第3話 これ、佐藤君の?
ほのかは咄嗟にフィギュアをポケットに隠した。
別に悪いことをしているわけではないため、隠す必要もないと考える気持ちと、ロボットのフィギュアを眺めている自分を人に見られたくないという気持ちがぶつかり僅差で後者が勝った。クラスメイトの女子がやれ俳優の何々だ、やれ新作の化粧品だと話している中、一人だけ平成のロボットアニメに夢中なのはいかがなものなのかと思ってしまった。悲しいが、こうした自分の中での偏見はなかなか消せるものではなかった。
そーっと開いたドアをほのかは見つめた。するとクラスメイトの佐藤弘樹が顔をのぞかせた。
ほのかと佐藤弘樹には特に接点はない。
クラスメイトではあるが、関わったこともなければ挨拶を交わしたこともない。ほのかは弘樹にいつも教室の隅っこにいて、一人で難しい本を読んでいるというイメージを持っていた。実際、弘樹は頭がいい。高校に入って最初の大きな試験である一学期の中間テストでは学年一位の点数を取り、担任の教師にクラスメイトの前で褒められていた。あまり勉強のできないほのかは、普段寡黙なのに、そうした成績を納める姿はクールに見えて、なんとなく格好いいなと思っていた。
弘樹の姿を認めると、ほのかはペコと他人に行儀に頭を下げた。
あちらもほのかの姿に気づいたようで、軽く会釈を返してきた。クラスメイトとは思えない沈黙が教室に走る。
――佐藤くん、どうしたんだろ? 何か忘れ物かな?
ほのかは弘樹のことを気にしつつも、再び箒を持つ手を動かしだした。
ちらと弘樹の方を見る。てっきり机の方に向かうと思っていたが、弘樹は床を見つめながら、教室内をうろうろしだした。入口からスタートして、教室の外周をなぞるようにぐるりと回った後、後ろを右往左往しだし、そのあとは前の方を右往左往しだした。どうやら自分の過去の動線を辿っているように見えた。
――もしや!
ほのかの頭の上で白熱級が電灯する。弘樹のその様子を見て、ある考えが浮かんだ。
――先ほどのフィギュアは彼の落としものではないだろうか!
「ねぇ」
ほのかはその考えを確かめるべく、弘樹に声をかけた。
「……」
しかし弘樹から反応はない。この距離で聞こえていないはずはない。しかし特段、無視される理由も思い当たらない。ほのかはめげずに、先ほどより大きな声で呼びかけた。
「さーとーうーくん!!」
「うわ! ……びっくりした……え、僕に話しかけたの?」
「まるで自分が幽霊みたいなこというじゃん。このクラスの中に佐藤君以外、佐藤君はいません」
その的外れな質問が少し可笑しく、ほのかは笑った。
「あ、まぁそうだよね」
佐藤もつられて微笑む。その表情は三カ月同じクラスで過ごしてきたが、初めて見るものだった。少し発見したなと思うと同時に、ほのかは本題を思い出す。
「これ、佐藤君の?」
ほのかはポケットからさっき拾ったセカンドグレーのフィギュアを取り出した。
「え? あ、僕の! うわー良かった!! 水出さん、ありがと!」
そのリアクションもまた発見だった。
ほのかに渡されたフィギュアを弘樹はものすごくありがたそうに受け取った。すごく大事にしているということがその反応で伝わってきた。その素直な反応はこうしたロボットを素直に好きと言えないほのかにとって羨ましく思えた。だから、普段なら決して言わないのに、別に言っていいんだという気持ちが大きくなり、自分も仲間なんだと伝えたくなってしまった。
「セカンドグレー、いいよね」
その発言に弘樹が反応する。声のトーンが更に明るくなった。
「え! 水出さん、知ってるの?」
「うん、昔見てたんだよ。今でも結構好きだよ」
さすがに昨晩見返していたせいで、遅刻しましたとは言えない。
「そうなんだ! 女の子なのに珍しいね」
弘樹の発言にやっぱりそうなのかなと一瞬落ち込んでしまったが、弘樹が続けた言葉でその気持ちは吹っ飛んだ。
「でもさ! めちゃくちゃいいと思う! 周りに好きなひとがいないのに、好きでいれるその気持ち、めちゃくちゃ素敵だよ!」
そんな風に考えたことはなかったが、そう言われれば、これだけ好きなものがあるというのは素敵なことかもしれないなと思った。そして、あまりにもまっすぐに褒めてくる弘樹の言葉に、ほのかは若干の照れを感じてしまう。
「まぁでも、小さい頃だったから男の子とか女の子とかあんまり意識してなかったしね。学校から帰ったときにたまたまテレビでやっててさ。面白かったからハマっちゃった」
「そう! 面白いんだよ! 僕、子どものころからずっと好きでさ。放映が終わったらみんな新しいヒーローに夢中になっちゃったけど、忘れられてみんなの心の中から段々と消えていくのが、なんとなく悲しい感じがしてさ」
「佐藤君は敵の落書きみたいなことをいうね」
「かもね。人類の敵かもしれない」
二人でふふと笑いあう。弘樹が教室に入ってきたときの緊張した空気が嘘のようにセカンドグレー好きという共通の話題は二人の壁を一瞬で取っ払っていった。
「でも、私もセカンドグレーのあとは魔法少女ものとかにはまったこともあったかも。だからなんにも言えません。もしかしたらセカンドグレーは私のことを憎んでいるかもしれない。よくも忘れやがって! てな感じで」
「いや、別に責めてるわけじゃないんだよ? ただ僕が勝手に悲しんでるだけだから」
「優しんだね」
「そうかな? 多分、優しいわけじゃないよ。なんだろう。……淘汰される側に感情移入しちゃうだけだよ」
――佐藤君は成績優秀だから、淘汰されるのはどちらかというと私の方では……?
