妹のプロフェッショナリズムに敬意を


 教室からグラウンドへ翔け抜け、祝福会から華麗なる逃走を決めたあの日、俺は寮に帰らずに自宅へ帰った。

 凛が大事な話があると言っていたからだ。

 それに、俺が公開授業で突きつけられた


 ・既読無視しないこと

 ・たまにはおにいからも連絡してくること

 ・どんなに忙しくても毎月1回は家に帰ってくること


 という条件もあるので、無下にはできない。


 夕食を食べた後、俺は凛に話を切り出した。


「なあ……大事な話ってなんだ?」


 すると、リビングのソファに座ってスマホを触っていた凛はテーブルにスマホを置く。


「……おにいにしか、頼めないことがある」


 そう言いながら、凛は手でソファの隣にトントン、と叩く。


 ……こっちに来い、ということだろうか。


「え……ちょっと怖いんだけど」

「……大丈夫。そんな深刻な話じゃないし」


 いや怖いのはジェスチャーの方。


 というツッコミをおくびにも出さず、俺は凛の隣に座った。


「……頼みは声優のお仕事に関するやつなんだけど」


 凛は俺に視線を合わさずに、前方に視線を向けたまま話し出す。


 ……ラジオでは明るくはきはきと喋っていたが、家では小さめの声で呟くように喋るんだよな。

 やはり素はダウナー系なんだろう。


「仕事の話されても、あんまわからんけどな……」

「……自分のキャラ作りに困ってる」

「お、おう……」


 これは思わぬ角度からの相談だな。


「……声優は演技だけじゃなくて自分の見せ方も大事なの。どんどんお仕事も増えてるけど……あたし、セルフプロデュースとか多分苦手」

「まあ……お前は確かに自分をどう見せるかは苦手かもな」

「逆におにいは最強すぎて参考になんない」


 いやそんな事言われても……。

 というかcubeのソラは普段の俺と完全一致してるから、一切プロデュースしてないんだけど。


 だが、話の流れは見えてきた。

 これは凛のキャラ作りの相談というわけか。


「……だからあたしはキャラを作ることに決めた。おにいにはあたしのキャラ作りを手伝ってほしい」


 凛が、俺の目をまっすぐに見つめてきた。

 その瞳は真剣そのものだ。


「まあ……全然いいけど」

「……ほんとに?」

「うん。手伝うっつったって何すればいいかわからんけど」

「……嘘じゃない? 約束できる?」

「いや嘘じゃないって……俺が約束破ったことなんてあるか?」

「あるけど?」

「すいませんでした」


 すると、凛は少し口角を上げて、


「……ん、ありがと。約束だからね」


 と、言った。


「で、肝心のキャラはもう決めてんの?」

「………………うん」


 ……なんかすごい間があったな。


「……声優としてより演技の幅を広げるために、ぴったりなキャラでいく」


 仕事に好影響が出るキャラであるほうが望ましいのは間違いない。


「……それに、ファンの人が望む姿に合うキャラじゃないと」


 顔出しした影響もあって、きっとアイドル的な人気も強くなっているのだろうが、流石のプロ意識だな。

 自分の妹ながら本当に感心しかない。


「……さらに、他の人が真似したくてもできないようなキャラにする」


 たしかにそれも大事な要素だな。

 他の人と被るキャラは埋もれやすいだろう。


「……あと最後に、とにかくわかりやすいキャラじゃないとね」


 なるほど、わかりやすさ、というのは単純だが最も重要な要素かもしれない。

 シンプルなキャラであればあるほど、キャラは活かしやすくなる。


 というか……。


「で、結局のところ……どういうキャラなの?」

「それは……」


 凛は落ち着かない様子で、視線があっちに行ったりこっちに行ったりしている。


「さっき約束した通り、できる限り協力はするって」

「そ、そうだよね……言質取ったから……」


 ん?

 なんか不穏な言い方が気になるが……。


「で、どういうキャラ?」

「…………ブラコンキャラ」


 あーなるほどね。

 ブラコンキャラね、はいはい。









「っておい!?!?!?」

「……これは仕方のないことだから。そう、これは仕方のないこと。だって仕事にもつながるし、ファンも望んでるし、義兄がいるなんて他の人真似できないし、何よりわかりやすい。完璧。それにさっき協力するって約束した。俺にできることは何でもするって言ってた。だからブラコンのエピソードづくりに協力お願い。あたしだって別にブラコンじゃないのに、こんなことやらなきゃいけないのは不服。でもここ何回かテレビやラジオでちょっとブラコン気味なことを言ったらすごい反響があった。これは仕事のために仕方がないこと。そう、仕事のために仕方なくブラコンを演じるしかない。……何? なんか文句あんの?」




 ◇




 凛がオーディションに受かって以降、俺が普通に子供らしく遊び呆けている間に凛は、貴重な時間をただひたすら仕事に費やしてきたことを俺はよく知っている。


 声優として一定の成功を収めたおかげで、パートの母親以外の収入源が確保できて暮らしぶりも改善した。


 そんな事実を前にすれば、妹の奇抜な頼みを断ることなどできない。


 ……義妹が多少、仕事でブラコンキャラを演じることぐらい、俺が気にしなければいいだけじゃないか。



 というわけで、これから凛が正式にブラコンで売っていくことを了解した。

 きっと先月俺たちが柊木寮で見ていた、あのテレビ出演時のブラコンムーブは凄まじい反響だったんだろう。



 ちなみに、今後ブラコンキャラのエピソードづくりのために招集がかかるかもしれないとのこと。

 ファンに対してなるべく誠実でいたいらしく、ブラコンエピソードトークが不足してきたら、無理やり俺を呼んでトークを作るらしい。


 別にエピソードなんて多少嘘でもいいと思うけど……やっぱりこいつってちゃんとしてるというか、真面目だよな……。

 偽りのキャラを演じてる人なんてたくさんいるだろうに。


 そういう生真面目なところが、高校生にして声優として成功を収めている所以なんだろうと、むしろ感心するばかりだ。




 …………そうだよな?




─────────────────────

『義妹が声優として成り上がるためにブラコンキャラでやっていきたいと相談されたので兄として背中を押してあげた──なんかガチ感ありますけど、それキャラなんですよ……ね?』


というタイトルでラブコメにシフトチェンジしたら、凛さんの出番がめっちゃ増えそう。

そして凛空が大変な目に合いそう。


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