幕間
とある旧放送部の日常1 〜大人になると更級の良さがわかる日が来る〜
ゲーム、アニメ、読書と三者三様でそれぞれの時間を過ごしているある日の部室。
「実はオレから重要な提案がある」
二宮は真剣な顔つきでそう切り出した。
多分これはどうでもいいやつ。
どうせ今見たアニメの影響をもろに受けたに違いない。
「えっなになに!? どんな話?」
しかし純粋無垢な更級は読書の手を止め、その話題に飛びつく。
「オレたちの愛称、つまりあだ名を決めないか?」
「いいね! それ! 賛成!」
「……別にこれまで通りでよくね?」
はあ、わざわざゲームを中断して聞いて損した気分だ。
しかしそんな俺の発言に二人は──
「おいおい白崎……お前全然分かってないな」
「はあ……勉強ばっかりも考えものだね」
よし、今度更級に勉強教えてって言われても絶対無視してやる。
更科が「ほら! こっち!」と手招きしているので、仕方なくゲームを中断してテーブルにつく。
俺と二宮が隣、向かいが更級だ。
「じゃあ……各々下の名前で呼び合えばよくね?」
「えー駄目! しかも白崎くんとに二宮くんは同じじゃん!」
「ふむ……下の名前も悪くないが、オレたち独自の呼び名を決めないか?」
「いいじゃん!」
なるほど、そういう趣旨か。
「二宮──お前更級にお兄ちゃんって呼ばせたいんだろ?」
「な、何故分かった!?」
「ええ……」
どれだけお兄ちゃんと呼ばせたいんだろうか。
「そーいや二宮はクラスの奴からニノって呼ばれるときもあるよな」
「まあそうだな」
「ちなみに更級はクラスメイトからなんて──」
「白崎、触れてあげるな……」
「え? ……あ」
そういえばこいつ、この間までぼっちだったな……。
「その、ほんとに、ごめん」
「……そんな哀れまないでよ! そうだよ! あだ名とかないしこの前まで更級さんとしか呼ばれたことなかったもん! うぅ……!」
涙目で叫ぶ更科。
……またしても地雷を踏んでしまった。
「じゃ、じゃあ……まずは更級のあだ名から考えるようぜ。一応俺ら、ソラとリクっていうあだ名みたいなもんあるし……」
「う、うむ……妹にふさわしいあだ名をつけてやろうじゃないか」
「ぐすん……変なのはなしでお願いね……あと紅葉ちゃんも駄目だからね」
──更級のあだ名か……なんか良いのあるかな?
……。
びっくりするほど全っ然、浮かばねーわ……。
(おい二宮、お前なんかいい案あるか?)
(全く浮かばん)
(だよなあ……)
(しかし、すごい嬉しそうにこっちを見てるぞ)
そこには絵に描いたようなウキウキ顔をする、精神年齢5歳児。
うっ……あまりにも楽しみに待っているので、なにか考えてやらねーと……。
「そーいや、更級っていう名字がまず珍しいよな」
「確かにそうだね。同じ苗字の人は親戚以外で会ったことないかも」
「ふむ……更級といえばやはり、”更級日記”が頭をよぎるものだ」
「それな。それなかったら”さらしな”って絶対読めなかったわ」
俺と二宮は顔を見合わせる。
更級日記は女性貴族が書いた平安時代を代表する文学作品の一つだ。
古文の教科書に載っているだけあって、高校生なら名前くらいは知っている人がほとんどだろう。
うちの学校の古文の教科書にも載っているし、進学校である柊木学園なら流石に知らない人はいない。
「……あたし日記なんて小学校の夏休みしか書いたことないよ?」
「なんでてめーが知らねーんだよ……」
「自分の日記が教科書に載るわけなかろう……脳内お花畑か?」
「えっ? えっ?」
事態についていけない更級。
「更級日記っつーのは平安時代の文学作品なんだけど……これをモチーフにあだ名を考えてみるのはどうよ?」
「名案だな」
「え! めっちゃ良さげなんだけど! 歴史から取ってくるとか格好良いじゃん! 流石白崎くんだね!」
更級も乗ってくれたので方向性は良さそうだ。
「でもなあ、更級日記の作者って名前不詳じゃなかったっけ?」
「うむ。しかし作者は菅原道真の子孫の女性貴族であることは間違いない」
「菅原道真か……その名を聞くとやっぱ……」
「うむ、やはり”学問の神様”だな」
意見の合致に「だよな」と、俺と二宮は互いに頷き合う。
しかし──
……。
…………。
二人して更級の方を見る。
