輪郭”を与える魔術であった。
今回彼が指定した“輪郭”は、巨大な針を象っていた。彼は、それを周辺の空気に適用させることで、気体100%の針を作り上げた。
何十本と作り上げた。
「コイツを、テメェが沈み逝く前に刺す…!それも、テメェの両腕と両太ももに重点的に、地中で身動きが取れないようにな!」
空気の針を掴んだ≪空玖手≫は、間もなくその通りにした。針で側面から両腕と胴、両太ももを貫いて、ラディカをウナギの蒲焼のようにしてみせた。
そうして、彼女はもがくことも許されずズルズルと地に沈み、消えた。
「あはっ、はははは!沈んだ!沈んだ!まんまとハマりやがった!僕が流体に変えた地面の深さは150m!そんなところに手足動かねぇまま落ちちまったんだ!こうなりゃもう、不死もクソも関係ねぇだろ!?」
そして、とどめのフィンガースナップ。カイセンの≪煉煉≫は解かれ、地面は元の固さに戻った。
戦闘中とは思えないほど静かな風が吹いた。
「ははは…、あー、あっけな。せっかく≪匣天開門≫まで使ったのに、もう終わっちまったよ」
カイセンは戦闘の終了を理解した。彼にはその確信があった。
彼は先の戦闘からラディカの怪力の程度を把握していた。彼女の怪力は、少なくとも魔術によるバリアーを破壊する程度には強力だが、あくまでその程度だと分析していた。
150mというのは、それを踏まえた数字だった。それくらいの地下の圧力が加われば、彼女は完全に沈黙するだろうと、そういう計算だった。
作戦に隙は無かった。計算にも何の狂いもなかった。実際、それらは間違いなく完璧だった。
…だのに
「…はッ!?なッ!?」
次の瞬間、カイセンの足元からラディカの腕が這い出てきた。それと同時に彼の右足首を掴んだ彼女の手は、その握力で骨ごと滅茶苦茶に握り潰した。
「…ンッグァァァッ!!はッ!なんでッ!お前がッ!もうココにいるッ!?」
カイセンは悶絶しつつも、咄嗟に地面に向けて≪膨疾坤砲≫を唱えた。それにより、脅威たるラディカの腕と、飛び出しつつあった彼女の眼光は地面ごと抉り飛ばされた。
一方で彼自身も衝撃の反動により、背後に吹き飛ばされた。だが、それは敵から距離を取るという意味ではちょうど良かった。
「はァッ…!はァッ…!≪生彩強化 尸位 回復 御仙(オンセン)≫…!!」
地べたに倒れ込んだカイセンは負傷を修復しつつ、今にも地面から這い出ようとするラディカに目を見開いた。
「なんでッ…、なんでなんでなんでだッ!!?テメェの力じゃあ地下からの脱出は不可能だったハズだろ…!!?」
「まだ底力を隠していたのか…!?いや…、僕を殺したくてしょうがないっていうテメェの精神を考えればそれは有り得ない…!!」
「…ッアアア!!クソがッ!!僕に面倒な考え事をさせやがってェッ!!」
カイセンは、叫ぶと同時に数十メートルの高さに飛び上がった。次いで、彼は火砕流を降らす魔術である≪生彩強化 尸位 破壊 永琉流(ナガルル)≫により、ラディカを“焼き殺し”、“圧死させた”。
が、彼女は間もなく火砕流を蹴散らし、宙に浮かぶカイセンの元に飛び込んできた。
右の拳が、彼の顔面を捉えようとした。だが、彼は即座に≪生彩強化≫を施した高位魔術を用い、ノーモーションで強力なバリアーを張ることで、辛うじて彼女のパンチを弾くことが出来た。
「…ッ!要は『3』は失敗だったってだけだろッ!!僕にはまだまだ案があるんだッ!粋がんなッ!」
1.再生不可能なレベルで消し炭にする…『駄目』
2.大気圏外に吹き飛ばす
3.物理的に行動不能にする…『失敗』
4.封印する
5.精神攻撃
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける…『不可能』
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る
