「計画通り? その人、最終的に失敗してましたよね?」みたいな読者からの完璧なカウンターに怯える毎日。
燃え盛る業火の中に現れた一筋の希望。
それを手繰り寄せることに成功した俺は──ふっと安堵の息を吐く。
……正直に言うと確かに神崎の言う通り、もしかしたら炎上するかもしれないとは思っていた。
閉鎖的な空間での内輪ネタは、外に出ると大体反感を買うというのもあるが、なんといっても今回の放送は更級を巻き込んで俺の自己満足で始めたものだ。
更級は笑って許してくれたけど、今のcubeがそんなことをやった場合、対外的にどう映るかは流石に察しがつく。
自分で認めるのは大層心苦しいが……伊達にリスナーに踊らされてきた俺ではない。
どうせまたいつものパターンで、リスナーたちの虚実入り交じるネタ投稿で俺の悪評が広まることは目に見えていた。
別に炎上したかったわけじゃない。
でも万が一、もしも炎上したら……と、忍ばせておいた策がある。
そう──実は今回の作戦は二段構え。
更級ぼっち解消計画を実行するために動いた第4回放送は、あくまでその先手にすぎない。
残されたもう一段は、放送が炎上したときのみ決行しようと思っていたものだ、
なぜならその状況下のみ──許される戦法があるからだ。
……というわけで、俺の詰めの一手は、これを公式SNSに投稿することだ。
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先日の放送は申し訳ありませんでした。
自身の軽はずみな言動や行動が、多くの方々に不快感や心配を与え、信頼を損なったことを心からお詫び申し上げます。
今回の責任を取るため、わたくし、cube参謀のソラは活動を引退させていただきます。
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炎上時には十中八九、当時者は活動を休止するもの。
リスナーが拡散したネタ投稿をいっそのこと事実として扱い、せっかく炎上したんならそのついでに引退してしまおうという策だ。
──なぜ引退したいのか?
その答えは単純だ。
誰だってこの世の何よりも大切にしているものがある──自分の命だ。
──昨日から通知を切っていたRINEのメッセージを確認する。
心優しきクラスメイトから、俺の身を案じる新着メッセージがいくつも届いている。
『大丈夫。俺達がついてるから安心しろ』
『白崎、炎上してるみたいで心配だよ。お前を慰めたいから明日は必ず学校に来てくれよな』
『明日は人目につかないところでこれからについて話し合わないか? 校舎裏なんてどうだろう?』
……なんて素晴らしいクラスメイトたちだ。
放送直後は俺の所在を確認するメッセージを送ってきた彼らだが、効果がないとすぐに判断して打ち手を変えてきた。
彼らは俺が炎上したことなどお構いなく、むしろ弱っているところを利用して祝福してあげようという、一点の曇りもなく綺麗に濁りきった真っ直ぐな気持ちを持っている。
……ここまでくるともう気持ちいいレベル。彼らの殺意に敬意を評したい。
理数科男子の前で、今をときめく女性人気声優と手を繋ぐという大罪を犯した俺が、彼らの祝福を逃れるためには──さっさと引退して神月凛と絶縁するぐらいしか思いつかない。
嫉妬の炎に身を焦がす彼らも、金輪際、俺が凛と関わりを持たないとわかっていれば見逃してくれるかもしれない。
しかしそのためにも、口先だけでなく本当に俺が引退することを証明する必要がある。
そして炎上はその絶好の機会。
炎上したから引退する──とても自然なロジックだ。
誰の目から見ても、俺が放送を辞めることに対して疑問もなければ、cubeリスナーにすら異を唱える隙も与えない完璧な状況。
まあその状況をリスナーが作ったんだけど。
俺が引退した後のことはどうなるか分からないが、今回の放送は二宮は一切関わっていないので、俺抜きで放送を続ける分にはなんとか説明もつくはずだ。
更級もやりたいと言っていたし、どうせ世間の関心なんてすぐに移り変わっていくんだから、ほとぼりが冷めたころに二宮と更級の二人の放送も悪くないだろう。
ここらで俺も呑気に放送を聞く側に回ってみたい。単純に面白そう。
……うん。
まあ正直……どうせこうなるなら他にもっといい方法があったような気もするが、その場その場の最善を尽くした結果こうなったというか……過去を振り返っても仕方ない。
そもそも、凛が学校公開に来なければこんな危険な計画を実行せずに済んだのに……なんで身内が俺を窮地に追い込んでんの?
──というわけで。
俺はこの引退表明を投稿し──一連の校内放送に終止符を打つ。
……ついにマイクをオフにする時が来たってわけだ。
「思い返してみると……ここまで色々あったよなあ……」
目を閉じれば、走り抜けたひと夏の大冒険がまるで昨日のことのように鮮明に思い出される。
──突如として始まった第1回校内放送
──イッチ先輩たちのせいで、急遽始まった第1回校内放送、
──一夜にして柊木生に壮大な誤解をされてしまい、その元凶を吊し上げることに成功した第2回放送。
──いつの間にか俺たちの放送がネットという大海原に放流され、その火消しに奔走した『あやのんと!』。
──ついに満を持して全校生徒の前で放送を行った第3回放送。
──更級という強力な新メンバーをお披露目した第4回放送。
──忘れ去られたままの姫神さん。
「まじで色々大変だったけど、まあ楽しかったなー……」
大きく伸びをしながら過去に思いを馳せた俺は、そのままソファに身を委ねてゆっくりと目を閉じた。
◇
SNSに溢れる声の中には、cubeのソラを誹謗中傷するような投稿も少なくなかった。
当の本人は誤解されることにもう慣れきっていたのでさして気にしてもおらず、そんな言葉に反応するだけで無駄なことはわかっていた。
だから白崎凛空は静観を決め込んでいた。
炎上の対処としてその判断は至極正しいものだったが……一つだけ見落としていることがあった。
兄が悪く言われている状況を──妹が黙って見過ごせるはずがなかった。
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