主人公の矜持


 ──俺になんかできることあるかなあ……。


 更級の涙を見てそんなことを考えていた。

 おかげで午後の授業は全く頭に入ってこなかった。

 あんな涙を見てしまうと、なんとか力になってやりたいというのが人情だ。


 更級が入部した最初はどうなるかと思ったが、今じゃすっかり旧部に馴染んでこれから一緒に放課後を過ごす大切な仲間。


 だけど──俺に何ができるだろうか?


 そう考えた時、おのずと浮かんでくるのは──当然しかなかい。


 ……ちょっと手荒なやり方だが、これが一番確実かつ手っ取り早い。

 だが、を絶対に成功させるためには──ある程度のリスクも負う必要がある。


 どう転ぶかはやってみないとわからないし……もしかしたらこれがになる可能性だってある。


 でもまあ……そうなったら仕方ないと割り切ればいいか。

 元々なんで始まったのかもよくわからんし。


 でも一応保険として、迷惑がなるべくかからないようにしておくことも大事だよな……?


 よし、じゃあラストくらいは──二宮なしでいくか!!




 ◇




 ──職員室にて。


「二宮先生、ちょっといいすか?」

「どうした?」

「ちょっと……校内放送していいっすか?」

「…………いきなりなんだ?」


 面食らったような様子の二宮先生。


「一応、前もって言っておこうかなと思いまして……」

「事後報告じゃないだけ、もしかするとこれは成長しているのか?」


 俺の評価のハードルは地下深くに埋まってるのかも知れない。


「それにしても、急にどうしたんだ?」

「まあ……ちょっと余計な人助けでもしてあげようかなと」

「ほう?」


 先生が俺の真意を汲み取ろうと、俺の瞳を覗き込んでくる。

 そしてすぐに──


「……いいだろう。どうせ私が止めてもやるのがお前たちだろうしな」


 うんざりそうに笑って、お手上げだとジェスチャーをする先生。


「更級の件だろう?」

「まあそうっすよ。先生も心配だったから更級に旧部を勧めたんでしょ?」


 更級は二宮先生に勧められて旧部に来たと言っていた。

 だが普通に考えれば、留学に行く前からの知り合いがいる新部を勧めるはず。

 そうしなかったということは……そういうことなんだろう。(分かってる風)


「……好きに考えてくれたらいい」


 目線を外して口角を上げる先生。

 その様子はどことなく照れくさそう。


「まあ私は更級の1組の授業も持っているし、それに去年のクラス担任でもある」

「なるほどですね……じゃあ、もしかしてこれからやることもお見通しってわけですね」

「まあ大方想像はつくさ。私はお前の担任だからな」


 二宮先生が慈愛に満ちた面持ちで俺を見つめる。


「……てっきり止められると思ったんすけどね」

「何を言う。私は生徒の自主性を重んじる素晴らしい先生だぞ?」


 先生は冗談めいたことを言って笑う。


「遠慮はいらん──好きなようにやるといい」

「……!」



 ──本当に良い先生だな……。


 心の底からしみじみとそう思う。


 先生は、「やりすぎたらいつでも叱ってやるぞ?」と笑顔でげんこつを作っている。

 ……うん、普通に可愛いなこの人。


 俺たち旧部の顧問が二宮愛海という人間で本当に良かった──そんな今更な感情が俺の胸の中で芽生えるほど、先生が生徒のことを大事に想っていることがしみじみ伝わってきた。


 そんな先生の想いに──俺もしっかりと応えないとといけねーな……!!


「じゃあ明日、新校舎で放送するのでよろしくお願いします」


 身が引き締まるような思いを胸に、俺は踵を返してその場を後にした──


「ああ、了解した────え、新校舎? ちょと待てしかも明日って学校公──」



 ──気の抜けた声は聞こえなかったことにして、俺は職員室のドアを閉めた。

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