そして──物語は動き出す。

 コンコン、とノックする音が部屋に響く。


「失礼する……ってお前しかいないのか」


 夕暮れ時の旧校舎の放送室に二宮先生が入ってくる。


「そうっすよ。二人とも予定あるから帰るって」


 まあ二宮に至っては帰ると言っても寮だと思うけど。


「2人はいないのか……逆にちょうどいいかもしれないな」


 二宮先生は帰ると思いきや、さびれたソファに深く腰を下ろす。


「ちょうどいいってどういうことっすか?」

「お前な……教師が来たというのにゲーム見ながら片手間で話すなんて本当にいい度胸をしている……」

「ちょっと今いいとこなんで。要件があるならそこで言ってください。目はそっちに移せないですけど話だけは聞いてるんで」

「ほんとに器用なやつだ……じゃあ聞くが、更級は上手くやれてるだろうか?」

「更級っすか? 今日の昼も心配で来てましたよね? なんかあるんすか?」

「逆に聞くが……お前から見て更級はどういう人間に見える?」


 どういう人間か?

 うーん……。


「元気いっぱいって感じのやつっすよ? 嘘がつけない純粋無垢な子供っていうか」

「そうか……ここではそう振る舞っているのか」

「え……どういうことすか?」


 気になることを言い出したのでゲームを中断し、先生が座っているソファの前に椅子を持っていって座るが、


「なに、そのままの意味だ。あいつが自分らしく振る舞えているのなら何よりだ」


 先生は用は済んだと、ソファから立ち上がる。


「え? 逆に他じゃどんな感じなんすか?」


 明らかに裏表があるような性格ではない。

 まさか俺たちを上手く騙して……いやそんな器用じゃねーわ。


「私からは深く話すつもりはない。気になるようだったら自分の目で確かめてみればいい」


 そう言って二宮先生は去っていった。


「自分の目で……って言われてもな……」


 どういうことだ?

 そういえば……学園長もなんか気になること言ってたような……。




 ◇




 ──翌日。


 ホームルームが終わり、休み時間になる。


 雑談でもしようと隣を見ると、二宮が真剣な表情で古文の単語帳を見ていた。


「どしたんだよ? 古文は今日の5限だぞ?」

「白崎──オレは今日から古文に死力を尽くすことにした」


 悲壮めいた決意を見せる表情の二宮。

 彼に一体何があったのだろうか?


「これを見るがいい……!!」


 二宮が古文単語帳を広げて俺に見せる。


「この単語の意味をよく見ろ!!」


 二宮が指差すところを注視してみる。そこには、



─────────────────────

 単語No.95

 妹

 意味……恋人、妻

─────────────────────



「なんて素晴らしいんだ! そんな夢のような国が実在していたなんて!!」

「それお前が今住んでるぞ……」


 まあいいや。俺も5限の古文の単語テストに備えて勉強を……


「あ、やっべ。古文の教科書一式持ってくるの忘れたわ」

「なに? そいつは厄介だな。普通科のクラスに借りに行かねばならんぞ」

「普通科か……行くのちょっとだるいな。つっても今行く時間ねーんだけど」


 あと数分で次の授業が始まる。

 そしてあいにくここは新校舎の辺境とも言うべき理数科棟。

 普通科の教室とは少し距離がある。


「まあ昼休みに行けばいいや」

「ふむ……ところで肝心の借りるあてはあるのか?」

「まあ、適当に知ってるやつに声かければ……あ、ちょうど更級いるじゃん!」

「確かに……昼休み直後に更級のクラスに行って妹の様子をうかがうのも悪くなかろう!」




 ◇




 ──昼休み。


 新校舎の更級のいる教室に向かっているわけだが──周囲が非常に騒がしい。


「……あのな、二宮」

「どうした?」

「いや……ついてきてもらっておいてなんだけど、やっぱお前帰ってくんない?」

「……何故だ?」

「いや、2学期になって普通科棟来てなかったから忘れてたんだけどさ──お前のファンガールがうぜえんだよ!」


『リク君かっこいい!』

『ねえ一緒に写真撮って!』

『握手してください!』


 俺たちが普通科棟に足を踏み入れるや否や、二宮のファン(全員女子)20人近くに囲まれてしまってろくに進めない。


 俺たち理数科の生徒が普通科棟に来ることは滅多にない。

 理数科と普通科は分断されているので、体育や移動教室系の授業で普通科棟に稀に来ることはあるが、基本的に移動であって滞在することはない。

 そのため、理数科の人間が普通科の教室エリアに居る事自体かなりレアなわけだが…….


『まじイケメン!』

『やばい』


 なんでこいつこんなに人気あんだよ!

 俺がこいつの異常性を中和してやってるからなのに!!

 俺がいなかったらただの異常思想の犯罪者予備軍として白い目で見られてるはずなのに!


 放送というパッケージで二宮のキャラクターをお届けしているせいで、二宮が異常者扱いされずにキャラとして受け入れられているのが、この世で二番目に納得できない。


 一番納得できないのは──


 ……俺は人だかりの中心の二宮から離れてみると──あっさり二宮ファンガール包囲網を突破できてしまった。

 誰一人として目線が俺に向いていない。



 ──なんで俺はキャーキャー言われねーんだよ!?



 同じcubeなのに!

 早く俺にもハーレム展開よこせよ!

 主人公に人気出たほうが良いだろ!?

 別に減るもんじゃないんだしさあ!!



 ……取り乱してしまった。一旦落ち着こう。

 どうせこんな人気は一過性。すぐに過ぎ去っていくもののはず。

 そんなもの相手にして狼狽えるほうがバカらしい。



 ──二宮のファン対応をすみっこで待っている間、俺を少し離れたところから見つめる男子生徒がちらほらいる事に気づく。


(少なからず俺にも同性のファンがいたのか……!)


 まあ異性ウケは抜群の顔面を持つ二宮の専売特許なので仕方ないけど……でも俺にもやっぱファンはいるわけだな!


 二宮にひっついている品格のないファンガールなんかとは違う。

 俺のファンは、マナーを守って迷惑にならないように、しっかりと配慮してくれる素晴らしいファンというわけだ。


 見るからに派手そうな二宮のファンと比較して、俺のファンはどちらかといえば大人しめなの印象。


 なるほど──”ファンは推しに似る”という言葉はどうやら事実らしい。


 思慮と配慮に富んだ俺に集まるファンは当然、俺の影響を受けて素晴らしい人格者になっていく。

 こうやって品のない二宮ファンガールと、品のある白崎ファンボーイの両者の性質が違うのは必然というわけだ。


 でもせっかく俺を推してくれてるわけだ……少しくらいファンサービスしないと!!


 と、俺を見つめる少数精鋭のファンの方に手を振ると──なぜかササッと目線を逸らされ、散り散りに男たちは散っていった。


「そろそろ妹の教室に行くぞ」


 ──ちょうど二宮がファン対応を終えたところで、こちらに話しかけてきた。


「お、おう……」


 ──あまりに思慮深いのも考えもんだな……照れ屋が多いのかな?


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