1 (10) 『家族になった日』
一
思い出すには尊すぎる思い出
二
『やったぞ…!遂に見つけた…!魔術の申し子…!神に与えられし力を持つ者…!』
…3歳の頃。
いや、もしかしたら2歳の頃かもしれないし、4歳の頃かもしれない。私は自分の年齢について、お義父さんから初めて貰ったバースデーカードの裏に書き記してあった、『ヌヴェル830年、正しくはヴェイユ854年。シャトー5歳の誕生日』から知り得た仮のモノしか知らない。だから、私は今でも自分が本当は何歳なのか分からない。(誕生日だって、お義父さんと出会った日だし)
なんかごめんね。
…それはさておき、少なくとも、物心がついたばかりの頃。
私は、ツロン近くのスラムで、本当の母に捨てられた。
母のことは殆ど覚えていない。声や、肌のぬくもりさえも記憶にない。ただ、唯一覚えているのは、捨てられる際に、何か、赤子のようなものを抱かされたことと、私の赤黒の目を見て本当に嫌そうにされたことだけ。
それから私は、いつの間にか使えるようになっていた魔術を使って、何とか生きた。自分の姿を透明にして他人の食卓から盗み食いをしたり、鍵を壊して部屋や保管庫に忍び込んだり。…でも、魔術対策なんてスラムでも普通に行き渡っていたから、私はよく、悪さがバレて酷い目に合わされた。
…本当に酷いことをされた。今でも偶にトラウマのように思い出す。粗相をする悪い手はコレかと、骨がグチャグチャになるまで手を踏み潰された。指を根本から切り落とされた。縄で吊るされてサンドバックにされた。享楽で猛犬の餌にされた。
でも、何をされようとも、私には回復魔術があった。だから、私はどれだけ傷ついてもギリギリのところで死なずに済んだ。
私は強く生きるために、明日には、明日にはきっと良いことがあるかもしれないと自分に言い聞かせた。絶望的状況から、ほんの少しでも希望を見つけようとして、笑顔でいようとした。傷つく程に、何度も、何度も、そうした。
でも、私は日々を過ごす毎に着実にボロボロになっていった。身も、心も。
(ところで、赤子のようなものは、気持ち悪かったから黙って捨てた。目こそ私と同じで赤黒かったけど…、そもそも、渡された時点で、アレは幼年の私の腕に収まるほどに小さく、グニャグニャと歪な形をしていた。だから、多分、アレは、赤子のようで、“そうでないモノ”だったのだと思う)
…お義父さんが私の前に現れたのは、捨てられてから2年後のこと。多分。スラムで年越しの祭りを2回見たから。2年で合ってると思う。
お義父さんは『習ってもないのに魔術が使えるガキがいる』という噂を聞いて、訪ねてきたらしい。そして、私を見つけたのだという。
だから、お義父さんは別に、私のことを哀れんで拾ってくれたわけじゃなかった。同情したとか、家族になるためとか、そういうんじゃなくて、お義父さんは単に、私の魔術の才能を利用するために私を拾った。事実、私を初めてみた時のお義父さんの顔は下卑ていた。
そんなお義父さんに、私は黙って手を引かれた。抵抗なんてしなかった。だって、その時の私は、痛くて苦しいスラムでの生活に疲れちゃって、何の希望もなくなっちゃって、死ぬことばかり考えていたから。だから、連れて行かれて、その先で何か酷いことをされて死んだとしても、もういいやと思った。虚ろだった。お義父さんという人間の善悪すらどうでもよかった。いや、お義父さんはどちらかと言えば悪か。あの時の私はお義父さんのことを信用していなかった。
…でも、それが杞憂だということは、もしかしたら、そうじゃないということは、そのアンビバレントは、やがて知らされた。
三
…6歳のある日、中空にて(魔術で浮けるのよ)。
お義父さんは、広々としたラティアの平野を見下ろしながら言った。
「国家転覆!!それこそ我が長年の夢だった!!」
「ヴェイユ24年!そう!全てはヴェイユ24年がいけなかったのだ!その年の悲劇…、“フランガロ”の真の支配者たる、フランの姉妹の御隠れを期に!肥ったカエルのレクトル家が増長し、『レクトル家こそが魔族を退け、人類を救った』などとうそぶき、人々を誑かし、惑わせ、美しい神の国を醜い王国へと変貌させ、挙句の果てに自らを王と偽った!」
