更級さんに夢を抱いていた諸君らとはここでお別れです。


 それからというもの。


 ──数学


「だーかーら! 接線の方程式を使うんだっつってんだろ!?」

「だって、それがなにかわかんないんだもん! なにそれ? 接戦の方程式? 勝利の方程式的な?」


 ドサッ!──リクおにーちゃんは膝から崩れ落ちた。



 ──日本史


「え、この人、この戦いに負けたの!? 応援してたのに!」

「……ふむ。まあ気持ちは分からんでもないがな」

「天下統一を前に、こんなところで死んじゃうなんてショック……!」

「もうとっくに全員死んでんだよなあ……」


 ドサッ!──リクおにーちゃんは膝から(以下略)



 ──地理


「いや更級よ、この問題は冷静に考えたらわかるであろう? まず日本の都道府県の数から考えるがいい」

「えーと……48だっけ? いや46だったかも! この2つの数字に見覚えある!」

「……それ多分アイドルグループじゃね?」


 ドサッ!(以下略)



 ──化学


「ここは普通に光合成を考えればいいんだって、中学で習ったろ?」

「なるほど! だからここでは植物は二酸化炭素を吸収して……」

「そうそう。あってるあってる」

「何放出するんだろ。えと、光合成だから……光とか?」


(以下略)



 ──物理


「あ、これが最後の問題だね」

「なんかめちゃ疲れた……」

「ここまで長かったが……最後の問題は、ふむ……」


 ────────────────


 次の空欄に適切な言葉を埋めて答えなさい。


 回転するコマが倒れずに立っているのは、円運動する物体に作用する

( )力

 のためである。


 ────────────────


「これは物理っつーか一般的に耳にする常識問題に近いな」

「うむ。別にアカデミックな専門用語というわけではない」

「コマ……ちから? あたしコマ遊びとかやったことないからピンとこないよ……」


 不安そうにこちらを見る更級。


 大丈夫。安心して。

 きっと俺たちも同じ目してるから。


「別にコマじゃなくても、ハンマー投げとか1回転するジェットコースターとかが、まさにそれって感じだけどな」

「……あーなんかイメージつかめたかも!」


 ────────────────


 回転するコマが倒れずに立っているのは、円運動する物体に作用する

(迫)力

 のためである。


 ────────────────


「崩れ落ちるな二宮! お前の膝はもう限界だ!」

「あ、危なかったぞ……」

「え、違うの?」

「更級! てめーわざとやってんだろ!? ヒントに気を取られ過ぎだわ! 二宮の膝を壊す気か!?」

「妹よ……もっとちゃんとした力がたくさんかかっているのだ……」

「力が……たくさん……? あ、わかった!」


 ────────────────


 回転するコマが倒れずに立っているのは、円運動する物体に作用する

(協)力

 のためである。


 ────────────────


「……妹よ、この回答に至った理由を浅学非才なオレたちに聞かせてはくれないだろうか?」

「ふえ? いや、その、私が知ってる中で、いちばん多く力がかかってるなあ……って」

「はあ? どこに力がかかってんだよ?」

「…………漢字に」



()




 ◇




「更級……俺ら別に怒らないからさ、1個聞きたいことあるんだけど」

「大丈夫だ。オレたちは決してバカにしたりしないから正直に答えてほしい」

「……な、なに?」


 不安そうな顔をする更級。


 だが俺たちには──どうしても確かめなければならないことがある。


「「──留学と留年間違えてないよな?」」

「全留学生に謝ってっ!」


 涙目で叫ぶ更級。


 ちょっと勉強ができないと言っていたが、多分彼女はそういう次元ではない気がする。


 まあ確かに英語だけはばっちりできるっぽいから留学はしてきたんだろうけど……。


 彼女が年上ということを忘れてしまいそうだ。

 いや、いっそ忘れてあげたほうが彼女のためかもしれない。


 ……うーん。


 なんか旧部、というかcubeに入れない方がこの子のためになる気がするぞ……?


 さて、どうしようか……。


 ……。


「なあ二宮。入部届って正式に受理されるまで猶予あるかな?」

「だめ! ねえだめ! ねえ白崎くんそれだけはだめだよ!?」

「いや……俺まだなにも言ってねーけど……」

「だってあたしのこと捨てようとしてるもん!!」


 俺の両肩を掴んで、透き通るような碧い瞳をうるうるとさせながら、何かを訴える眼差し。


 ……妙なところで勘だけは鋭いらしい。


「じ、冗談だって……」



 せっかくのメインヒロイン登場っぽいイベントだったのになあ……。

 いくらなんでもちょっと出だしのインパクトが強すぎるよ……。


 もうちょっと夢見させてほしかったなあ!!



 ……まあ、これで打ち解けられたってわけで良しとしよう。うん、そうしよう。そうするしかない。

 なかなか初対面の女子にお前とか言えるレベルで打ち解けることなんてそうそうできないし。

 むしろ、誰とでもすぐに打ち解けられる明るい性格というか、気安さのようなものが更級の一番の魅力なのかもしれない。




 ──かくして、旧部の金髪碧眼少女とのエンカウントイベントは幕を閉じたわけだが。


 この時の俺らはまだ気づいていなかった──更級さらという少女が抱える深刻な悩みの本質に。




────────────────


 ボツ案


 問題

 立てば(  )

 座れば(  )

 歩く姿は(  )


 正解


 立てば( 芍薬 )

 座れば( 牡丹 )

 歩く姿は( 百合の花 )



 更級さんの回答


 立てば(ガッキー)

 座れば(環奈)

 歩く姿は(マンドラゴラ)


 白崎さんのコメント

 「絶対動くな」

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