やはり先生との青春ラブコメは間違っている
顔を出して中を覗くと、奥の方で所定の席に座りながらパソコンとにらめっこしている先生の後ろ姿が見える。
白いワイシャツと真っ黒のパンツスーツに身を包んだいつものスタイル。
モデルのようなすらっとした体型かつ豊かな双丘をお持ちの、我が1年10組の担任──二宮愛海は、朝から険しい表情で仕事に真摯に取り組んでいるようだ。先生ファンの要望に応えて描写しときましたよ?
二宮先生以外に人影は見当たらないが、集中しているのか、こちらには気付いていないようだ。
──そう、俺が逃げ込むべき場所は職員室。
生徒同士の争いもこの場は治外法権。完全なる安地。
職員室内で暴力沙汰なんてありえないからな。
──ゆっくりとドアを閉め、足音を立てないようにゆっくりと先生の背後に近づく。
集中している先生の邪魔をするのは申し訳ないが、流石に職員室で先生に話しかけないのも不自然。
ちょっと先生に声をかけてみるか。
「先生」
「はわぁっ!? し、白崎!?」
普段の生徒を威圧する低い声からは想像できない、可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がる二宮先生。先生ってこんなかわいい声出たっけ?
「み……みた……?」
先生のこんな弱々しい言葉は初めて聞いたかもしれない。
「え? そんな慌てて一体何──」
その時──先生のパソコンの映し出された文字が目に入ってしまった。
──今からでも間に合う!
アラサーからの婚活はこれで決まり!
──アラサー女子が気を付けておくべき7つのこと。
妥協しない相手選びの秘訣!
……。
……。
……。
──ダッ! (逃げ出す音)
──ガシッ! (肩が掴まれる音)
──バキィィッ! (肩の骨が破壊される音)
「ま、待て! せ、説明させてくれっ!」
「ええ、僕の肩を破壊した理由をね」
……どうして俺の右肩は破壊されたのだろう?
明らかに不必要な動作だったはずなのに。
前世は破壊神か何かだろう。
あれ、ここ安地じゃなかったっけ?
「そ、その……これは……」
突然のことに気が動転している先生。
……あまり人に見られたくない情報だったのかもしれない。
確かに先生が婚活しているというのは知らなかった情報だが、別に昨今、珍しくもなんともない。
今日は多様性が認められ、個人の考えや生き方が誰かに縛られるのを良しとしない世界。
婚活している女性をバカにして笑うなんて時代、とうの昔に終わっている。
先生は堂々としていればいいのだ。
──あたふたしている先生に対し、ここで俺に求められている反応は決して自己の保身などではなく、真に相手の立場を慮った忌憚なき対応。
「先生、よかったら──」
となれば、おのずとかけるべき言葉が浮かび上がってくる。
「──僕が良い人紹介しますよ?」
「……」
「………………何も見てないです」
「逃がすか」
離脱しようとするも首根っこ掴まれてしまった。
「乙女のプライベートを覗くなよっ!!」
「いやいや、乙女って誰のことですか」
「おいおい白崎、口には気を付けろよ」
「……」
「いくら温厚な私でも、怒る時はあるんだからな?」
「……それ、殴った後に言う台詞じゃないって知ってます?」
気付いた時には俺の眼前には教師の拳があり、次の瞬間、激痛が全神経を通じて体中に駆け巡り、全細胞が悲鳴を上げていた。
まあ確かに軽口を叩いた俺も悪いが、ノーモーションで神速の拳を叩き込む教師も教師。
こういうところが、独り身の原因なんだろうなあ……。
「今思ったことを言葉にしろ」
「なんて素晴らしい先生なんだと感銘を受けました」
「そうか」
「……」
「それで一体なんの用だ?」
「あたかも何もなかった風を装わないでください。また思いっきりぶん殴られました」
こういう厄介な読心術も、男が離れていく理由の一つに違いない。
二宮愛海 は 白崎凛空 を 倒した!
二宮愛海 の レベル が 上がった!
二宮愛海 は 新たに 独身術 を 覚えたい!
二宮愛海 は 読心術 を 忘れて 独身術 を 覚えた!