「愚行!フランの姉妹は創造主ガロに選ばれし究極の存在であり、人類の唯の支配者なのだ!その絶対厳守こそが、我々のようなガロの光を求める憐れな羊たちの役目で、受け継がれるべき意志だったのだ!それなのに…、それなのに…!現下の人々は偽りの権威に堕落し、王家を当然の支配者であると誤認し、誤りながらもその愚かさに気づかず、闇の光合成にて、のうのうと日々を満喫している!」
「シャトー!お前には、この浅ましさが分かるな!?なにせ、お前には何辺も『建国記』と『オムファロス』を説き、学ばせてやったものな!?」
ハイになって叫んでいたお義父さんは、唐突に私の方に振り向いて尋ねてきた。
私はコクンと頷いた。
…真の歴史が紡がれているらしい禁書『建国記』。
王家が作った偽の歴史書である『建国紀(部首が違うだけとかややこしくない?)』の欠陥を指摘した禁書『オムファロス』。
私は、お義父さんに拾われてからずっと、それらの写本を、魔術の勉強時間と食事時間、睡眠時間以外の全ての時間を使って、叩き込まれてきた。テストだって何度もされた。だから、それら二冊の内容については、諳んじられる程に暗記していた。
…内容の価値は、よく分からなかったから、マジで覚えてるだけだけど。
でも、お義父さんは、従順に頷く私に満足して、話を続けた。
「そう!だからこその国家転覆だ!私はこの堕落した王国を破壊し!神の国ガロを再建する!正しい秩序を再興する!そして、全ての後に全権限をフラン家にお返しする!そうして、人類の在るべき姿を取り戻す!」
「あぁ…、国家転覆!素晴らしい計画!輝いて見える!…だが、計画には決定的に武力が足りない!私は生憎、戦闘タイプの魔術師でない…。だから破壊魔術は碌に使えない…」
「しかし!なら!協力者を募れば良い!私は大陸中の有力な魔術師全てに掛け合った!私の正しさと、フラン家の偉大さを説いた!…だが、誰も彼もが、私の話を笑いモノにした!そして、私を一蹴した!愚か者共め…!私は長らく失意の中だった…」
「だが!私は遂に希望を見つけた!!シャトー!お前という逸材だ!」
「さぁ、シャトーよ!私の可愛い子よ!昨日学んだ破壊魔術を、今ここで唱えてみせなさい!!」
私は、お義父さんの指示通り、昨日読んだ魔導書から覚えたばかりの地位の破壊魔術を唱えた。
…魔術は、対象の物質や空間に、適切な形の魔力を射出することで実現する“自然の歪み”。
その前に、魔術の威力は『魔力練度×魔力操作×魔力量』。
特定の自然の歪みを生じさせるには、体内にある魔力を、それのトリガーとなり得る適切な形に練り上げなければいけない。
魔力練度とは、まさに魔力の練り上げの精度を指す。
精度、つまり、『完成図を頭の中でイメージできていなければ、創作をすることはできない。また、細部まで完璧に仕上げることなんてできない』のようなこと。
…15歳になった今でこそ、私はここに問題を抱えていないが、当時の私には、昨日覚えたばかりの魔術を最高質でイメージすることなんて不可能だった。
だから、破壊魔術のための魔力はかなり杜撰に練り上げられた。
また、銃弾は、的に当たらなければ空飛ぶ鉄塊に過ぎない。
それと同じように、体内から射出した魔力がターゲットに当たらなければ、そもそも自然の歪みは発揮しない。
的確な『魔力操作』がなければ、どれだけ丁寧に練り上げた魔力も無駄になってしまう。
…ここは、今の私でも弱点の部分。スラム時代に身体に染みついたガサツな魔力操作がどうしても直せない私は、今も昔も射出した魔力の大半をどこかに霧散させてしまっていた。
…でも、私の体内には上記2つの問題を全て消し飛ばす程に、膨大な量の魔力があった。
生産できる粘土細工が、1スーにも満たない粗悪品であろうとも、大量生産して、箱詰めして出荷すれば、その価値は100フランの工芸品に匹敵し得る。