カイセンが次に手にした案は『4』。魔術的封印であれば、怪力が自慢なだけの非魔術師には非常に有効だろうというのが、彼の結論だった。
≪生彩強化 尸位 変性 砢女(ラメ)≫は、対象を宝石に閉じ込める魔術だった。勿論、ただの宝石ではない。それは、物理的な干渉が不可能にも関わらず、内部に閉じ込めた対象を物理的な圧力と冷気で“一時的に絶命させる”というインチキな代物だった。
カイセンはラディカの周りを飛び回りながら、この魔術を彼女に何重もかけた。
…それは、無意識の行動だった。たった一重だけだったら、何だか彼女に砕かれてしまいそうな、そんな気がしたのだ。
「(でも…、非魔術師がコレを突破するなんて“論理的に考えて”有り得ねぇぞ…?一重であろうとも、この宝石を破壊するには≪尸位≫より上位の魔術を…、つまり、≪地位≫か≪天位≫の魔術を行使する必要があるんだ…。コイツにゃ不可能な要件が求められるんだ…!)」
…が、そんな魔術的常識なんて無駄。
何重にも展開された宝石は、只今にカイセンがかけようとしていた最前面の宝石を含めて、ラディカが内側から軽く力を込めるだけで一気に砕け散った。
1.再生不可能なレベルで消し炭にする…『駄目』
2.大気圏外に吹き飛ばす
3.物理的に行動不能にする…『失敗』
4.封印する…『不能』
5.精神攻撃
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける…『不可能』
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る
「…」
「なんで…?」
カイセンの力の抜けた声がポトリと落ちた。
直後、拳が彼の腹を貫かんばかりに襲った。
彼は、吹っ飛ばされながら思った。
「(魔術が打ち消された…?なんだそりゃ…?もしかして、コイツは『祝福』の影響で魔術に対する耐性が備わっているのか…?いや…、その仮説は、一時的には宝石の中に封印できた事実と矛盾するだろ…)」
「(…というか、何というか、コイツ、最初より攻撃の速度が上がってないか…?)」
「(なんで…?本当になんで…?ついさっきまではこうじゃなかったハズだぞ…?コイツの力は、既に見切ったハズだぞ…?)」
痛みは遅れてやってきた。彼は地面に落下した後、意識が飛びそうなほどの激痛に襲われた。
「…ッ!ガッ…、ァッ…、ハッ…!」
「何だよ…、何だよこの威力ッ…!≪尸位≫の…、それも、スクロールを使って≪畢生強化(ヒッセイキョウカ)≫した身体強化だぞッ…!それが…、なんでッ…!腹がマグマみてぇに熱いッ…!絶対ッ…、内臓が潰れたッ…!!」
…ところで、そもそも、彼が匣天開門を用いたのはプライドのためだった。
魔術の真髄を見せびらかして、大したことない『祝福』を捻り潰すためだった。
しかし、事態は刻一刻と変わっていた。
彼の前には、気づくべき異変があった。
なのに、彼の心持ち自体は変わっていなかった。
だから彼は、一歩ずつ死地に近づいた。
「ッならッ!!身体強化の重ね掛けならテメェの怪力だって凌駕出来んだろうがッ!!!」
≪生彩強化 尸位 変性 鉄鰻(テッバン)≫×5による、怪力の再現。
ついでに、身体の自然治癒力を飛躍的に向上させる≪生彩強化 尸位 回復 大神乙子(タイジンオッコ)≫にて超再生も再現。
カイセンは、ラディカの異能を模倣してみせた。
「ゴリラ女ッ!!魔術師は接近戦が出来ねぇとでも思ったかッ!?甘ェんだよクソがッ!!」
「テメェが自信満々に振りかざしてやがるそのバ怪力ッ!!徹底的に叩き潰して分からせてやるよォッ!!」
そして、カイセンは自身の背後に向けて≪膨疾≫を唱えることで推進力を確保しながら、ラディカに突撃した。
ここでも彼は、戦闘経験の差を遺憾なく発揮した。ラディカが目の前の相手をむやみやたらに殴る蹴るしか考えない一方で、彼は訓練と実践により培った体術を以て相手の攻撃をいなしつつ、体幹を使った格闘技的な攻撃で確実な一撃を叩き込み続けた。
