あとの祭り


「…………神崎」

「……なんだ?」

「……この書類の一番上、なんて書いてある?」

「……”専属マネジメント契約書”だな」

「内容読み上げてもらっていいか?」


「本契約は柊木芸能プロダクション、(以下「事務所」)と白崎凛空(以下「タレント」)との間で締結されるものである。1.タレントは、事務所を通じて芸能活動を行うことに同意する。事務所は、タレントのスケジュール管理、プロモーション、契約交渉などを行う責任がある。2.報酬 タレントは、事務所に対して受ける報酬について──」


「──もういいわ! てめえふざけんなよ!? 何勝手に契約書にサインさせてんだよ!? せっかくいい感じに終わりそうだったのに最後にとんでもねえもんぶち込んでくるなよ!?!?」

「……チッ」


 やっぱこいつ頭おかしいわ。

 危うく知らぬ間に契約を結ばれてしまうところだった。


「本当に可愛くねえヤツだ」

「反省の言葉はねーのかよ!?」

「ああ……詰めが甘かったのは深く反省してる」

「どこ反省してんだよ」


 神崎からクリアファイルごとひったくる。


「ちょっとしたジョークのつもりだったんだが……まあバレたんなら仕方ねえ。クリアファイルの中にある別のやつは家に帰って確認しといてくれ。そっちは真面目なやつだ安心しろ」

「真面目なやつ?」

「今回の放送の報酬についてだ。家に帰って確認してくれよ。じゃあな。連絡待ってるぜ?」


 と、神崎の車が動き出したので、慌ててドアを閉める。


 そして去っていく彼女の車を見送った。




 ◇




 家につくと、リビングには誰もいなかった。

 風呂場の明かりがついているので、おそらく凛が入っているのだろう。


 俺がファストフードを食べていると、健康志向なのか凛はあまりいい顔をしない。

 ちょうどいいタイミングだ。今のうちに夜ご飯を済ましてしまおう。


 と、適当に紙袋の一番上にあったバーガーをつまみながら、件のクリアファイルの中の書類に目を通す。


「あいつ、ガチモンの契約書書かせてんじゃん……まあ俺もガチの契約書なんて見たことねーけど。で、肝心の2枚目はと……」


 そこにはどうやら今回番組出演の報酬が記載されているようだった。

 さすがに金額は少額だと思うが……肝心の報酬は、えーと──



 ──いち、じゅう、ひゃく、せん……まん…………じゅうまん………………hya──


「なんだよこれ!?!?」


 一介の高校生が持つ金額にしてはシャレにならない金額がそこには記載されていた。



 ……いやいや落ち着け。


 こんなのはふざけたジョークだろう。


 仮に本当だったとしてもこんな額を受け取っていいのか!?

 ろくなことにならずに人生狂うパターンまっしぐらだぞ……!!



 ……とにかく冷静になれ。


 そもそも俺が神崎に口座振込先の情報を教えない限り、こんな大金は舞い込んでくることはない。


 じゃあ大丈夫──誘惑に負けさえしなければ……大丈夫!!


 俺はこんなところで足を踏み外すような愚か者じゃない……大丈夫……大丈夫だ……。


「……なんか叫んでたけど、どした?」


 と、風呂場の方からひょっこり、赤みを帯びた肩と顔だけ出して凛が心配そうにこちらを見ていた。


 俺の叫び声はどうやら風呂場まで聞こえるほどだったらしい。


「い、いや、別に何もないぞ……」

「……なんもなくないでしょ。不審なコトしてるし」

「不審なコト?」

「急にタンス開けて何かを探し始めて……そこ通帳入ってるタンスだけど?」


 ……。


 ……まあ、ほら、ね。一応、一応ね。

 不測の事態に備えて場所だけは把握しとこうと思って。



「あ、ああ、いや、大丈夫……」

「……ならいいけど」


 凛の姿は風呂場の方へ消えていった。



 ……一旦飲み物でも飲んで落ち着こう。

 冷静にならないと。


 神崎は飲み物も一緒に買ってくれてたはず、と思って紙袋の中を覗くと──


「ん?」


 紙袋の下の方に長方形の封筒が入ってることに気づく。


「なんだこれ?」



 紙袋から分厚い手触りがある封筒を取り出すと、封はすでに開いていたようで──運悪く逆さに持ち上げてしまったせいで、中身がテーブル上に散らばってしまった。



「…………」



 そこには神崎の名刺と──生のがあった。




 ◇




 ──放送直後のとあるメッセージのやり取り。


『いい質問だっただろ?』

『お前の兄を借りたお礼は妹に返してやったぜ』

『よかったな。”仲良くしたい”だってよ』


 ──それに対する返信。


『そんなこと頼んでません』

『ですけど……兄のかわりにお礼は言っておきます。ありがとうございました」



 ──さらにその返信。



『どうせお前、その部分リピートして聞いてんだろ?』



 ──返信は返ってこなかった。





─────あとがきのこーなー!──────

「現代ドラマ日間2位! そしてまさかの週間7位! リスナーの皆のおかげだぜ!」


『応援誠に感謝!』


「まだまだフォロー・評価・感想なんでも待ってるぜ!」


『妹たちからの愛を募集中だぞ!』


「次回のタイトルはこちら!」


『これは胸躍るタイトルだぞ! 楽しみではないか!』


次回──【兄と妹の雪解け】


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