また、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。
どれだけ未熟でも、力技でゴリ押せる。他の変数が1であろうとも、一つだけはケタが狂っている。
魔力練度×魔力操作×魔力量 ⇒ 1×1×99999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999…
…だからこそ、私は、昨日覚えたばかりの破壊魔術を、魔導書が示す威力を遥かに超えた形で実現することが出来た。
ラティアの広々とした平野は、瞬く間にクレーターまみれの焦土と化した。
「はっ…、はははっ…!はははははっ!!!凄い…!素晴らしい…!!素晴らし過ぎる…!!!なんて破壊力だ!!!少なくとも、シテ一個分の広さは一瞬で消し飛んだ…!!!」
草木一本残っていない焼け野原を前に、お義父さんは絶頂していた。
「人類の限界たる、超位の位階を超えた魔族の魔術!それを難なく操るだけでなく、我が物として、規格外に威力を加速させる…!!凄まじい才能…!!誰も抗えない…!!この国を消し飛ばすことくらいワケない…!!大陸最強の『フル・パロット』の小僧だって目じゃない…!!」
お義父さんは、感嘆の声を漏らし続けた。自分で自分を抱きしめ、身体をくねらせ、悦に浸っていた。
しばらくして、悦から帰ってきたお義父さんは、ようやく、私が鼻息荒く、期待で耳をぴこぴこ動かしていることに気づいてくれた。
お義父さんは仕方なく微笑んで、私の頭をワシワシと撫でてくれた。
大きな手。
小さな私の豆粒な頭が、すっぽり収まる。
お義父さんは、目を細めて喜ぶ私に問うた。
「…シャトーよ。私がお前をシャトー・ブリアンと名付けた意味、覚えているな?」
「ラディカ様、レジティ様をお守りする強靭な城…、に、なるため!」
私は、拙いながらもハキハキ答えた。すると、お義父さんは「そう!その通りだ!」と笑顔になって、一層激しく、私の頭をワシャワシャと撫で回してくれた。
髪がクチャクチャになった。
頭が振り回されて、脳がクワンクワンした。
でも嬉しい。
きゃーってなる。
お義父さんは、私の頭をポンポンしながら、改めて伝える。
今まで何度も私に言い聞かせたことを、何度だって伝える。
「…そう。お前はかの姉妹を、仇なす全てから守護し、そして、うち滅ぼす強靭な“城”なのだ。…国家転覆は私の夢で、確かに凄く大事なことだが、それと同じくらい、お前の魔術は、かの姉妹の為に使われなければならん」
「兵器としてのお前。そして、供物としてのお前。それこそがお前の存在意義で、私がわざわざお前を拾ってやった理由なんだ」
「そのことを絶対に忘れるなよ。自分を見失いそうになったときは必ず思い出せ。お前はシャトー。自我を持つ人ではなく、私や、かの姉妹の道具である、『シャトー・ブリアン』なんだとな」
その話を聞いて、私はうん!と力強く頷いた。
…一見、私とお義父さんの関係は、無垢で何も知らない孤児と、それを洗脳する悪い大人の図に見えるかもしれない。
でも、実際は違う。
私は幼いながらも、古語かつ、難解な言葉遣いで描かれた『建国記』や『オムファロス』を軽く読み流せていた。何より私は、人類じゃ誰も到達できないハズの魔族の魔術の領域に、あっさり到達していた。
私は、物事を分析し、理解する力に異常に長けていた。
お世辞抜きに、頭が良過ぎた。
ただの写本に真実である合理性と妥当性は存在しない。
真実とは、証拠と論理的帰結の積み重ねによって認容される思考の了解。
であるならば、お義父さん一人の発言は真実ではなく意見。
そんな風に考えているものだから、私は幼くても、お義父さんが何だかきな臭いことを言っていることに気がついていた。
私はいつも、お義父さんが口走る変な話を若干冷めた気持ちで聞いていた。
正しい歴史とか、真の支配者とか、王とか、神とか、正義とか。
話半分に聞いていた。
それ本当?って、訝しんでた。
…可愛くないでしょ?