「ッハハハハ!!下品な『祝福』の力じゃあ、人間的な技術にゃ追いつけねぇかァッ!?」
ハイになったカイセンは、更に≪膨疾≫を自身の肘や踵に用いて、パンチやキックにジェット的な推進力を加えた。
それにより、彼の攻撃は全てがラディカの身体を欠損させるほどの威力へと変容した。
彼の攻撃は、ラディカの腕や脚、“腹や胴、頭”さえも吹っ飛ばしまくった。
対し、彼女の攻撃はその殆どが回避された上、ヒットした僅かな攻撃も身体強化によりかすり傷に抑えられ、更にはそのかすり傷すら強化された自然治癒力により瞬時に無に帰された。
二人の間に在る技術と力量の差が、改めて歴然となった。
が…
「なッ…!」
その差は、“ラディカが再生と復活を繰り返す度に”縮まっていた。
段々と、カイセンの一撃が彼女に対して有効打にならなくなっていった。
段々と、ラディカの一撃が彼に対して有効打になっていった。
「(怪力と速度だけじゃない…!肉体の強度もどんどん増している…!!)」
「…さっきまでは僕の方が強かっただろがァッ!!それなのに…、それなのにどうして今じゃテメェの方が上なんだよォッ…!!??」
「ォ…」
「ォ…、ァ?」
いつの間にか、彼はまた、腹部の激痛と共に吹き飛ばされていた。
身体強化と自然治癒力の強化を施す前のような、無力な自分へと戻されていた。
三
…じわり、じわりと、カイセンの脳に絶望が溢れ出しつつあった。
彼は自尊心が高く、あまり公平な考えをしない人間であった。
しかし、馬鹿ではなかった。
戦闘を通して、これだけラディカの異様っぷりを目の当たりにして、彼は嫌でも理解しつつあった。
彼女の持つ、『祝福』の本当の力を。
魔術程度じゃあ、どうしようもない力を。
しかし、彼は認めたくなかった。事実を、認めてはならなかった。
…だって、もし、『祝福』の正体を色眼鏡を外した裸眼で見てしまったら、
そんな絶望的な力を前に、愚かしくも戦いを挑んでしまったと知ってしまったら、
心が、折れてしまうから。
「せッ…、≪生彩強化 尸位 回復 御仙≫ッ…、ッォ…!オァッ…、エッ…!アッ…!」
回復魔術は不発に終わった。
彼は酷く嗚咽した後、眩暈と共にその場に手をついて倒れ込んだ。
「(ヤベェ…!勢いに任せて≪生彩強化≫を使い過ぎた…!生命力が尽きかけている…!)」
生命力が無ければ、魔力を生産することが出来なくなる。どころか、最悪死ぬ。
しかし、生命力を犠牲にしてようやく発揮できる強力な魔術を用いなければ、今のラディカに対抗することが出来ない。
八方塞がり。
…実のところ、彼の取るべき最適解は、もはや戦闘の世界には存在していなかった。
しかし、自尊心が彼に逃走を許さなかった。
彼は、自分から何かを奪われることが怖かった。
だから、彼は絶望にしがみついた。
「(もう…、決定的な一撃に賭けるしかない…!この化け物を何とかするには、僕が成し得る最大級の精神攻撃をブチ込むしかない…!!)」
カイセンは、只今にユラユラと歩み寄るラディカの頭に狙いを定めた。
その魔術は、対象の頭に直接触れなければ発揮できなかった。だから、彼はギリギリの距離まで彼女を引き付けた。
そして、いよいよラディカの距離が一挙手一投足に到達した時、彼女がカイセンを蹴り飛ばそうと脚を振り上げたその瞬間に、彼は全力で地面を蹴飛ばして彼女の脳天に襲い掛かった。
ツッと、彼の手が彼女のつむじに触れた。
「≪生彩強化 尸位 変性 混絡(コンガラ)≫ァッ!!!」
魔術は、間もなく功を奏した。
漆黒の感情により無口の殺し屋と化していたラディカは、魔術の刺激により脳をグチャグチャに掻き回され、正常な思考活動を全て奪われた。
「なに…、なに…?やだ…、やだ…!まりえっと…、べい…、わたし、わたっ…、あっ、あっ、あァァァァァッ!!!!!!」
五感がままならなくなった。
幻覚と現実の区別がつかなくなった。
過去と現在が混在して、見たくもない過去が次々と現在に現れた。
