【短編】貞操逆転世界のハーレム主人公になった一般男子高校生の憂鬱
夏目くちびる
第1話
001
「だ、男性専用車両に乗らないキミが悪いんだからね」
朝っぱら、満員電車の中での出来事。
どうやら、俺は痴漢されているらしい。当事者にも関わらず『らしい』というのは、男の俺が痴漢されるだなんて違和感しかない事象に巻き込まれているからに他ならない。
正確な状況判断が出来ない中、耳元で息を荒げながらどう考えても言わなくていいセリフを宣いながらケツを触ってくる女に振り返る。
20代後半くらいの会社員だろうか。上半身だけ振り返り俺よりも身長の低い女を見下ろすが、彼女はケツに集中していて気が付いてなかった。
「俺としては初対面の女性に性的興奮を覚えられることに男子として一抹の喜びを覚えますが、こういうのは昨今のハラスメントの締め付け的に男女が逆でもマズいんじゃないでしょうか」
言うと、彼女は「はぁ?」といった様子で俺を見上げる。周囲の乗客たちも異変に気が付いたらしい。ザワザワと伝播する声の中、女は気まずそうな表情を浮かべた。
……というか、こいつはさっきなんて言った? 男性専用車両?
『痴漢されてるの?』
ふと横に目を向けると、40代くらいの女性がスマホの画面に文字を表示して心配そうに俺を見上げていた。そういえば、痴漢撲滅のポスターが駅のそこかしこに張られていたっけ。これは、怖くて声が出せない女を守るための代物というワケだ。
「いいえ、大丈夫です」
肉声を聞いて安心したのか、助け舟を出してくれた聡明そうな女性は頷いて元通りに電車の外を眺める。乗客全員が再び安心を取り戻したところで、俺は俺のケツを触ってきた女の手を掴んだ。
「話があります、次の駅で降りてください」
駅のホームへ引っ張っていって、ベンチに座り女を見る。黒いパンツスーツに白いブラウス、一般的な会社員といった様子の彼女は何故か少しニヤつきながら俺の方を見ていた。
「き、キミってウリやってる子なの? 大胆だね」
「はぁ?」
「幾ら? キミかっこいいから、ホ別で3くらいまでなら出せるけど。私、男の子なんて買ったこと無いから相場教えてよ」
こいつは何を言ってるんだ。
「お金、欲しいんでしょ? だから、私のこと連れ出したんでしょ?」
……。
「確認したいことがあります」
「なに?」
「あなた、自分の性癖がおかしいと人に言われたことがありますか?」
「い、いや。まぁ、痴漢やらかしてる時点でおかしいんだろうけど。別に……」
「男に同じことをされたとして、あなたは耐えられたんですか?」
「相手がキミみたいな子なら嬉しいと思うけど」
ますますワケがわからなくなって、彼女の隣りに座った。彼女は性欲を抑えられいのか、俺の太ももに手を乗せてニヤついている。人としてはキモいけど、犬みたいでかわいいと思った。
「俺の記憶では、男性専用車両なんてモノが実装されたニュースを聞いたことがありません」
「へ、へぇ。もしかして、お坊ちゃんなの? 送迎の車が壊れたとか?」
「まさか、俺は一般家庭に住む普通の男子ですよ。あなたは、世の中の性被害についてどう想いますか?」
「き、キミって答え辛いことをズバズバ聞いてくるね。そんなにたくさん買われてるの?」
「いいから答えて、あなたの行動は不問にしますから」
段々と焦燥感が心の中を支配していくせいで、冷静な態度を保てない。早く答えが欲しい、そんな欲求が言葉となって飛び出してしまった。
「……被害者は可哀相だけど、キミみたいにカッコイイ男の子と恋愛できなかった女の人生も可哀想だと思う」
待ちゆく人々を眺めて、男が極端に少ないことに気がついた。ニュースサイトを確認して、男ばかりが優遇される社会への不満を読んだ。俺の知っている形とは違う世界がここにある。違和感は、認めざるを得ない確信として俺の意識を包んだ。
どうやら、俺は元いた世界とよく似ているが、違う価値観を持った場所へと迷い込んでしまったようだ。
「なら、どうして俺だったんだろう。他にも、同じ世界の記憶を持ってる男はいるのか?」