私は、まるで無垢な子じゃなかった。
嫌な捻くれ方をしていた。
当然、私は、私とお義父さんとの親子関係が素っ頓狂で、カルトで、不健全なものであることを知っていた。
道具として所有されて、餌を与えられて、愛でられる。
理不尽な存在意義を叩き込まれる。
そういう行動に込められる想いが、愛ではなく、利用価値であることを、私は完璧に理解していた。
私は、お義父さんに飼われていた。
…でも、それでも私は、お義父さんのことが大好きだった。
だって、私に初めてパンをくれたのも、温かいベッドで寝かせてくれたのも、身体を洗ってくれたのも、文字や礼儀を教えてくれたのも、…頭を撫でてくれたのも、全部、お義父さんだったから。
物心が付いた時からずっと独りで苦しかった私を、苦しみから解き放ち、独りじゃなくしてくれたのは、誰でもない、お義父さんだったから。
私の全ては、お義父さんに作ってもらったから。
だから、私は何でも頑張ろうって思えた。
恐ろしい破壊魔術の習得も、よく分からない歴史や政治の話の暗記も、真剣に取り組んだ。命令があれば、どんな魔術でも唱え、放った。それでお義父さんが喜んでくれるなら、私は満足だった。
お義父さんが私を愛してくれなくても、私がお義父さんを愛せているのなら、それでよかった。
私は、『シャトー・ブリアン』でよかった。
…でも、いつもどこか、心にポッカリ穴が空いていた。
四
…8歳の頃。お義父さんと私、互いに何を望んでいるのか、言わなくても分かるようになってきた頃。
お義父さんは初めて、“実戦の練習”を、…つまり、“人を殺す練習”を、私に命じた。
アメリーの近くの森で、お義父さんは事前に罠にかけていたうさぎを指さして、何でもいいから得意な破壊魔術を打ち込むよう、私に命じた。
固まっていた私は、三度目の命令でようやく頷いた。
…凄く嫌だった。
だって、うさぎは、草木や岩、大地とは違って、動いていて、かわいそうで、明らかに命を持っていたから。
足がすくんだ。
それでも、お義父さんの命令だから、私は一番得意だった、空間を抉る破壊魔術を打ち込んだ。
そうして、うさぎの身体は周囲の地表ごと抉られた。
うさぎは、後ろ足の少しだけを残してこの世から消えた。活力をもって動いていたものが、ただの肉の塊に変わって、ピクリとも動かなくなった。
…死体というものは、衝撃的なものだった。
…そもそも、私は、これまで何度と平野や山を吹き飛ばしていたのだから、動物を殺すのは、絶対にこれが初めてではなかった。過去に何度とあるはずだった。
だが、それなのに、いざ、眼の前に自分が摘み取った生命が転がると、一気に罪悪感が押し寄せてくる。
エゴイスティックな同情だった。
でも、私は、確かに、この手で一つの命を奪ったことを確信した。
それも、ニワトリを締めるような、生きるために仕方のなさが理由じゃなくて、人の気分という、本当に不必要な理由で。
私は、手を血で汚したのだと理解した。
重たい、取り返しのつかない痛みが、心臓を貫き、全身に響いた。
私の目から、ポロポロと涙が溢れた。
私は、消えてなくなってしまったうさぎの魂を掴まえたくて、それから、謝りたくて、地面にポトリと落ちたうさぎの後ろ足の二本を慌てて抱えて、うずくまった。
…私は、この時初めて、お義父さんに命令されて魔術を使ったことを後悔した。
…けど、その後悔が頭を巡った瞬間、私はハッとした。
だって、お義父さんの命令に後悔することは、お義父さんを愛さないことで、お義父さんを裏切ることだから。
怖くなった私は、すぐにお義父さんの方に振り返った。
ごめんなさい。
裏切ってないです。
私は絶対にお義父さんの道具です。
そう、伝えたくて。
だけど、振り返った先にいたお義父さんの顔は、満足でも不満でもなくて、ただ、酷く苦しそうだった。
…何か、私が感じた後悔と同じようなものを、お義父さんも感じているようだった。
その後、お義父さんは私を叱ることも、褒めることもせず、ただ一言、「帰ろう」と言った。
それだけが、初めて兵器として使われた私への、お義父さんの感想だった。
五
…それから、お義父さんは変になった。
今までのお義父さんは、私をガッシリ拘束して、徹底的な教育をして、勝手に部屋から出ることさえ、許してくれなかった。
それなのに、お義父さんはあの一件以降、急に何の教育もピタリと辞めて、静かになった。私が部屋から出ることにも何も言わなくなって、どころか、私に色々と遊び道具を持たせて、「外で遊びたかったら、行っておいで」と、私を自由にさせてくれた。
