兄と妹の未来 3


 俺が共有スペースに戻ると、大画面ディスプレイには一人の少女が映し出されていた。



 均整の取れた顔立ちはナチュラルメイクによって更に際立っていて、凛々しさを感じさせる大きな瞳とそれを縁取る伏せられた長いまつげの組み合わせが、どこか神秘的な儚さを醸し出している。


 そんな彼女の服装は透け感のある黒のブラウスに、ふんわりと広がってフェミニンなシルエットを浮かべるシックなフレアスカート。

 そしてなにより薄鈍色の綺麗な編み込み髪に目が奪われる。


 どこか西洋の彫刻のような気品ある美しさを感じさせる佇まいから一転、一度微笑みを浮かべれば打って変わってまるで満開の桜のような温もりのある優雅さを放つ。



 なんだろう、この……まるで物語からそのまま出てきたような完全無欠な完璧美少女兼──妹の姿は。


 ……なんで妹相手にここまで丁寧に描写しなくちゃいけないんだ。

 俺の貴重な表現力をこんなとこで無駄遣いさせないでほしい。


 ここは大画面に映し出されても余裕で耐えうる、我が妹の見事な容姿を称えるべきだろうか。


 もちろんTV用の衣装とメイクもしているのだが……それだけじゃない。


 兄には分かる……この完璧を纏った少女がふつふつと秘めているナニカ。



 ──とんでもなく気合が入っている。そしておそらく俺には悪い意味で。



「やば!! 神月凛可愛すぎだろ!?」

「これで声も可愛いとか……もうこんなの最強じゃん!」

「神はここにいた……ッ!!」


 クラスメイトたちも、あまりの完成度の高さに大いに沸いている。


 そして二宮はというと──何故か号泣してた。それどういう感情?



『凛ちゃんといえばこの役の印象が強いけど……実際にこの役は役作りとかどうだった? 特にお兄ちゃんへの重い愛情とか大変じゃない?』


 ──TV画面の中でスーツを着た司会者の男が、凛が有名になるきっかけとなった妹キャラをフリップで指しながら話を振る。


『そうですね……幸運にも自然体で演じられることができたので、私にぴったりな役でした』

『えっそうなの? 自然体ってことはお兄ちゃんいるの?』


『いますよ──とーっても仲良しです』


 …………は?


 眩しいほどのの満面の笑みで大嘘を答える妹。


 それに対して二宮は「リアル妹……ありがとう!」と謎の感謝を天に捧げている。



 ──おいおい待て待て……この画面に映る女は一体何を言っている?



 お世辞にも仲がいいなんて言えるような関係性ではない。

 それは紛れもない事実のはず。


 それなのにこんな世間の注目を最も集めるタイミングで、なぜそんな根も葉もない嘘をついてる……?




 ……あ、もしかして。


 世間体を気にして仲の良い兄妹であることを演じてるのか!



 確かに凛は今をときめく人気若手声優。

 その辺のイメージ戦略も事務所から徹底教育を受けているのだろう。

 口調もちゃんとよそ行きの感じがしている。


 なるほど……たしかにそれなら納得がいくな。



『あの役がぴったりってことは……もしかして凛ちゃんブラコンって周りから言われたことない?』


 画面の向こうの司会者が、これは掘り下げ甲斐がありそうだと思ったのか、更に質問を重ねていく。


『え〜そんなの言われたことないですよ?』

『えー怪しいなあ。 じゃあ仮に凛ちゃんが気になっている男の子と遊ぶ予定があったとしよっか。それで当日に君のお兄ちゃんが”今日暇だから遊ぼう”って言ってきたらどうするの?』

『うーん、当日ですか……そうですね……』


 真剣に考え込む凛。


『おお、迷ってるね! この時点でちょっとブラコン気味な気がするわ』

『当日であれば……ちゃんとお電話して断りの連絡をします!』

『──ごめんこれ断り方考える質問じゃないのよ!』


 司会者のテンポの良いツッコミが決まり、スタジオは笑いに包まれている。


 ……こ、これも事務所の方針、な、なんだよね!?


 多分きっとそうなんだよね!?

 事務所の教育の賜物なんだよね!?


『だってお兄ちゃんが遊ぼうっていうの珍しいですし──約 束 守 っ て く れ な い し』


 あれ、なんだろう……。


 なんか……最後の方の言葉が強調して聞こえた気がするなあ……。



 いや、落ち着け。

 まだ気のせいという可能性も残っている。

 ちょっと俺が変に意識しすぎている可能性もある。


『ちょっとお兄ちゃん好きな感じが伝わってるけどなあ』

『そうですか〜? そんなコトないと思いますよ?』

『そっかあ、じゃあもし仮にだよ? 仮に君のお兄ちゃんが凛ちゃんとの約束を忘れて、その日にお家に彼女連れてきたらどうする?』

『〇します』

『物騒すぎるわ!』


 バキューン! という発言をかき消す効果音の後に、司会者のテンポの良いツッコミが決まり、スタジオは再び笑いに包まれている。


 先程は神秘的とさえ感じた大きな瞳は、ハイライトが消えて底知れない闇を浮かべている……。



 ……ちなみに殺られるのは俺とバーチャル彼女のどっちなんでしょうか?

 それだけでも分かると今後の対応の参考データにできるので、大変助かるのですが──


『もちろん両方ですよ?』


 ──助からなかったよ……。


 てかこわっ!! もしかして先読みされた!?

 俺のコト見てるの!? っていうかこれ収録だよね!?



『ふふっ、も〜冗談ですよ〜』

『君の声で言うとキャラと被って冗談に聞こえないのよ! ほら、あのシーンみたいに!』


 凛が楽しような様子ではにかむと。司会者が再びツッコミを入れる。


 そして、司会者の期待に答えるように、凛はこっちをじっくりと見つめてきて──



『お兄ちゃん……あたし、ずっと、ずーぅっと……待ってたんだよ?』



 過去に演じたアニメキャラの名シーンを演じた。


 スタジオは「おぉ……」とプロの演技に感嘆の声が漏れている。



「やっぱり素晴らしいね……! 気持ちがこもってたもん!」


 と褒めそやす司会者に対して、


「そうですね──自分でも不思議なくらい自然と言葉が出できました」


 ……。


 ここまでくると流石に勘違いではない。



 我が妹はお怒りになっている──今までに見たことがないくらいに。



 というか、今まで凛が怒っているところなんて見たことない。


 俺はそんな温厚な少女をキレさせてしまった、のか……?



 二宮の方を見ると「理想の妹がここに……っ!!!」と言い残して、昇天していった。


 二宮、俺もそろそろそっちに行くよ……。



 現在売り出し中の人気声優の素顔が超絶美少女だっただけで十分なインパクトなのに、さらにこんなオタク受けする発言してしまえば、SNSでは凛のコアなファンもライトなアニメファンも皆、お祭り騒ぎだろう。


 この部分が切り抜かれて拡散されることも間違いないし、まとめサイトで取り上げられるのも不可避。



 今日の放送はおそらく凛にとっても──そしておそらく俺にとっても忘れられないものになるだろう。



「ブラコン凛たんとか……最高じゃねえか……!!」

「凛たんのお兄ちゃん、前世で世界救ってるだろ」

「殺したくなるほど妬ましいぜ……」


 やばい……震えが止まらない。


 こいつらにバレたら死ぬ……多分死ぬ……本当に死ぬ……つか絶対死ぬ……。


 でも俺を特定するような情報は出てないから大丈夫なはず……多分大丈夫……。


『お兄ちゃんはどんな人なの? 気になるわ〜』

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