思わず呟いたが、彼女は待ちくたびれたようでモジモジとしていた。こういうか弱い一面は俺のよく知る女といった様子だ。もしも俺が予想しているように男女の貞操が逆転した世界ならば、もっと雄々しくあるべきだと思うのだが。
「ま、まだ焦らすの?」
「……はぁ。仕方ないですね、一回だけですよ。連絡先も名前も知らないままでいましょう」
庇護欲に敗北していたたまれないから、とりあえず俺はこの人を抱いてみることにした。男子校に通う俺は、常々セックスがしてみたいと思っていたし、相手が歳上の変態ならば俺が下手クソでも笑って許してくれるだろう。
「で、幾ら?」
「ホテル代だけで結構です。俺も、早く童貞を捨てたいと思っていたので」
女は、歪な笑みを浮かべて俺を駅の外へと引っ張っていった。ちゃっかり甘い汁を吸うのは、我ながら得な性格をしていると思った。
002
翌日。
俺の通う男子校は、何故か共学になっていた。俺以外の生徒はみんな女、テレビに映るのも女、国会議員も女、兵隊さんも店の店員も宇宙飛行士もみーんな女。
調べたから分かっていたとはいえ、これはあんまりな世界だ。濃密な女のフェロモンが鼻腔を擽り、妙な気分になってくる。
「マジで信じられん」
そんなワケで、昨日は一日中図書館に籠もり歴史について調べた。
どうやら、世界的に女が増え始めたのは50年前とのこと。空から降ってきた隕石の影響で人類の半数の命が失われ、更に放射能の影響で人間のホルモンバランスが崩れ新しく生まれる子供が100%の確率で女になってしまったのだとか。
そのせいで以降10年間は子孫を作ることができなかったが、とある博士が人工精子を開発。人類滅亡の危機に陥った女たちは胎内に人工精子を宿し子供を産んで命を繋ぎ始めた。
やがて、イレギュラーが起きる。160番目のロットで生産された人工精子には決定的な欠陥があったが、喜ばしいことにその欠陥は男を作るための要素として作用したのだ。
世界は、この欠陥精子を研究して正式に採用することを発表。初期では1%未満であった男子の出産も、今では3%にまでなっている。その結果、今年から学校に通うことになった男が増えた影響で共学化(といっても好きで女子校にしていたワケではなさそうだが)が進んでいる。
そして、俺の正体はその160番目のロットで生まれた『オリジナル』と呼ばれる個体だった。
母親(だと思っていた監査官、元の世界の母親と同じ見た目)が言うには、俺は過去に何度も体を検査され外内問わずいじくり回され、最早手を加えていない箇所がないくらいにサイボーグ化しているんだとか。
実験のせいで30年間もの間幽閉され、投薬の影響で体の成長は18歳で止まり、挙句の果てには精神も壊れていたのだとか。しかし、ようやく人工精子の生産が機能的に進み始めたため、晴れてお役御免ということで施設から解放されたのだとか。
つまり、この世界の俺の精神が回復したのは俺がいつも通り起きたと思っていた昨日の朝。前の人格なんてモノは、とっくに崩壊しているのであった。
「――でも、ここは俺の知ってる世界と違うんだよ。信じてよ、母さん」
家に帰った俺は、母さんにすべてを相談した。俺の頭がおかしくなったのだとすれば、最後に相談できるのはこの人を置いて他にいなかったからだ。
「まず、私はあなたの母親ではありません」
「えぇ、それもマジなんだ……」
「マジです。恐らく、過酷な実験のせいであなたの脳は誤作動を起こし、こうあってほしいと願うあなたの理想の世界を脳内に作り上げてしまったのではないでしょうか」
信じられない事実を突きつけられた。世界五分前仮説というか、胡蝶の夢というか。とにかく、この俺の人格がすべて崩れ去るような圧倒的な真実。
……その割に、俺はそこそこ冷静だった。自分でもよく分からなかったが、母さんが嘘をついているようには見えないからかもしれない。記憶の中には父さんも友達もいて、割と住み心地が良かったハズなのだが。
不思議だ。なんだか、心にポッカリと穴が開いているような気がする。
どこか遠くで、人間らしさを落としてしまったような気がしている。
「なら、この俺が生きてきたと思いこんでいる記憶はすべて妄想なワケ?」
「はい、私はそう結論付けております。後に機関へ状況を提出しますが、恐らく意見は変わらないでしょう」