……レベルも上がって、読心系ヒロインから、独身系ヒロイン、そして独神系ヒロインへと進化していき、このまま一人で生きていけるほどに強くなっていくのだろう。
やはり先生との青春ラブコメは間違っている。
いつもの険しい表情とは打って変わって可愛く赤面している先生は正直、悪くはない。
むしろ普段は見せないそのギャップが、ころっと10代男子のハートを射止めても不思議ではない。
だが、恥じらいながらボディブローを決めてくる先生を愛でる気分になれるほど、達観していないのもまた事実。
ころっと物理的にハートを止められても不思議ではない。
それにしても、なんて手が出るのが早い人なんだ。いっそ、ボクサーにでも転向してはどうだろうか。
いや、でもアスリートに転向するにしてはもう年齢が──
「今思ったことを言葉にしろ」
「……」
「まあいい。今回は見逃してやる」
「……」
もう言葉にしなくとも何が起こったかは分かったよな。
俺たちはもう心の友だぜ? ブラザー?
「……というか、一体何が先生をそんな豹変させてしまったんですか?」
いくらなんでもこんな先生は見たことない。
俺たちの隠し撮り動画がインターネットに上がっていると知って、俺がうろたえて先生に当たってしまったときに、優しく
まるで久々の登場でキャラを書き分けできていないネット小説を読んでいるみたいだ。
……あれ、急に涙が……止まらないよ……。
自傷行為に心をえぐられつつも、先生が急変した原因を探ろうと、PCに映し出されている画面を覗く。
そこには婚活サイトとは別のウィンドウで──動画投稿サイトMeTubeに上がっている俺たちの放送を開いていたようだ。
しかし、どうやら見ていたのは動画ではなく、そのコメント欄のようで──
【この女性教師最高すぎる】
【スタイル最高すぎる】
【この胸で挟まれて圧死したい】
【こんな人と付きたい人生だった】
【俺も家で罰してほしい】
【こんなの絶対可愛いじゃん】
【どうか僕を縛って……】
「み、みんな、あたしの事可愛いって……」
「先生目を覚ましてっ!? そいつらろくなこと考えてない奴らですって!」
……放送に人生を狂わされた人がここにもいたようだ。
いや……もしかすると、俺たちよりも重症かもしれない。
投稿された動画内では俺たちの顔はわからないように、アニメ風なキャラの顔が被せられている。
しかし首より下は生身のままだ。
逆にその配慮が──先生の豊かなスタイルが生々しく強調されてしまっている。
カメラのアングルも、幸か不幸か先生の恵体をじっくりと捉えてしまっている。
おかげで、コメント欄で性癖を刺激された紳士諸君の集いができてしまっている。
「ネットの反応を真に受けちゃう先生はそんなコメントに耳を傾けては駄目です! リアルで良い人を探しましょう!!」
「良い人が見つかる──そう言われ続けて……もう10年経ったなあ……」
「……」
「もう、気付けば、32歳かあ……」
お、重い……。
あれ……もしかしてここ安地に見せかけた地雷原だった?
つーか先生、めちゃ若く見えるけどもう30越えてたんだ……。
「せ、先生、一旦落ち着きましょう! 先生ほど魅力的な大人に僕は会ったことがないです! 本当に!」
「……ほんとに?」
見るかにしょんぼりとしている二宮先生。
くそっ、そんな弱々しい先生は見たくない……。
ここはなんとかして元気になってもらいたい!
「そうです、先生の魅力なんていくらでも思いつきますよ! だから元気出してください!」
「……ほんと?」
「本当です!」
「例えば?」
「胸」
「コロス」
ほら。元気いっぱいの右ストレート。
……いや違う。
確かに元気だが、きっとこういうことじゃない気がする。
朝だから俺の頭が寝てるのかもな。でも今の一撃で目が覚めた。次の一撃で深く眠れそう。
「お前もどうせお世辞を言ってるんだろ……頭の中では、行き遅れの年増とか思っているんだろ……」
被害妄想の激しい先生は、ついに俺に背を向けて、机に突っ伏してしまった。
一体この人の精神年齢は何歳なんだろうか?
普段はめちゃくちゃしっかりしてるはずなのに……。
「いやー! 先生が先生じゃなかったら、今頃僕、告白してるんじゃないかと──」
「──白崎、そういう冗談はやめろ。それは駄目だ」
突っ伏した姿勢のまま、顔だけ素早くこちらに向ける先生。怖っ。
……でも、先生を励ますためとはいえ、あまり軽々しく言っていい内容ではなかったかもな。
メンタルが落ち込んでいても、流石は先生だ。
どんな状況でも生徒が間違いを犯せばちゃんと諭してくれる。
よし……あの日ファミレスで俺を導いてくれた、在りし日の先生が戻ってきたんだ!!
「先生、本当にごめんなさい」
「白崎……分かればいいさ」
「先生……っ!」
「でないと──自分を抑えられる自信がない」
──ダッ!!(逃げ出す音)
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