冗談めかしてそう言おうと思ったが、弘樹が何故か寂しそうな顔をしていたため、やめた。
その後、弘樹は掃除を手伝ってくれた。親友に協力を断られた後のその行動は、まるで神様のように思えた。
掃除の間、色々な話をした。最近熱いねと気候の話から始まり、趣味の話、好きな食べ物の話など、本当に他愛もない話を交わした。同じクラスになって三カ月が経とうというのに、まるで初対面のように知らないことばかりだった。
その中で一つわかったのは、弘樹は色んなことに熱心になれる人間だということだった。
アニメの話一つとっても、ほのかだったら少し気になったとしても、まぁいいやとさっと流している場合について、弘樹は気になった部分があったら、納得がいくまで調べ、自分の中で答えを見つけるまでとことん向き合う性格だった。そういうことに疑問や熱意を持てるから勉強ができるんだろうなと、ほのかは思った。
休み時間の読書についてもそうだった。
「佐藤君っていつも読書してるよね。なんかこうやってめちゃくちゃ話してくれるの意外だったよ」
「え? そうかな? 読書は家でする時間なくてさ。でも読みたい本が多すぎるから、学校で読まないと追い付かないってだけで」
「そんなに読みたい本あるの? てか普段どんな本読んでるの?」
「えっと、例えば……こんなのとか」
「あ、もう大丈夫です」
そういって弘樹が提示してくれた本は英字だらけで、ほのかはタイトルすら読むことができなかった。
それ程までに熱中できるものがないほのかにとって、色んな話題について楽しそうに話す弘樹の姿は眩しく見えた。
弘樹の話はとても面白く、あれだけ嫌だった掃除の時間が一瞬で流れていく。段々と綺麗になっていってしまう教室を眺めながら、ほのかはもっと話していたいなと思った。
教室の時計は十六時半を指していた。夏の空はまだやる気満々という様子だが、部活をやっていない生徒は下校をしないといけない時間になっていた。
「あーもうこんな時間か。ありがとね、掃除手伝ってくれて」
名残惜しそうにほのかが言うと、弘樹が少し申し訳なさそうに視線を下に逸らした。
「ううん、なんか一方的に話しちゃってごめんね」
的外れな謝罪にほのかは全力で否定をした。
「何をおっしゃいますか! 楽しかったよ。色んな話聞けたし。佐藤君と話すのほぼ初めてなのに、全然そんな感じしなかった。話すの上手だね」
「水出さんが聞き上手なんじゃない? 僕、あんまり人と話すことないからさ」
「それは知ってる」
その理由はただ本の虫なことも先ほど聞いた。本当に偏見だが、最初は人と話すのが嫌いなタイプなんだろうと思っていたが、それが間違いだったことも知った。これだけ話が上手いことをみんなが知ればあっという間にクラスの中心人物になれるだろう。
二人は教室を後にし、下駄箱へ向かった。
空は未だ昼間の様相をしており、帰る時間は普段より明らかに遅いのに、それを一切感じさせない。だが、今日は横に弘樹がいるため、普段と同じ校舎の中が、なんとなく新鮮に感じた。
「また来週ね」
「あ、うん。また来週」
弘樹は電車通学のため、正門方向に向かった。自転車置き場がある裏門とは反対方向のため、校舎を出たところで二人は別れた。
そしてほのかは自転車置き場へ向かったのだが、そこで思い出した。
「あぁ!!!!」
――パンクしてたんだぁぁぁぁぁ!!
今の今まで忘れていた自分を呪った。
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