という事は、この人は割とお偉いさんなんだろうな。
「どうでもいいけど、敬語なんて使わないでよ。迷惑かもしれないけど、あなたが何を言おうが俺は母さんと思ってしまうから。モルモットになった礼として、もう少し精神病に付き合ってくれると嬉しい」
つまり、監査官を母さんだと思い込んでいたのも、検査の過程でよく顔を見ていたからというワケなのだろう。そういうことにしておかないと、辻褄も合わないし。
「分かったわ」
そんなワケで、時間は今に戻る。
昨日の俺は、どうやら転校初日の予定だったらしい。誘拐だと勘違いされ警察まで動員させたが、特に怒られなかったのを見るマジで男は貴重なのだろう。改めて、俺は通いなれたクラスへ入り見慣れないクラスメートたちへ挨拶をした。
「というワケで、よろしくお願いします」
頭を下げると、クラスの女子たちは動物園にでも遊びに行ったような表情で俺を見ていた。この世界では有名な尊い犠牲として生きた英雄なんだろうけど、俺の意識的にはただの17歳の男子高校生なワケで。
だから、あんまり注目されると照れる。どうしていいのか分からなかったから、ズコズコと指定された席に座った。
この席の居心地が良いのは、男子校だった昨日までのこの教室の、俺が使っていた席だからだろう。
果たして、俺の学校生活はどうなるのか。得も言われぬ不安に身を震わせながら、一番仲のよかった友人の席を見た。
そこには、どう見たって俺の知っているゴツい柔道部員ではなく、可憐で弱そうな女子が座っている。目があった瞬間、彼女は真っ赤になって黒板の方を向いた。
003
どうやら、人は簡単に手に入るモノにはすぐ興味を失ってしまうようだった。
今までに感じたことのない異性の存在感に性欲ダダ漏れなクラスメートたちは、鼻の下を伸ばして厭味ったらしい笑みを浮かべて、少し荒くなった息を抑えることもせず俺に近づいてきた。
サファリパークに生肉を持って立ち入る、程度の注目度ではない。彼女たちの動向は、さながら宇宙船の中で扉を開いた瞬間真空へ向かって吸い込まれるオブジェクトのようだった。
「ね、ねぇ……」
「仕方ないなぁ」
そして、俺はと言うと完全に都合のいい男と化していた。
ぶっちゃけ、幾らでも選び放題なワケだから急ぐ必要もないと思っていたし。人工精子なだけあって、みんなビジュアルもプロポーションも抜群に良いし。だから、『さぁ誰と恋仲になろうかしら』なんて考えていられたのは初日の一限目まで。
「お願いします」
もう、頼まれること風の如し。一人を許してしまった俺のせいでもあるとはいえ、噂のせいで恥も外聞もなく彼女たちは俺の虜になっていた。
俺の知る、思春期の男子高校生をインターハイまで異性交友禁止にしたようなエネルギーを30人分ばかり搭載した性欲を、彼女たちは個々で保有している。
最初は、例の目があった子。名前は花見さんといって、このクラスの委員長を務めているのだが。学校内を案内するとか言って俺を教室の外へ引っ張っていくと、校舎の裏でこんな事を言ったのだ。
「私のこと、貰ってください」
あぁ、本格的にイカれてる。
そう思ったが、必死こいて俺の気を引こうとする花見さんはやはり犬のようでかわいい。それに、最初に痴漢女を受け入れてしまった経験もあって、俺は自分の中の庇護欲を抑えられなかったのだ。
だから、俺は彼女を受け入れた。校舎裏に広がる爽やかな青空の下の出来事だった。興奮しながらメチャクチャになる彼女を冷静に眺めるというのも、俺の性癖にぶっ刺さる仕草だったのが運の尽き。
「初めてなのにちゃんと気持ちよくなれて偉いね、よしよし」
なんて、俺は少しばかりサービス精神を働かせた言葉を使って喜ばせてしまったのだ。
そんなことになれば、この世界だから当然といえば当然なのだが、彼女は俺を独り占めする気など毛頭なく、むしろ「たくさん優しくしてくれる」などという情報を友達に流してして共有しようとし始めたのだ。
ハーレム爆誕の瞬間である。
「そんなに盛って、キミたちは恥ずかしくないの?」
「セックスって恥ずかしいモノなの?」
……確かに。
言われてみれば、彼女たちの言うとおりであった。この世界では人工授精が当然であり、性行為自体が半ばファンタジーのような扱いを受けいている。
