執事とお嬢様のコメディも悪くないよね


 二宮と部室に向かうと、部室の前に珍しい人物がいた。


「学園長? 何してんすか?」

「部室の前でなにやら怪しい様子だが……」


 恰幅かっぷくの良い初老の男性が、部室の前で中の様子をうかがっている。


「おお君たち……ちょっとのう……」


 学園長の返事はどことなく歯切れが悪い。


 誰もいない部室の前で俺たちを待っているかと思ったが──扉の窓を除くと中に更級がいた。

 俺は扉を開けて、


「ういっす。放課後も部室に来るんだな」

「流石紅葉ちゃんだ。放送部に宿る妖精はやはり放送部にいないといかんからな」


 と更級に声を掛けると、


「そりゃもちろんくるに決まってるじゃん!」


 と、楽しげな返事が返ってくる。

 ……きっと昼休みの一件は綺麗さっぱり記憶から消去したのだろう。


「さ、中で話を聞きますよ」

「遠慮せず入ってくれ」


 学園長を手招きするも、


「う、うむ……」


 学園長はどこか遠慮がちで、なかなか部室に入ろうとしない。

 一体どうしたのだろうか?


 部室に入らずに扉の前でつっ立っている俺達を見て、更級が「どうしたの?」と、不思議そうにこちらを見ている。


「ほら、早く入ってくださいよ」

「どうしたのだ?」


 二宮に背中を押されて学園長がおずおずと部室に入っていくと、更級はすぐさま──


「あれ? ?」

「っ!?」


 ──このバカ……っ!?


 いくら温厚とはいえ、学園長に向かってなんて口の聞き方してんだよ……!?

 お前は敬語のひとつも使えないの──いやこいつ日本語すら怪しかったわ。

 うんじゃあ仕方ないな。


「びっくりするじゃん──おじいちゃん」


「「…………へ?」」

「もう〜また様子見に来たの?」


 更級は呆れながら学園長に言葉をかけると、


「フォッフォッフォ! バレてしまっては仕方ないぞい!」

「恥ずかしいから止めてってばぁ……」

「ワシはさーちゃんが旧部に馴染めているか心配でのう……」


 朗らかに談笑する二人。


「え? ええ? ちょ、ちょっと待って?」

「う、うむ……二人はもしかして──」


「ふえっ? ゆってなかったっけ? あたし、おじいちゃんの──学園長の孫だよ?」




 ◇




 柊木グループをご存知だろうか?


 それは日本を代表する財閥の一つだ。

 柊木学園はその柊木グループを運営母体に持つ学校法人で、その組織で要職についているということは当然、柊木グループ内でもそれなりの地位を手にしている者だ。


 柊木学園の学園長ともなればそこそこの重鎮であることは、真偽はともかく容易に連想できる。

 そして──その学園長が放課後に心配でつい様子を見に来てしまうほど、溺愛する孫娘がいる。


 その孫娘をあまつさえ泣かせ、抱きしめ、そして胸をたくし上げさせるという愚行を犯した2人組がいるとしよう。


 そんな事実がバレたら──どうなるんだろうねっ!




 ──おそらくここまでの思考過程はこの窮地を共にする相棒と、寸分の狂いなく完全一致している自信がある。



「2人ともどうしたの? 急に固まって?」


 このバカ──ではなく、ご令嬢がこちらを心配そうに見ていらっしゃる。


「い、いえいえ……とんでもございません」

「ぜ、ぜひとも。2人でゆっくりしていってくれ……」

「……急にどうしたの? あ、もしかしておじいちゃんに緊張してるの? おじいちゃん優しいから大丈夫だよ!」

「白崎君も二宮君も、いつもはもっとフランクなんだがのう……?」


 更級様と学園長が顔をお見合わせて首を傾げなさっている。


「まあ長居するのも申し訳ないからのう。そろそろワシは仕事に戻るぞい」

「おじいちゃん、もう心配しなくていいからね?」

「フォッフォッフォ……わかっとるぞい!」


 学園長は高らかに笑い、そのまま部室を後にするかと思いきや、最後に俺と二宮の方に寄ってきて、


「頼みがあるんだが……いいかのう?」


 俺と二宮にしか聞こえない声で学園長が耳打ちする。


「は、はい……なんなりと」

「う、うむ……」


 なぜ俺たちの声が震えてしまったかというと……普段は穏やかな学園長の眼差しが鋭く光っているから。


「さーちゃんはいい子なんじゃが……いい子すぎて心配でのう」

「た、たしかに……」

「いい子なのは間違いないが……」

「だからのう……さーちゃんに近づいてくる不届き者がいないか、見張っておいてくれんかのう?」


 学園長の声のトーンが落ちる。


「ま、まあ……」

「それぐらいなら構わんが……」

「万が一、さーちゃんに破廉恥なことをしでかした不届き者が出てきた場合──ワシに密告を頼む」

「「……」」


 今日の昼、おたくのお孫さんに18禁見せて、しまいにはお胸の方をぐいっとたくし上げてもらったんですけど、それって破廉恥に入らないですよね? 全年齢対象ですよね? あくまでラブコメの範疇ですよね? 多分ラブコメってこういうことですよね? さっきラブコメの上位ランキング見たらトップ5全部転生ものだったんですけど、現代にラブコメって存在しないんですかね? ……なんて世知辛い世の中なんですかね?


「仮にそんなやつがいたらのう、目に物見せてやるわい! フォッフォッフォ!」


 そう言い残して、学園長は部屋を出ていった。



 ……。



「最後におじいちゃんなんて言ってたの? なんか話してたよね?」

「はっはっは、何もおっしゃっておりませんよお嬢様」

「それより今日はどのようなお戯れをご所望か?」

「……それ何の遊び?」


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