Strike while the iron is hot! 鉄は熱いうちに打て!


 …………いまこいつなんて言った?



「ちなみにお前が出ることはもう告知済みだ」

「…………は?」

「収録は今から2時間後でラジオ局でやるからな。今から車で送ってやる。社長直々に送り迎えなんて超VIP待遇だかんなァ?」


 神崎は車の鍵をくるくると指で回しながら立ち上がった。


「……急すぎて全然ついていけないんだが」

「こういうエンタメは勢いってもんが大事なんだよ。鉄は熱いうちに打った方がいい。今この時点でお前たちcubeエンタメの中心だが、時が経過すればその熱も冷えていっちまう」


 ……全然説明になってない。


「ちょ、ちょっと待って!? 俺は出るなんて一言も言ってないって! いきなりラジオに出ろって言われても」

「なんだよ、不満か?」

「そりゃ不満だろ!」

「チッ、今のガキはこれだから困るぜ……わかった」


 そう言って、神崎は携帯を取り出して電話をかけ始めた。


「……何してんだよ?」

「ラジオが不満なんだろ? テレビ番組にねじ込んでやるからちょっと待っとけ」

「媒体に不満があるわけじゃねーよ!?」


 慌てて電話を止めさせる。

 コイツ、無茶苦茶だ……っ!!


「まず第一に告知済みってどういうことだよ!」

「ラジオ番組の公式SNSで、今話題沸騰中の二人組cubeの参謀を務めるソラが出演するって大体的に発表してんだよ」

「いや俺が聞いているのは内容じゃなくて、なんで俺が了承する前に告知してんだってことだよ! 俺が絶対に出るってわかってるみたいじゃねーか!」

「クックック……これを見てみな」


 そう言って神崎がスマホで見せてきたのは──俺たちの動画のコメント欄。

 そこには──


【勝手に校内放送させられるとか、不登校になってもおかしくない】

【この動画は本人たちに許可取ってるの?】

【ふつうにこれいじめじゃない?】


 と、動画投稿主を非難する至極当然のド正論が、ほんの僅かだが投稿されていた。


「こういう意見は放っておくと肥大化する。早めに潰すに越したことはねえんだよなァ?」


 悪そうな笑みを浮かべながら忠告してくる神崎。


「……っ!」


 たしかに……身内が炎上していく様を黙って見ているのはあまり気持ちが良くない。

 いやここに書いてあること全部事実なんだけどな!


 だが、俺と二宮は旧部に入部したときに色々と先輩たちには本当にお世話になったし、面白半分だとしても後輩のためにあれこれ準備してくれたのは事実。


「チッ……放送で危険の芽を潰すチャンスをくれるってわけかよ……!」

「感謝してくれても良いんだぜェ?」


 こいつ……数字が取れる内に俺たちを利用しようっつー魂胆を隠そうともしてねえ……。


「…………お前の口車に乗ってやるよ」

「そうこなくちゃつまんねえよなァ……!」


 イタズラをする子供のような笑みを浮かべる神崎に、俺は呆れるしかなかった。


 ──家を出る前に凛の部屋の前で、


「……いってくる」


 と言葉をかけたが……言葉は返ってこなかった。


 今まで決して仲は良くなかったものの、無視されることはなかった。



 ──妹に無視されるって意外と心にくる、という学びを得て俺は家を出た。




 ◇




「あー、なんだ、その……」


 赤信号で停まった時、神崎が俺に声をかけた。


 その声色は困惑気味だ。


「……なんだよ?」

「いや、てめえ……大丈夫か? 顔色が……」

「大丈夫じゃねえよ!? いきなり素人が公共の電波に出るんだからな!? 正直今もよく状況についていけてねーしテンパってるよ!?」


 もうさっきからふわふわして、何をしても落ち着かない。


「んだよ、さっさと覚悟決めろって。仮に外したとしてもデジタルタトゥーが一つ増えるだけだって」

「デジタルタトゥーは刻んだら終わりなんだよなあ! あとひとつ増えるって言い方は何!? まるで俺が既にデジタルタトゥーを刻んでるような言い草じゃねーか! 俺はそこら辺ちゃんと気をつけてるから!」

「いや、だってあんな動画投稿してんだから……」

「そうだった! そういえばとんでもないデジタルタトゥーすでに一つあったわ! しかも日本中で俺のタトゥー見られてたわ!」

「うるせぇ……」


 信号が青になり、車が再び動き出す。


 ……やばい。なんかテンションがおかしい。


 そもそもなんでこうなったんだ?


 なんで俺は今ラジオ局に向かっているんだろう?


 なんで俺は校内放送なんてしてしまったんだろう?


 なんでノリで姫神とかいう謎モブキャラ最初に出しちゃったんだろう?


 わからないことばっかりだ。


「つーかなんで俺だけなんだっけ!? cubeのソラとしての出演ならリクである二宮も呼ぶのが自然じゃね!?」

「あんな危険な趣味思考を公共の電波に放ったらスポンサー離れるに決まってんだろ」

「……それは確かに」


 あんな喋る放送事故みたいなやつは、自分で責任が取れる校内放送ぐらいなら笑えるが、ちゃんとしたメディアであんな発言をされたら色々と多方面に迷惑がかかってしまう。



「オレとしてはcubeのこういう外回りの仕事は、意外に器用なソラが担当すべきだと思うぜ?」

「おい待て。まるで今後もこういう機会があるみたいな不穏な言い草なんだが?」

「おっとォ、口が滑ったぜェ……!」

「ぜってーやらねーからな!」


 今回の出演だって、旧部OBのためだ。


「放送始まったら、とりあえずアンタに連れてこられたって言って……そういえば、アンタのことをなんて呼べばいいんだ?」

「別に全然なんでもいいぜ? そんなことでガキが気ィ使ってんじゃねえよ」


 神崎は呆れたように吐き捨てる。


「そうか……じゃあ、”ゆかりちゃん”で」

「──っ!?」


 ──突然の急ブレーキ。


 周囲の通行人が何かあったのかと、こちらの方を見ている。


「どしたんすか?」


 運転席の方を見ると、何かを訴えかけているかのような表情で神崎──もとい、紫ちゃんは俺を睨んでいる。


「なんでもいいんですよね?」

「…………ああ」

「いやあ、さっき紫ちゃんが日本が今cubeに注目してるって言ってたし、放送の反響とかも高いんだろうなー! そんな放送で紫ちゃんって呼んだら……」

「………………下の名前はなしで頼む」


 紫ちゃん──神崎は「大人しく緊張しとけよ……」と吐き捨てて、アクセルを踏み直した。

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