兄と妹の雪解け 2


「あたしのラジオ、なんで出たくないって言ったの?」


 凛はまっすぐ俺の目を見て疑問を言葉にして、真剣な面持ちで俺の言葉を待っている。



 凛のためだ、仕事のじゃまをしたくない、誰も臨んでいない、──条件反射のようにそんな言葉の数々が喉まで出てきた。


 だけど不思議と言葉にはしなかった。


 ──直感的に、上辺だけの言葉で誤魔化しちゃいけない瞬間だと、不出来で愚かな兄でもわかった。



「………………照れるだろそんなの」

「……ん。じゃあ許してあげる。おにいのデレに免じてね」

「デレてねーよ」


 俺の言葉を聞いた凛は目をつぶって満足気に頷いていた。


「ちなみにここで私のためとか言ってたら、一生口聞いてなかったと思う」

「……そんなこと言うわけないじゃない」


 最後の最後で試してくる系のヒロインムーブは嫌われますよ?



 ……そのジト目はやめて?


「ま、まあそれも過去のこととして……これからはちゃんと応援するって」

「……ほんとに? じゃあ、おにいのこと話してもいい?」

「……話す? どこで?」

「……まあメディア上、かな。作品に声を吹き込むだけが声優のお仕事じゃないし」


 作品に携わる以上、各種メディアへの出演もしていかないといけないのは、素人ながらなんとなく想像がつく。

 それこそ凛がやってるらしいラジオとかが該当するのか。


「ちょっと家庭環境も複雑だし、今までメディアでなるべく家族のこととかは一切話さないようにしてた。話してもお母さんくらい」

「なるほど。まあうちの母は度肝を抜く天然エピソードの宝庫だからな。流石の我が妹もそのカードは切らざるを得なかったか」

「……だね。正直めちゃくちゃ助かってる」


 力強く頷いている我が妹。

 兄妹の間で完全に解釈一致。


「……おにいはあたしのことをクラスの人とかには話してるの?」

「いや全く。だって死にたくないからな」

「……全然意味がわからないんだけど?」

「大丈夫。俺も意味がわからない」

「……どこが大丈夫なの?」


 理由は頭じゃ全然理解できないが、直感的に理解している──バレたら命はないと。


「そういった意味じゃ生殺与奪を妹に握られてるってことになるのか……」

「……さっきから意味が全然理解できないけど、個人情報は話さないから安心して」

「もちろんcubeのソラってのはもちろんなしでお願いします……っていうかそもそもcubeご存知?」

「……一応」

「そ、そうか。……ちなみに今日の『あやのんと!』は聞いた?」

「…………聞いてない」


 ……だいぶ長い間があったな。


「……まあ、そもそもあたしは顔出しもしてないからおにいの身バレもないでしょ」

「へえ、そうなのか?」

「……おにい、ほんとあたしのこと見てないんだね」


 ため息をつく凛。


「……でもそろそろ顔出しするけどね。もうその仕事が入ってるし」

「へえ」

「……もう途中から全然興味ないじゃん。仲良くしたいって言ってたのは嘘だったの?」

「いやそういうわけじゃ……ってかそれラジオで──」

「──黙って?」



 鋭い眼光で睨まれてしまった……。



 ──まあでも。


 こんなふうに家を出る少し前に少し打ち解けられたのはよかったな。


 仲良く──という訳にはいかないが、以前のギクシャクしていた頃よりはだいぶ改善されているはずだ。


 そろそろ俺が家を出るタイミングだからこそ、素直に話すことはできたのかもしれない。

 こんなタイミングじゃないと、そもそも話す機会すらなかったはずだ。



「そういえばさ、お前は仕事以外でやりたいこととかないの? 友だちと遊ぶとか色々あるじゃん?」


 すると、凛は「うーん……仕事以外でやりたいこと……」とかなり長めに時間を費やした後──



「まあ、強いていえば……兄妹喧嘩かな」



 ……なかなか痛いところを突かれた。

 


 完全にやぶ蛇だったからすぐに他愛もない話に話題を切り替えたけど、そんな俺を見透かしたように凛は呆れて笑う。



 ──やっぱりまだまだ妹は苦手だ。

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