祭りのあとのあと



「待たせたな」


 神崎が少し大きめな袋を抱えて戻ってきた。

 美味しそうなソースの匂いが鼻腔をくすぐる。


「遅かったじゃん」

「ちょっと混んでてな、ほらよ」

「え、重っ。こんなに?」


 受け取った紙袋はずっしりと想像の倍ほどの重みがあった。


「ソラの好みか分からなかったからとりあえず美味そうなもんを適当に頼んでみた。それが今回のギャラってことにしておいてくんねえか?」

「体張った割には随分と安い気もするけど」

「オイオイ贅沢言うなよ? オレからのポケットマネーなんだからなァ」

「……まあありがたく受け取っとくわ。食べきれないからこのまま家に持って帰って家族に分けるけど」

「好きにしろよ。そういや、忘れる前にいくつか書いてほしいもんだあるんだったわ」


 神崎が後部座席に置いていたバックからクリアファイルを取り出し、ボールペンと一緒に渡してくる。


「何これ? 暗くて文字が全然見えないんだけど」


 広大なスペースの駐車場を照らす街頭の明かりだけでは、何が書いてあるか識別できない。


「番組出演に許諾書みたいなもんだ。ちょっと時間がなかったから後回しになっちまった。ちょっと量があるから、とりあえず紙の下の方の記名欄に名前書いといてくれれば後はこっちで何とかしといてやる」

「りょーかい」

「未成年の扱いってのはここらへんがめんどいんだよなァ」


 助手席の前の方の平らな部分を使って、紙をペラペラとめくって記名していく。


「そろそろ出発するかァ。家までどのくらいだ?」

「結構近い。あっち側に走ってもらえれば」

「適当に走らせるから近くに来たら案内頼むぜ」

「おけ」



 そういってエンジンを掛けて、車を再び走らせる。


 家までの距離的におそらく車内の時間はあと数分だ。


「……結局、あんたは何がしたかったんだ?」


 最後に気になっていたことを口にする。


 二宮先生と面識があるのがきっかけなのは間違いないが、いまいちこの人の行動原理がよくわからなかった。



 なぜ俺を急遽、ラジオ番組にねじ込もうと思ったのか?



 神崎は「いくつかあるが……」としばらく黙った後、


「まあ来崎のためってのが一つだな。まあ詳しいことは機会があったら聞けばいい。あいつにやりがいが見つかって何よりだぜェ……」

「?」


 よくわからないが、来崎さんは終始楽しそうだったように見えた。

 少なくとも俺よりあのカオスな状況を楽しんでいただろう。


「だがなァ、それはおまけみたいなもんだ」


「……それがおまけなら、メインは何だよ?」


 運転をしている神崎の横顔を見つめると、ちょうど街頭に照らされた彼女の表情はらしくない真摯な面持ちで──


「オレはな──単純に面白えものを見たかったんだ」


 真剣なトーンで随分あっさりとした答えが返ってくる。


 ……どうやらまともに答えてくれる気はなさそうだ。


「つーか、気になってたんだけどお前の俺への信頼の厚さはどこからくんの?」

「クックック、そりゃてめえに才能があるからに決まってんだろうがァ」



 ……才能?



「お前と話してると、あまりにバカすぎて、くだらなすぎて、呆れちまうんだよな」

「なるほど? よーし喧嘩売ってるってことだよな?」

「ちゃんとバカになれんのがてめえの才能のひとつなんだよ」

「嬉しくねえ……なんだよそれ」


 神崎は「クックック……」と笑いながら、


「十中八九どうでもいい話なんだがこれが不思議でな、頭空っぽでくだらないバカ話を聞いて、それで呆れて笑いたくなるようなタイミングも人生の中ではあんだよ。残りの一二くらいでな」


 と言った。


「…………そんなもんなのか?」

「案外そんなもんなんだよなァ。世の中真面目な話ばっかりだと疲れんだろ? そんなときは思い出したかのように、なんの中身もねえバカなことではしゃぎたくなるのが人間ってやつなんだぜ?」