やがて、ラディカは弱々しく頭を抱えてうずくまり、「こわい…、こわい…」と呻くだけの肉に変わった。
そんな、赤ん坊よりも儚くなった彼女を前に、カイセンは狂喜の笑みが止まらなかった。
「倒…、せた…?倒せた…?倒せた…、倒せた…!倒せた!倒せたッ!倒せたッッ!」
「良かった…!本当に良かった…!死ぬかと思った…!もう二度と、家に帰れなくなると思った…!」
「でも…、ハハッ…!そうか…!僕は遂に『祝福』を下したのか…!ハハハッ!僕ぁ魔族の英雄になっちゃったなぁ…!これならきっと、アイツも僕を見返すだろうなぁ…!」
手放しの嬉しさ。当然だった。精神崩壊を起こし廃人になったラディカは、もはや脅威でも何でもなく、ただの体温を持った人形に過ぎないのだから。
…だが、彼が遂に掴んだ完封勝利は、事態をむしろ最悪な方向へと運び始めた。
「あ…?」
「おい…、何してる…、何してんだよ…?」
疑問を発するカイセンの前には、両手で顔面を引っ掻き、肉どころか骨まで爪で抉りまくっているラディカがいた。
「おい…、なんだよ…、やめろ…、やめろ…!お前はもう負けたんだよ…!余計なことすんな…!」
彼は慌ててラディカの正面にしゃがみ込み、彼女の両腕を掴んで奇行を止めようとした。
しかし、彼の腕力で彼女の動きを止められるわけがなかった。
彼女の指はやがて自身の両目も抉り、遂に脳まで達した。彼女は、死にかけの野犬のように病的に唸りながら、自分の脳を自分から掻き出し始めた。
カイセンは、その様子を愕然と眺めていた。というか、あまりの狂気的な光景に恐怖で足がすくんでしまい、ただ見守ることしか出来なくなってしまっていた。
やがて、全ての脳が掻き出された。その後、顔面の傷を再生させたラディカはクスクスと子どものように笑い始めた。
「なっ…、なんだよお前…、大丈夫…、か…?」
彼女の狂気に圧倒され、カイセンはつい、純粋な気持ちで彼女のことを心配した。彼は彼女への呼びかけの後、彼女の肩に手を置いた。
次の瞬間、彼の伸ばした手は彼女に鷲掴みにされた。同時に、彼の手は腕ごとブチブチッと引き千切られた。
夜空に悲鳴が響いた。次いで、狂人の笑い声が大きく響いた。
「なに…、これ…、なんで…、お前は精神崩壊して、身動きが取れなくなったんじゃないのかよ…?」
「あ、はは…、効いて…、なかったのか…?それともアレか…?正気を失っても、僕を殺したいって気持ちは変わらなかったのか…?はは…」
「は…」
1.再生不可能なレベルで消し炭にする…『駄目』
2.大気圏外に吹き飛ばす
3.物理的に行動不能にする…『失敗』
4.封印する…『不能』
5.精神攻撃…『無意味』
6.もしかしたら存在するかもしれないウィークポイントを探す
7.相手が死を選びたくなるまで殺し続ける…『不可能』
8.相手に勝ち目がないことを知らしめて心を折る
四
…当った者のふの悪さ。
否。カイセンが安易に対峙した相手とは、悪いどころでは済まない、最悪中の最悪の相手であった。
『祝福』の正体とは
その力とは、決して“超再生と怪力”とか、“不死”のような単純なものではない。
『祝福』がラディカに与えた力は二つ。
一つに、“死んでも死にきれない力”。
それは、不死どころか、実際に死んでしまおうとも次の瞬間には生を取り戻してしまう、生に囚われ続けてしまう力。
つまるところ、彼女に何度も立ち上がることを許す力。
そして、もう一つに、“死ぬ度に強くなる力”。
それは、死ぬ度に、復活する度に成長を促し、肉体や精神、どころか存在の揺ぎ無さすらも強大にしていく力。
つまるところ、彼女が二度と自分の弱さに屈しない力。
二つ合わせて、決して何にも負けない力。
自分にも、母にも、現実にも、
もちろん、眼の前にいるカイセンにも。
彼女は死んでも負けない。
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