謎の女とのエンカウントイベント


 ──翌朝。


「クックック……やっと起きたか」

「……おはよう、ございます」

「まだ寝ぼけているようだが──スターになる素質ってやつを、てめえ知ってるかァ?」


 このおんな、だれだ……?


「んー……しょたいめんのひとに、ちゃんとけいごつかえる、とかじゃないですか……?」

「っ……」


 あれ、ここはおれのへやなのに……。


「……他の要素は?」

「ふえ? まあ、1位との距離が離れてれば、まあ素質はあるんじゃないっすか…………ってお前誰だよ!!!???」

「からかってんのか、トゲゾーぶん投げんぞ?」

「まじでアンタ誰!? なんで俺の部屋にいんの!? 16歳で酒もないのにワンナイトってあんの!?」

「なんで男が衣服の乱れを確認してんだ?」



 とんでもない異常事態を前に、急激に意識が覚醒する。



 朝起きたら──俺の部屋に見知らぬ女性が立っていた。



「あの……どなたですか?」

「オレは神崎かんざきゆかりだ。お前の妹、神月凛のタレント活動をマネジメントする事務所の社長でもあり──お前が賞をかっさらったコンテストの主催者だ」



 ──二宮先生、仕事早すぎですよ……!


 あんた、どんだけ俺のこと好きなんだよ……。




 ◇




 とりあえずリビングで話を聞くことに。

 どうやら母さんは仕事に行ったみたいだし、凛もいないみたいだ。


「さて少年よ、てめえが置かれた状況、わかってんのかァ?」


 彼女は7月だというのに、肩にジャケットを羽織り、全身を黒い格好に身を包んでいる。


 肘をテーブルについて顔の前で手を組み、黒い革製の手袋のようなものをしている。

 その手袋の上から意志の強さをはっきりと感じさせる燃えるような赤い瞳が見えてくる。


 その姿、佇まいから、なにか他の全てのものを圧倒してなぎ倒すような威圧的な雰囲気を感じる。


 均整の取れた顔ではあるが、美人というよりは、少年誌の主人公のような、圧倒的なギラつきのようなものが、ふつふつと彼女の奥底に渦巻いているみたいだ。

 気を抜けばすぐに取って食われてしまいそう。


「おそらく察するに……これは貞操の危機?」

「ガキが舐めてんなよ? 襲うぞ?」

「危機じゃねえか!」


 彼女の艶のある低い声でそんなことを言われると、冗談に聞こえない。


「じゃあちょっと、状況を整理させてください」

「クックック……しゃーねーなァ。まあ一瞬でエンタメの中心に立っちまったんだから、整理できてなくても仕方ねーよなァ」

「ええ、まずは──どうやってこの家に入ったんですか?」

「そっちの状況の整理かよ。んなことどうだっていいだろ。それよりもっと大事な話をしにきたんだが……」

「どうだってよくねーよ!?」


 人の家を何だと思っているんだろう。


「普通にお前の母親に入れてもらったんだよ。なかなか面白いお母さんだな」

「何やってんの母さん……」


 人の家を何だと思っているんだろう……。


 うちの母親は色々とぶっ飛んでいる人だから、今更ではあるが。


「ちなみに二宮先生、じゃなくて、二宮愛海とはどういったご関係で?」

「愛海とは大学時代の知り合いだ。オレが先輩で愛海が後輩だな」


 なるほど、それはまた意外な関係性だな。


「まあてめえの代わりに状況を説明してやると……たった今、ネット上ではお前たちの放送が大いにバズっている。たった一つの動画、SNSの投稿、いや──元をたどればたった一度の校内放送がこの瞬間、日本全体の最もホットなトピックだろう。もちろん、3日、1週間、1ヶ月と時間が経てばほとんどの人は興味をなくすんだがなァ……」

「お、おう……」


 まさか、俺たちの校内放送がそんなことになっているとは……。


「コンテストの主催者としては嬉しくもあるが、正直ソラ、てめえにムカついている」


 神崎は俺のことをソラと呼んだ。

 言われてみれば、俺にとってソラは芸名みたいなものになるのか。


「……なんでムカついてんの?」

「オレは柊木プロダクションの人間として特に、スターの発掘に情熱を注いでんだよ。柊木芸能学園の学園長をやってんのだって、スターの卵をこの目で見極めたいからだ」

「……それで?」

「コンテストだって、全国の学生に向けてはいるが、実際うちの芸能科のやつらに頑張ってほしいと思ってんだァ」

「……」

「なのに、ぽっと出のよくわからないやつが、満場一致で圧倒的なモンを見せつけてくれやがって……しかも特典を辞退したいだァ?」


 神崎は不満げな声で俺を睨みつける。


 二宮先生から、俺が辞退したいという話はすでに伝わっているらしい。


 特典を辞退するなんて、コンテストの主催者としては面子が丸つぶれだ。

 そんなの腹を立てないわけがない……!


「突如現れた期待の大型新人が、今をときめく人気声優の兄だなんて、めちゃくちゃオイシイネタだってのによォ!!」

「面子とかじゃないんだ」

「ちなみにソラ、念のために確認だが……まじで凛の番組に出る気はねえのか?」

「……そうですね。それだけは絶対に嫌です」

「……ほう」

「別にこれは私情ってよりも凛のためです。仕事の邪魔はしたくないっていうか」


 そんなものは俺も妹も妹のファンも、誰も幸せにならない。


 と、その時。


 ──バタン!!


 と、2階の方から扉が強く閉まる音がする。


「……仕事に行ったと思っていたけど、自分の部屋にいたのか」


 もしかしたら今の発言は聞かれてたかもしれない。


 ……だからといって別に問題はない。


 俺も凛もこんなことは望んじゃいないのは確かなんだ。


「今のは神月か? 兄妹の仲は非常によろしいみたいじゃねえか」


 と、笑いながら言う神崎。


「これを全国にお届けするつもりですか? 空気凍りつきますよ」

「クックック……オレには仲良しにしか見えねえけどな」


 どこをどう切り取ったらそんな捉え方ができるのか、むしろ教えてほしいものだ。


「まあよくわかった。まあソラとしてはラジオに出たくない、というよりは妹の番組に出たくねえってことだろ?」

「……まあ」


 別にメディアに出たいわけでもないけど。


「二宮、じゃなくてリクだけ妹の番組出してやってくれません? あいつ重度のファンなんすよ」

「まあ特典のラジオ番組のゲスト出演自体はかなり先の話だからなァ……調整自体は全然可能だが──」

「じゃ、それでお願いします」

「そのかわり、ソラ──お前には別のラジオ番組に出てもらう」

「え、まじすか……それもかなり先の話?」

「今から」



 …………いまこいつなんて言った?

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