この変化に、私は、お義父さんが私に興味を無くしたのかもと、怖くなった。
でも、それは違った。
それは違って、お義父さんは、なんだか、違った。
変になったお義父さんは、毎食、ちゃんとお腹いっぱいご飯を食べたか、私に尋ねた。
…でも、お義父さんはそそっかしくて、私に尋ねる前におかわりをよそおって持ってきちゃうから、「えっ、お腹いっぱいだよ…?」と伝える私の前に、いつも山盛りのご飯がポツンと余った。
結局、それは毎食、お義父さんが黙々と食べることになった。
他にも、お義父さんは、外で遊んで帰ってきた、土汚れまみれの私の身体をゴシゴシ拭いて、綺麗にしてくれた。
…一度だけ、「もう8歳だから自分で出来るよ?」と伝えたことがあった。
すると、それまでご機嫌だったお義父さんは「…そうか」と一言だけ呟いて、一気にシュンとした。
ふわふわなタオルを握って、トボトボと奥の部屋に帰っていった。
でも、そんなことがあった次の日も、お義父さんは相変わらず、ふわふわタオルを持って、私の帰りを待っていた。
私はもう、黙って拭かれるしかなかった。
それから、お義父さんは、おもむろに『高貴なる冒険』なんかの対象年齢の低い本を買ってきて、寝かしつけに、私にそれを読み聞かせてくれた。
…でも、今まで読み聞かせなんてしたことなかったから、お義父さんの音読は拙かった。
少年少女向け小説の突飛な内容に困惑しながらも、頑張ってキャラを演じようと無理して抑揚をつけて、そのせいで読み間違えたり、噛んだりしながら、それでも、お義父さんは全力で一冊を読んでみせた。
たどたどしく読み終えたお義父さんは必ず私に、「どうだった…?」と尋ねた。
私が「面白かったよ…?」と伝えると、お義父さんはホッと安堵した。
そして、お義父さんはワクワクして、「…!なら、もう一度読もう…!」と、寝かしつけなんか忘れて、さっき読んだばかりの本の読み聞かせを再び始めた。
お義父さんは、精一杯に私に接してくれていた。
…だけども、私から話しかけたり、触れたりすると、お義父さんは途端にオドオドした。
驚かしたのかなと思って、「ごめんね…?」と謝ると、必ず「いや…」と返された。そして、私たちは共に俯いた。
そういう気まずさのあった日の晩御飯は、決まってちょっと豪華になった。
…あの、悦に浸って、饒舌に欲を語っていたお義父さんとは、まるで違う。
あの一件から、お義父さんはぶきっちょに苦心して、私という存在に困った雰囲気になっていた。
変なことを口走らず、お義父さんはただ、毎日じっと私を見つめた。
でも、ふと目が合うと、サッと目線を逸らした。
私の前では、いつも微笑んでくれた。
けど、一人になると、私の名を呟いて、ため息をついた。そして、頭を抱えた。
そんな、どこか切ないお義父さんは、私にとって、とてももどかしかった。
でも、今までのお義父さんより、ずっと好きだった。
なんというか、これが親子なのかな…?
そう考えもしたが、でも、なんというか、それは違う気がした。
…後世の後知恵的に言えば、私たちは多分、発展途上だった。
近づきたいし、本音は決まってるんだけど、前の関係がいじわるするから、気まずかったり、恥ずかしかったりした。
そんな日々が、しばらく続いた。
六
…ある日、偶然、近くの村で、同い年くらいの女の子が、お父さんに珍しい形の石(ハート型!)をプレゼントしている光景を見つけた。
プレゼントを貰ったお父さんは照れ笑いをしていた。
その様子を陰から見ていた私は、目を輝かせた。
いいなぁ、あれが本当の親子の関係なのかなぁと憧れた。
…私もああやってプレゼントをすれば、兵器として、供物として活躍しなくても、お義父さんを喜ばせられるかなって、おこがましく思った。
思い上がった私は、丘々を飛び回った。あの女の子と同じように、珍しい石をプレゼントしてお義父さんを喜ばせるんだって決めて、良い感じの石をあちこち探し回った。
けど、女の子があげていたくらい珍しい形の石は見つからなかった(そりゃそうだ。珍しいんだから)。
空回りしてヘトヘトになった私は、ちょっとセコいけど、手作りすることにした。
ちょうど傍にあった手頃なサイズの石を、指先に灯した空間を抉る破壊魔術で少しづつ削った。
勢い余って全部削っちゃわないように、慎重に、慎重に作業した。
2回失敗した。すごく時間がかかった。