「ふえ?」
……。
…………。
………………。
「やっぱ止めとくか」
「うむ」
「その理由を聞こうか!?」
そんな酷なこと言わせないでほしい。
「二宮、お前からなんかいいアイデアないのか?」
「そうだな……やはり、いもう──」
「却下」
冷たくあしらわれる二宮。
「ま、待て! オレだからって判定厳しすぎるだろう!? こいつと随分反応が違うではないか!?」
「だってまともなあだ名付けてくれる気ないでしょ!?」
というやり取りの後──
「もうお前が読んでほしいあだ名で呼ぶわ」
「妹はどのように呼ばれたいのだ?」
「ええ、自分のあだ名を自分で考えるの、ちょっと恥ずかしいっていうか……」
まあ気持ちはわかる。
ゲームのプレイヤーネームとかアカウント名とか意外に困るよな。
「ならば、あだ名候補をたくさん出して更級に判定してもらうのはどうだ?」
と、二宮がメモ帳をちぎってテーブルの上に置いていく。
「あだ名を思いついたらこのメモ帳を一枚ちぎって書き込んで伏せる。何個か書いたら、オレと白崎のどっちが書いたものか分からないようにシャッフルして、更級が紙をめくっていけばいい」
「良いあだ名が出しやすくなるならそれでも全然いいけど……何か変わるの?」
「まあそれは後のお楽しみだ。白崎もそれでいいか?」
俺は頷き、二宮から紙を受け取る。
「んじゃ、書き始める前に一応聞いときたいんだけど、更級はどんなあだ名がいいんだ?」
「そうだね……やっぱり呼びやすくて、私らしさを感じるあだ名をご所望です」
「更級らしさか……」
「ふむ、なるほど……」
◇
「それじゃあ、めくっていくよ」
更級は伏せられた紙に手を伸ばして、ひっくり返した。
『泣き虫』
「……誰!? ねえこれ書いたの誰!?」
更級が俺たちの顔を交互に見る。
「いや、俺じゃねーけど」
「オレでもないぞ?」
「絶対二人のどっちかが書いたに決まってるもん! さあ、白状して!!」
「俺じゃないって」
「オレの言うことが信じられないのか?」
「嘘だっ! 絶対嘘だっ! え、まさか──」
更級が他の1枚をめくる。
『ブラコン疑惑』
「私のことからかって楽しんでるでしょ!? ねえ良くないよ!? 匿名性を盾にするなんて良くないよ!? ねえってば!!」
「でもさっき、それでいいってお前が言ったんだぞ」
「オレたちはそれに従っただけで」
「……というか待って? なんで白崎くんは瞬時に二宮くんの意図がわかったの?」
「勘」
「無駄に賢い……っ!!」
納得いかないと言わんばかりに、両手でテーブルを強く叩く更級。
「流石だな。参謀の名は伊達ではない」
「……あ、そうだっ!!」
と、更級は突如として立ち上がる。
そして部室の隅にあるデスクの引き出しを開け、何枚かのファイルを取り出してきた。
「あー完全に閃いた! 閃いちゃったもんね! ふっふっふ……そっちがその気なら私にも考えがあるよ!」
と、ファイルから取り出したのは過去に俺たちが書いた何かの書類。
「二人の筆跡と比較すれば、どっちが書いたかなんてすぐに分かるからね!」
「「……っ!?」」
腕を組んで俺たちを見下ろす更級。
彼女は笑みを浮かべて、鬼の首を取ったように勝ち誇っている。
「さあ! 観念して自白するなら今の内だよっ!」
俺たちは無言で視線を交わした。
──きっとお前なら……やってくれてるはずだ……っ!
「黙ってないで正直に名乗り出て!」
「「……」」
「なるほど……じゃあ仕方ないね!」
と、メモ帳の隣に俺と二宮が書いた書類を隣に並べる。
「ふっふっふ……もう筆跡見比べちゃうからね! 絶対に証拠を掴んでやるから!」
「「……っ」」
さながら俺たちは最後の審判を待つ罪人の気分だ。
そして──
……。
…………。
………………。
数分が経過するが一向に審判が下されないこの状況。
俺たちはお互いに確信に至り──そして俺は手を上げた。
「裁判長、僭越ながら発言よろしいでしょうか?」
「…………なに? 白崎くん」
「俺たち──本能的に利き手と逆で書いたので特定は不可能かと」
「どうりで全然わからないと思ったよっ!!!」
※明日も投稿します!
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