ならば、これを人に見られることが羞恥心に繋がる意識を持っているのは、生き残った大人を除いて恐らくこの世界で俺一人なのだ。
他の男たちは生れたときから王様になることが確定しているような、そんな扱いを受けるのが種族にとっての希少価値というモノなのだ。
「恋人とか、欲しくないの?」
「あぁ、30年前まではそういう価値観があったらしいね。私のお婆ちゃんはそうやって結婚したって言ってた」
恐ろしいくらいの他人事を呟きながら、俺の股間に顔を埋める彼女は秋名さん。頭を撫でてやると、尻尾がついていたならブンブンと振り回したんじゃないかってくらいに喜んだ。
俺は、彼女に確かな答えを聞くことはしなかった。
……そんな生活をしていれば、俺自身の欲求などすぐに枯れ果ててしまうワケで。何なら、愛も恋もない性行為ばかりに準じて男娼のように生活する今は、果たして女遊びをしていると言って良いのかも分からなくなっている。
だから、最近は断るようになった。俺が男で良かった。どれだけ力尽くで俺を犯そうとしたって、本気で抵抗すれば勝ててしまうから。
けれど、きっと本気でぶん殴って理不尽に傷つけたって、彼女たちは『ごめんなさい』というのだろう。それくらい、彼女たちにとって男の存在が大きくウェイトを占めてしまった理由は、どうしようもないくらい俺のせいなワケで。
なのに、どうしても同情して手を差し伸べてしまうのは、『女は大切にした方がいい』という今となっては説得力の欠片もないペラッペラな理性のせいかもしれない。
きっと、既に一生分の性欲を発散したから、金持ちには世界平和を考える余裕があるのと同様、俺も周囲のことを考えてしまうのだ。満たされる事っていうのは、こんなにも心に余裕を持たせるのだろう。
「……はぁ」
ただ、つまらなかった。
俺は、今日も屋上でボーッと空を見上げている。学校の勉強は、特に難しいモノでもない。何なら、前世のお陰で俺の脳内にはそれなりの知識が詰まっているから、テストさえ何とかすればいいって気分になっているのだ。
……どうして、俺だったのだろうか。
最初にここへ来たとき、そんなことを考えたような気がする。けれど、母さんの言う通り俺の記憶はすべてが俺の妄想だったとして。ならば、俺が妄想に使うための知識は一体どこから仕入れたのだろう。
だって、赤ん坊のときから30年間も幽閉されていたのなら、俺が常識や倫理観を持つハズがないのに。教育だけじゃ決して手に入らない、人間らしさのようなモノが確かに心の中にあるのに。
「やっぱり、ここは異世界だと思うなぁ」
しかし、考えても答えは出ない。
体勢を変えて横を向く。扉から何人かの女子生徒が俺を覗いている。俺の居場所など、学校中の女子が知っている。あの子は、いつ抱いてあげた子だったっけ。どんな音楽が好きなのか、どんな言葉を言って欲しいのか。それもよく覚えていないけど。
「……おいで」
手招きすると、彼女たちは恥じらいもなく俺の元へやってきてキスを求めた。阿呆のように、横に列をなして俺を待っている。きっと、前にしてやったのと同じように優しく抱かれたいのだろう。
「ちゃんと待てたね、よしよし」
果たして、俺は正気なのだろうか。
「いっぱい我慢できて偉いよ、今から幸せにしてあげるからね」
この世界にとって、男とはなんなのだろうか。
「気持ちよくなったら言ってね、ギューってしてあげるから」
女に尽くすことをやめられたなら、元の世界に戻れるのだろうか。
……。
きっと、俺は二度と本音を人に話すことはできないのだろう。俺を神のように崇める彼女たちの前で本音を漏らしたって、すべてが肯定されてしまうのだから、満たされることなど決して無い。
「大好きだよ」
俺は、群がる中の一人を寄せてキツく抱き締めた。
いくら心臓を寄せ合っても、そこには冷たい血液が無機質に流れているだけだった。
【短編】貞操逆転世界のハーレム主人公になった一般男子高校生の憂鬱 夏目くちびる @kuchiviru
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