兄と妹の兄妹喧嘩 2
──スマホのメッセージアプリを開くと、授業が始まる直前にメッセージが来ていた。
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・既読無視しないこと
・たまにはおにいからも連絡してくること
・どんなに忙しくても毎月1回は家に帰ってくること
これが守れるならおにいがあたしの兄だってバラさないであげるけど?
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え…………そんなことで俺の命は助けてもらえるの…………?
そもそもこの状況で俺に拒否権はない。
凛の方に目線を送りながら、ゆっくりと頷いた。
そんな俺を見て凛は満足したかのように口角を上げた。
まるで「……仕方ないね」と呆れながら許してくれたような表情。
──助かった……のか……?
あまり実感は湧かないが、これで凛は俺を兄だとバラさないでくれるということだろうか。
ということは……後はただ、この場が過ぎ去るのを待つだけだ。
ふう……なんとか乗り切ったぜ……!
『好きなタイプ教えて!』
『あの……彼氏はいますか!』
『俺らの中で付き合うなら誰ですか!』
俺が胸をなでおろしている間にもどんどん質問が飛んでくる。
兄探しの質問よりも、思春期の男子高校生っぽい質問の方が多くなってきたぞ……これはいい傾向。
「みなさん魅力的で選べないですよ……」
困ったように笑いながら答える凛。
こんな質問も
是非ともその教育カリキュラムに心理的安全性のある家族交流について盛り込んでほしいところ。
「そうですね……私のタイプは……」
と考える仕草を見せた後、
「強いて言えば──優しくて、かっこよくて、思いやりがあって、可愛くて、頼りがいがあって、清潔感があって。いつでもそばにいてくれる人がいいですね!」
……ご注文は人間ですか?
いくら可愛い顔だからとはいえ、実質的に「お前らなんかに興味ねーよ」という脈なし発言を前に、流石のクラスメイトもこの回答には──
『なるほど……つまりオレってことか』
『もしかしてオレ……今凛たんに告白されたのか……っ!?』
『公開プロポーズなんて粋じゃねえか……!』
──ここで色めき立てるのが、
……いや、こんなバカ息子の様子を母親たちはどんな様子で見てんだよ。
もう頭を抱えているに違いない──
『凛ちゃん! ウチの子はおすすめよ!』
『ほらアンタ、もっとアピールしとかないと!』
──黒幕はこっちだったってわけか……!
なんてこった……俺は憎むべき悪を捉えきれていなかったのか。
これが抗えぬ血筋……どうやら今日は数学の授業に見せかけて、生物の遺伝の法則の実演授業だったんだな。勉強になるわ。
──って待てよ?
自分の危機が去って落ち着いている場合ではない。
この状況を俯瞰で見た時に……yeahとか言ってたやつがその後何も喋らないのは不自然なんじゃないか?
──周囲の様子をうかがう。
ぱっと見、クラスメイトたちは人気女性声優に目を奪われているようには見える。
見えるのだが──なまじスペックだけは高い祝福会の連中。
陰でこの状況を注視している可能性だってある。
侮ってはいけない。
そう考えると今の俺に求められるのは──自然な振る舞い。
何も言わずに黙っているのは、先程のまでの俺の言動・行動と照らし合わせると不自然極まりない。
もうクラスメイトの間で俺は、”今まで思いを隠していたけどついにその思いが溢れてしまった重度の凛たん推し”として認知されていることだろう。
……ここまで来たら最後までそのキャラを演じるしかねえ!
『なんて熱いオレへの告白なんだ……』
『ああ……これが思いが通じ合う喜びか!』
と、訳のわからない言葉に溶け込むように俺も言葉を重ねておく。
「凛たん一筋であるこの俺のこと言ってんじゃん……!」
言っていることは正直気持ち悪いことこの上ないが、今までの印象を踏襲するようなガヤを入れておく。
こうすることで特に目立つこともなく──
「そ、そう言われると……て、照れますね……!!」
──さっきまで涼しい顔をしていた凛さんが、何故か身体をもじもじと小さく揺らしながら頬を赤く染めている。
……あれ? ねえ凛さん?
……俺のこと許してくれたんですよね?
俺の発言の後にそんなことされると、際立つというか──
『うおおおおおお!!!』
『やっぱりオレへの告白だったのか!!』
『もうこのまま籍入れに行こう!!』
ますます色めき立つクラスメイトたち。
……ほんとにバカでよかったが、そろそろ怪しまれていてもおかしくない。
だがもう少しで先生が戻ってくる頃のはず。
露骨に喋らなくなるのはまずいが、徐々にトーンダウンするような形でフェードアウトしていこう。
適当に一言挟むくらいで、後は潜伏してれば吊られることはないはずだ。
『思いが通じてよかったぜ……』
『残念。オレのこと言ってんだよなあ……!』
『オレの方を見ながら言ってたってことは……後は言わなくても分かるよな?』
『親に良い報告ができそうだよ』
『今まで俺に女子に縁がなかったのは……このためだったというわけか』
「いや〜そうなんだよな。女子に縁がなくて──」
『おい待てよ白崎──てめえ違うよな?』
「……へ?」
──ナチュラルに言葉を入れたつもりが、予想外の方向から横槍が入った。
そのクラスメイトの名は佐藤……彼は俺を睨みつけている。
『てめえ──最近雪乃宮先輩と仲良くしてるらしいじゃねえか?』
「………え、いや別に──」
『しかも──新しく入った女子部員と、放課後も集まって仲良くしてるんだって?』
「……お、落ち着けよ、なんかの気のせいじゃ……」
突然のタレコミで──途端に場の雰囲気が怪しくなっていく。
『おいおい……』
『なんで言ってくれなかったんだよ……?』
『抜け駆けか……?』
クラスメイトたちは獲物を見つけたような目つきとなり……ポキポキと指を鳴らしはじめる。
「ちょ、落ち着けって!? せっかく凛たん来てるのにもったいないって! ほら質問しないと!」
と、我が妹の方を見ると……気のせいだろうか?
──なんか凛さんの様子がクラスメイトと同じくらい……いや、もしかしたらクラスメイト以上に禍々しい何かを放っているような気がするんだけど……。
「……一筋って言ってたじゃん……(ぶつぶつ……)」
あれ……なんか小声で仰ってますけど……さっきまでの優しげな雰囲気はどこへ?
あの……俺のこと、見逃してくれるんですよね……!?
さっきそう言ってましたよね!?
ですよね!? ね!? ね!?
「…………」
俺が何も言葉を発せないまま立ち尽くしていると──神月凛はまさかの行動に出た。
彼女はふらっと俺の目の前まで来て──
「もしかして──cubeのソラさんですか!?」
──俺の手を取って大げさにそう言った。
その行為に教室中が固まる。
「さっきから気になってたんですけどその声! cubeのソラさんですよね! あたし大ファンで……お会いできて光栄です!」
俺の手を握りしめながら、まるで憧れの人にやっと会えた物語のヒロインのような、いたく気持ちのこもった声を発する人気女性声優。
こんな状況で「家で何回も会ってるよね?」なんて言えるわけない。
どうすればいいのか分からず、完全に思考停止した次の瞬間──
「いやーすまんすまん! 授業再開するぞー」
──高橋先生が戻ってきた。
※カクヨムコンの中間選考が発表されてました。
皆様のおかげで突破してた……感謝!!
興味がある方は近況ノートへ。
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