バカにテストを召喚中!



「よし、これであたしも旧部の一員だね!」

「……まじで入部届出してきたのか?」

「なかなかの行動力だな……」


 更級は二宮先生のところに入部届を提出しに行き、たった今戻ってきた。


 一応俺たちは止めておけと忠告したんだが……。

 そんなに強引にこの部活に入りたい理由でもあるわけでもないだろうに。



 ──古びた壁時計が指し示す時刻は午後5時前。帰るには少し早い時間帯。


「そういや二宮、今日は模試に備えて勉強するんじゃなかったか?」

「そういえばそうだったか。ならば数時間ぐらい勉強して帰るとしよう」

「あ、じゃああたしもここで勉強していっていい?」


 ぱん、と手を叩いて提案する更級。


「まあ別にいいけど」

「オレも構わんぞ」

「一緒に勉強すれば、わからないとことかを教え合えるのがいいよね!」

「俺ら理数科だからカリキュラムが微妙に違ったりするけど、全く違うってことはねーしな。たしか基本的に理数科の方がペースが早かったはず」

「うむ。オレたちが教える分にはどの教科も問題ないが」


 長テーブルに各々、教科書や参考書を並べて勉強を始める。

 俺の向かいに更級、隣に二宮という配置だが、向かいでノートを広げる更級は楽しそうだ。


 初対面の俺たちとしても、常に笑顔がこぼれて楽しそうな彼女とは、非常にコミュニケーションが取りやすい。

 やはり留学に行くだけあって、更級のコミュニティに入っていく際のコミュ力は凄まじい。



 留学に行くだけの才媛ということは、勉強もかなりできるのだろう──と思っていたのだが。


 ──15分後。


「……うわぁーん! もう勉強やだ!」


 先程からずっと「うーん……うーん……」と唸っていた更級がついにシャーペンを放り出した。


「……勉強始めてそんな時間経ってないんだけど」

「あたし、勉強がちょっと苦手なんだよね……しかも1年間留学してたから内容全然忘れちゃってて大変だよ」


 ……なるほど。

 たしかにその1年間のブランクは大変だ。

 語学はみっちり学んできているんだろうが、1年以上前に1学期に習った内容なんて誰だって忘れてしまうはず。



 しかし──


“勉強がちょっと苦手”なんていう甘言を鵜呑みにすると、痛い目を見ることは諸君らもご存知だろう。


 頭がいいやつほど謙遜したがるというもの。

 テスト前に「俺今回のテスト範囲勉強してねーわ。やばいんだけど!!」と朝休みの時間に保険をかけている生徒が大量発生する例のアレ。


 だが残念。


 真のヤバい奴は──そもそもテスト範囲すら知らない。


 上には上がいるように、下には下がいる。

 げに恐ろしき事実かな。


「まあ俺でよかったら、できる範囲で色々教えてあげるけど」

「オレも手伝おうではないか」

「ほんと!? じゃあまずはここ教えてほしいんだけど」


 更級が指差した問題はこうである。


 ────────────────


(  )に単語を埋めて、以下の慣用句を完成させてください。


(  )去ってまた(  )


 ────────────────


「……いやちょっと待て。これ1年間留学してたからって忘れる内容じゃなくね?」

「てっきり、数学方面かと思ったのだが……」

「い、いやあ……ほら! 留学先で日本語使ってなかったんだよね!」


 と、慌てながら大きく身振り手振りして弁明をする更級。


「あーなるほどな。1年間日本語使わないなんて経験したことねーからわかんないけど、そういうもんなのか」

「ふむ。たしかに慣用句などはめったに使うものではないからな」

「これは何が入るの?」

「ヒントを言うと、そうだな……間髪入れずに何度も訪れる災難に対して、このような慣用表現が使われる」

「ふむふむ」


 頷く更級に二宮が続ける。


「さらに言うと、空欄には全く同じ単語が入る。ここまでいえばわかるだろう?」

「あ! なるほど、分かったよ!」


「これを乗り越えると、良いことがあるもんね!」


 一難去ってまた一難。

 苦難の後には道が開けるというし、災い転じて福となす、というありがたい言葉も──



 ────────────────


(メンテ)去ってまた(メンテ)


 ────────────────



「詫び石でも待つのか」

「だが不思議とこちらの方が、オレには意味が切実に伝わってくるぞ」


 昔のことわざにメンテとかいう俗世の感覚を持ち込まないであげて?


「あ、ここも分かんない!」

「……次はなんだよ?」



 ────────────────


(  )と(  )が一緒に来たよう


 ────────────────



「あーこれは少し難しいかもしれないな。意味は嬉しいことが立て続けに起こるという意味だ」

「ふうん、なるほど……?」


 全く意味が分かっていなさそうな、「なるほど」が向かいの少女から聞こえてくる。


「二宮、ヒントを教えてやれ……」

「そうだな……」


 二宮が空欄の一部を埋める。



 ────────────────


(  )と(正月)が一緒に来たよう


 ────────────────


 ちなみに正しい答えは、


 盆と正月が一緒に来たよう


 である。

 でもまあ、あんまり頻繁に使うような慣用句でもないし、わからなくても不思議ではないけど──


「分かった! そういう方向性ね!」


 と、更級がヒントを基に空欄に答えを記入する。


 たしかに、盆と正月という学生が待ち遠しい夏休みと冬休みに関連するものなので、意外に分かるのかもしれな──



 ────────────────


(クリスマス)と(正月)が一緒に来たよう


 ────────────────



「1週間待てば来るんだけど?」

「なぜそうなるのだ……」


 あまりの奇想天外な慣用句に、俺たちは頭を抱えるほかなかった。


「え、もしかして減点!?」

「大丈夫。0点」

「うーん……詰めが甘かったのかな?」


 ……それは果たして詰め方の問題だろうか。


 もっと根本的な問題な気がしてやまないが……。

 隣で二宮が「ここからどう詰めたら正解にたどり着けるというのだ……っ!?」と頭を抱えている。


「──あ、わかったわかった! もうあたしめっちゃ恥ずかしいミスしてたじゃん……!」


 自分の失態に気づき、頬を赤く染めながら答えを書き直す更級。


「よかった……!」


 と、つぶやく二宮。


「更級よ……流石にこれ以上の間違いはおにーちゃんとして、紅葉ちゃん天然説でもカバーできない領域に片足を突っ込んでいたぞ……!」


 ほっと一息をついて、胸をなでおろす二宮。


「書けた!」


 威勢のいい更級の返事。

 達成感のある朗らかな表情。

 そして──


 ────────────────


(大晦日)と(正月)が一緒に来たよう


 ────────────────



「これでよし、と」

「おめでとう。てめーの妹は片足で踏み留まるどころか、見事にヘッドスライディングしていったぞ」

「大晦日と正月はもはやセットだろう……っ!!」


 ドサッ!──リクおにーちゃんは めのまえが まっくらに なった!



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