神崎紫の回想
──白崎凛空が来崎彩乃のラジオ番組に出演する前のこと。
「神崎さん……私、そろそろこの仕事を辞めようと思います」
──ある日、事務所を訪れた来崎は神崎にそう伝えた。
神崎はデスクワークの手を止め、硬い表情で立ったままの来崎を見上げた。
「なるほど……お前の意思はよくわかった」
「……すみません、せっかく神崎さんに拾ってもらったのに」
「そう気にすんなよォ……給料は10倍でいいか?」
「いや、ギャラの交渉しに来たわけではなくてですね……」
来崎の真剣な雰囲気を感じた神崎は、小さな会議室に案内した。
「で、どんな悩みを抱えてんだ? 見たところ仕事もぼちぼち入ってるし、割とうまく言っている方だとオレは思ってんだがなァ」
神崎は椅子に座ることなく、壁に背中を預けている。
「特にこれといった悩みがあるわけではなくて……」
来崎は浮かない顔をしている。
「んだよ、ハッキリしねえなァ」
「強いて言えば、なんでこの仕事をしてるのかだんだんわからなくなってしまったというか……」
「そういうパターンか。今いくつだ?」
「24です」
「なるほどなァ……」
「今までこの世界でお仕事をなんとなく続けてきましたが、どんどん新しい人も出てきますし、自分自身、そういう方に道を譲ったほうがいいのではないかと……」
来崎は10代からモデルを始め、今ではテレビやイベントなどに出演するタレント業が中心だ。
下からの突き上げもなかなかのものだろうと、職業柄、神崎は手に取るようにわかった。
「新人の方の熱量を見ていると、中途半端にこの仕事をやっている自分に引け目を感じてしまって……」
「まあお前は生真面目っつーか、頑固っつーか……不器用なやつだよな」
「あはは……すみません」
困ったように笑みを浮かべる来崎。
移り変わりが激しく、限られた席を奪い合わなければならない芸能界。
そんな安定とは程遠い世界は、来崎の生来の穏やかな性分とはあまり合っているとはいえないものだった。
「彩乃……最近何をしてる時が一番楽しい?」
「えっ?」
突拍子もない質問に虚をつかれる来崎。
「別に他愛もない質問だぜェ? 考え込む必要なんてねえよ」
「そ、そうですね……寝る前に芸人さんのラジオを聞くのは子供の頃から今も変わらず好きです」
「いいじゃねえかァ」
「つい何回も同じ回を聞き直しちゃうんですよね……面白くって」
と、目を閉じて楽しそうに語る来崎。
「それじゃ、ラジオの仕事は楽しいんじゃねえのか?」
「まあ楽しくないわけじゃないですが、一人でやっていますし、番組の方向性も全然違いますから……」
「ほう? 一人と二人はやっぱ違うのか?」
「何言ってるんですか神崎さん! そうに決まってるじゃないですか! まず一人だとずっと自分で話し続ける必要がありますから、パーソナリティーとリスナーが完全に話し手と聞き手という関係に分断されてしまうんです。リスナーはパーソナリティの話を構えて聞くので受け身になってしまいます。ですが二人喋りだと、パーソナリティは相方に向けて話して相方はそれに対して相槌を打つ、という関係が基本で、リスナーはそのトークを聞き耳を立てて盗み聞きしているのような感じで、パーソナリティと一緒に笑うことができるんですよ!! それに一人喋りだと話がそれたり、思わぬ方向になったりすることがなく、どうしても予定調和になってしまうんですが、二人喋りだと二人の掛け合いの中で予想外のとんでもない方向に話が広がって、俗に言う神回が生まれやすくて………………すみません熱くなりすぎました」
「お、おう……」
来崎の熱い一人喋りに気圧される神崎。
「っつーことは、二人喋りのラジオがやりたいってわけかァ」
「いえ……流石にあたしと同じ熱量じゃないと成立しないと思いますし、そもそも、それに付き合わせるのも申し訳ないと感じる私もいて……」
難儀なやつだ、と神崎は思った。
確かに彼女と同世代で二人喋りをさせても、バチッとハマるイメージが湧かない。
そもそも、彼女は常に相手の気を遣う節がある。
それが彼女の長所でもあり短所でもある。
しかしその彼女の尋常ならざる熱量を、何か活かす方法はないかと考えを巡らせる。
なにかピタッとハマれば──とても面白いものが見れる。
神崎にはそんな直感があった。
「ちなみに、神崎さんは何をするのが楽しいんですか?」
「オレはずっと同じだ。ただ面白いものを見てえだけだ。芸能事務所や芸能科をやってんのもそのためだよ」
「そういえば芸能科の学園長をやってらっしゃるんでしたね。最近やってるコンテストも大いに盛り上がってますよね」
「まあそうだが……正直、お前が知ってるのは意外だな。あまり興味はないと思っていたが」
「私もコンテスト自体に興味があるわけではないのですが、話題になってるあの動画は最高でしたよ! あれこそ私が好きな二人喋りのラジオそのものです! もっと話を聞きたいくらいですよ!」
「………………その手があったか」
神崎のその言葉に来崎は首を傾げた。
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