「……一つ言っておくと、元はと言えば俺は真面目に話してるのに周囲の人間が俺を勝手にバカにし始めただけだからな。あと無理やりちょっといい話にまとめようとしてるのがなんか気に食わねーわ」

「現に来崎が今日の放送後に、”またソラさん呼ぶためにお仕事頑張ります!!”って笑顔で言ってくるぐらいには、今日の放送は色々と奴のためになったんだろ」

「ええ……」


 まさかそんな話をしていたとは……それなら結果よかった……のか?


「まあいいやもう。考えんの疲れた。今回の一連の出来事の結果、くだらない話がなんかのためになったんならもうなんでもいいわ」

「so cubeだったかァ? てめえらの校内放送でも、今日の来崎みたいにお前とはなんの関係もないところで救われる誰かがいると思うがなァ」


 ……まあ救うなんてのは流石に大げさだが、心が軽くなる程度のことはあるかもしれない。


「やっぱそういう意味でお前は才能があんだよなァ……だって今どきのガキでももっと中身のある内容を話すと思うぜ?」

「うん、やっぱお前喧嘩売ってるよな?」



 そして──



「この辺のどこでもいいよ。後は歩いてすぐだし」

「ん、そうか」


 と、ハザードランプをつけて車がスピードを落としていく。


「そういやソラ、お前、今後はどうすんだよ?」

「今後?」


 神崎の方を見るが、当然神崎は運転しているので、目が合うことはない。


「いや……特に考えてねーけど。まあ流石に今日みたいなことはもうないけどな」

「そうか、そいつはもったいねえなァ」



 車が傍道に停車する。


「今のお前は一時的とはいえ、下手なタレントより数字持ってるからな。オレとしてももう少しだけお前を利用させてもらえるとかなりオイシイんだがなァ」


 神崎が助手席に座る俺を見ながら、そんな事を言う。

 薄暗い車内では神崎の表情ははっきりと分からず、どこまで本気の発言なのかはわからない。


「勘弁してくれよ……」

「ちなみに来崎がオレに、”またソラさん呼んでくださいね?”って圧強めに言ってきたんだが」

「万が一俺が芸能活動的なものをやるとしても、まず初めに来崎さんとは共演NGにさせてほしい」


 楽屋で何を話したかはあんまり覚えていないが、「また一緒にお話しましょう! 一緒にパーソナリティーやるその時のために、私がソラさんの分までしっかり足場固めておきますから!!」とかなんとか、訳の分からない事を言っていたことだけは覚えている。


 そして彼女の目が本気っぽかったのが何より怖かった。



「まあ興味があったらいつでも連絡してこいよ」


 と、神崎が名刺を差し出す。


 俺はその名刺を受け取ろうと手を伸ばし──


「──いや、やっぱ遠慮しとくわ」

「んだよ、このオレがスカウトしてんのに受け取らねえとは生意気なヤツだ」


 俺は助手席のドアを開いた。車内の明かりが点いて神崎の表情がはっきり見える。



 ──彼女は相変わらず悪そうな不敵な笑みを浮かべていた。



 俺は車から降り、開けたドアから最後に運転席の方を覗く。


「じゃあ──まじでお疲れ様でした」

「ああ──世話になったな」

「ほんとだわ」

「……おい、せっかくのギャラを忘れてるぜ?」

「あ、やべ」


 ハンバーガーの紙袋を受け取る。


「あ、そういえば渡してなかった」


 助手席の前の棚に入れておいたクリアファイルを手に取る。

 さっき自分が書かされたものだ。


「じゃあ書類もしっかりと渡したから、ほんとにおつかr──」


 クリアファイルを手渡す瞬間、自動で点いた車内のライトに照らされ、今まで見えなかった文字が浮かんだ。


 その瞬間──神崎が大きく舌打ちをした。



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