ヒロインが登場する1話前。
──放課後。
「それにしても、柊木学園ってまじでバカ広いよな。東京ドーム何個分なんだろうな」
「初等部から高等部までというのもあるが、コンビニや図書館、喫茶店などの施設、さらには一般客も利用できる柊木グループが経営する大型ショッピングモールまであるからな」
周囲を見渡しながら、学園内に手入れが行き届いた庭園を通り抜け、綺麗に舗装された緑豊かな通路を歩く。
まるでテーマパークの中のような風景だ。
そして、舗装された新校舎エリアの道を少し歩くと見えてくるのが、柊木学園高等部の旧校舎だ。
こちらは新しいエリアと比較すると、あまり整備が行き届いているとはいえない。
「やっぱ3年もいなくなると、なんか静かだよな……」
「……うむ」
喧騒が絶えない新校舎とは違って、旧校舎は寂しげにただそこに佇んでいる。
──現在の旧校舎は基本的に誰もいない。
7月はまだ3年が旧校舎に残っていたが、夏休みの間に3年の新校舎移転が完了したからだ。
つまり、今では旧校舎を訪れる生徒は基本的にいない。
「so cubeもリスナーがいないとなると、話が変わってくるよなあ……」
「何を言う。第3回放送のように大講義室を貸し切ってもいいし、もっと新たなチャレンジだって可能だぞ? むしろこれはいい機会ともいえる!」
「お前に謎のやる気があって残念だよ……」
個人的には好き勝手できる部室さえあれば、別に放送なんてしなくてもいいんだけどな。
「──む? 今誰か生徒がいたぞ」
ポツリと呟いた二宮の方に視線をやると、二宮は旧校舎を見上げている。
「今、2階の廊下の窓に一瞬、女子生徒の人影が写っていた」
二宮が指差す方を見るが、もう人影は見えない。
「……ほんとか? 俺ら以外で放課後の旧校舎に用がある生徒なんていないと思うけど」
「本当だ。確かにあちら側に歩いていくのが見えた」
二宮の声は真剣そのものだ。冗談を言っている雰囲気ではない。
「あっち側って……俺らの部室ぐらいしかなくね? ……あっ!」
……もしかして。
「なんだ!?」
「いや、……そーいやお前、SNSでメインヒロイン募集って……」
「……ということはあの姿は──オレの新しい妹か!」
「ちょ、急に走り出すなよ!」
後を追うように俺も走り出し。俺たちは旧校舎の玄関の中へ駆け抜けていく。
無人の放送室は鍵がかかっている。
もしかしたら、せっかく部室を訪れたヒロインが帰ってしまう可能性がある。
……急いで確保しなければ!
ちなみにこれは女子と喋りたいからといった下心では決してない。
ここで逃してしまっては、心変わりされてしまうかもしれない。ほら、別に俺は困らないけど二宮が困っちゃうからさ。仕方ないね、うん仕方ない。
「せっかくのじょshi──新入部員を丁重におもてなししねーと! 二宮! 2階で間違いねーんだな!」
「うむ! 妹に誓って間違いない!」
「おっけー分からん! とりあえず俺は東階段から2階に向かう!」
「承知! オレは西階段から妹を追跡する!」
二手に分かれて、全力疾走で現場に急行する。
冷静に考えると新入部員と確定したわけじゃないが、突然の甘酸っぱい青春イベントにテンション爆上がり。
──やっぱ、こういうのは何も考えずに突っ走るに限るんだよなあ!!
「そっち任せた!!」
「任せておけ!!」
走りながら振り返らずに叫ぶと、相棒から頼もしい声が返ってくる。
──物音のしない旧校舎に、俺たちの声と足音だけが響き渡っていく。
旧校舎の構造は簡単だ。
コの字型の校舎で、辺が直行する2箇所に階段がある。
その階段の両端を押さえれば、見逃すことはありえない。
全速力で階段を駆け上り、脈拍の上昇を感じながら、先程二宮が指差していた2階の中央の廊下に顔を出すと──
──そこは無人の廊下。
少し遅れて、廊下の奥の方から二宮が現れる。
「はあ、はあ……二宮! そっちに誰かいたか!」
「いや、誰も……いなかったが!」
お互いに状況を叫びながら情報を交換する。
放送室前の廊下も見てみるが人影は見当たらず、念のため2階の窓から校門を見下ろしても、特に人が出ていった形跡はない。
「そっちから教室を見ていってくれ! 俺はこっちから順に見ていくから」
「承知!」
空き教室の中にいるかも知れないので、とりあえず廊下に面した空き教室の中を一つ一つ見ていくと──
「え……どゆこと?」
「……分からん」
二宮と廊下のちょうど中央地点で合流する形になった。
つまり──先ほど二宮が見た人影はどこかに消えたということになる。
──教室以外で旧校舎を利用する生徒なんていねーよな……?
もちろん旧校舎には空き教室以外の場所もあるが、そういう場所はそもそも鍵がかかっていて入ることはできないはずだ。
つまり、廊下か空き教室以外には行き場がない。
……ありえないことが起こっている。
「いや、確かに人影を見たのだが……すまん信じてくれ」
にわかには信じがたいという表情の二宮。
「いや、別に全然疑ってはないけどさ」
こいつはイカレている部分もあるが、こんな変な嘘をつくタイプではなく、実直で真っ直ぐなやつだ。不幸にもまっすぐ向いた方向がたまたま悪かっただけなんだから……不幸すぎない?
ともかく、こいつと一緒にいる時間もそこそこ長い。
こんなことで二宮を嘘つきだと疑ったり、信頼が揺らいだりすることなんてありえない。
「ちなみにその人影の特徴はどんな感じ?」
「金髪ポニテ美少女だった」
「ねえ嘘ついてない?」
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