でも出来た。珍しい形の石。
手のひらサイズの、星型の石。
ちょっと形崩れの不細工になっちゃったけど、それが逆に可愛くて、個人的には気に入った。
出来上がった瞬間、私は、嬉しさのあまり飛び上がった。
私は、すぐにお義父さんの元に持っていこうと、星型の石を両手でギュッと握って、小教会へと向かった。
…夕刻。小教会に着いた時、お義父さんは礼拝堂の長椅子に静かに座っていた。
何かを神に懺悔しているようだった。
ふと、私が帰ってきたことに気がついたお義父さんは、私の方にふり返って「おかえり」と言った。私は、「ただいま!」と大きな声で応えた。そして、ニヤッと笑いながら、お義父さんの元に駆け寄った。
私の挙動に、お義父さんは苦笑いして「なにか楽しいことでもあったのか?」と尋ねた。
私は、お義父さんの前で少しモジモジした後、「プレゼントです!」と不意打ちのように言って、驚かせるように、星型の石を差し出した。
お義父さんは、ポカンとした後、恐る恐る星型の石を手に取った。
…お義父さんは、無言になった。
不思議に思って見上げてみると、お義父さんは石を見つめて、顔を真っ青にしていた。
「お義父…、さん…?」
私は、怯えて尋ねた。
…不安な考えが、頭の中をよぎった。
やっぱりこんなのじゃ、お義父さんは喜んでくれないのかな。私たちじゃあ、あの女の子とお父さんのようにはいかないのかなって、暗い気持ちになった。
どころか、もしかしたら、お義父さんは、私が自分の役目以外の理由で魔術を使ったことに苛立っているのかもしれない。私が、『シャトー・ブリアン』であることを忘れたのかと怒ってるのかもしれない。そう、怖くなった。
私は、目をギュッと瞑って、縮こまった。
最近、すごく優しく振る舞ってくれるお義父さんに調子に乗って、つけ上がってしまった自分のおこがましさ、思い上がりが、次の瞬間、厳しく躾けられると思って、息を荒くした。涙腺がキュッと絞られそうになった。
そんな、弱々しい私に、お義父さんは「これ、拾ったのか…?」と、震える声で問うた。
私は、首を横に振った。
そして、正直に、だけど小声で答えた。
「«無空»の、破壊魔術で…、作った…」
…次の瞬間、お義父さんはハッとした。
お義父さんは、急に長椅子から崩れ落ちて、足元にいた私を強く抱き締めた。
「え…?」
激しい温もり。
いきなりのこと。
驚いた。
どうしたの…?と、恐る恐る、お義父さんの顔を見た。
お義父さんの顔はクシャクシャで、ボロボロで、涙と鼻水をボトボト垂らしていた。
それは、喜びとは違う感情。
それよりも、もっと…
お義父さんは、両の腕で必死に私を抱き寄せながら言った。
「ごめん…、ごめんな…!間違ったお義父さんでごめんな…!私は、こんなにも無垢で、思いやりに溢れて、優しい心を持つお前を、自我のない人形にしようとしていた…。都合の良い、私物にしようとしていた…!私は親として…、一人の人間として…本当に恥ずかしい…!」
…嗚咽を漏らし、しゃっくりを上げながら、何度も何度も私に謝るお義父さんを見て、私は、今、お義父さんから何を貰っているのか理解した。
それと同時に、私も、ワンワン泣きじゃくってしまった。
…私は、今までに、お義父さんから色んな物を貰った。
パンを貰った。
ベッドを貰った。
清潔にしてもらった。
勉強する機会を貰った。
他に、本や、服、遊び道具に、自由も貰った。
…けど、確かな愛を貰ったのは、その時が初めてだった。
私は、生まれてきて良かったと、心の底から思った。
辛くて、苦しくて、寂しくて、死んでしまいたいと思いながら、それでも生きて、その果てに、お義父さんに拾われて、育ててもらえて。
最後には、何者でもない、『お義父さんの子』にしてもらえて、本当に良かったと思った。
夕暮れ時の、薄暗い礼拝堂の中だった。
そこで初めて、私たちは家族になった。
──────────────────────────
【人物紹介】
『シャトー』
机の引き出しの中でダンゴムシを飼っていた。気づいたらどっかいった。
『ジーヴル』
ダンゴムシどっか行っちゃったと泣くシャトーのために、一晩中、森の中でダンゴムシよりカッコいい虫を探し回った。その末にカナブンを捕まえてきて、これ可愛くないとシャトーにまた泣かれてオロオロした。
『ラディカ』
主人公でーす(笑)
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