第2章 訪れる熱狂
男たちの花園
なんとか命からがら戦場から離脱した俺たちは理数科の教室に戻ることに。
しかし旧放送室から教室に戻るだけでも一苦労だ。
人通りの多い廊下を通ると、今朝のようなクスクス笑いとコソコソ話で、とんでもない羞恥プレイを味わう羽目になる。
と、遠回りして人がいない廊下を通って、普通科と別エリアの理数科教室に戻ると──
『おいお前ら! 放送聞いたぞ』
『俺も!』
『3年相手によくやるな!』
一斉にクラスメイトに囲まれてしまった。
野郎しかいない空間なので、暑苦しいことこの上ない。
「は? 放送聞いたっつっても……」
「オレたちの放送は旧校舎限定のはずだが……」
『わざわざ旧校舎の空き教室で飯食ってたんだぜ』
『ほんとに嘘みたいな放送してたんだな!』
(この反響は予想外だよな……)
(うむ……)
二宮とアイコンタクトで会話する。
今までたった2回しか放送をしていないが、反響は絶大。
どうやら一躍みんなの人気者になってしまったようだ。
──考えてみれば当然の成り行きなのかもしれない。
理数科は男子しかいないので、変に引かれたり、腫れ物扱いをされたりすることはないし、仲の良さというか、一体感がある。
俺が年下ではなく、年上のスタイルのいいお姉さんが好みであることを知っている連中なので、SNSアカウントによる俺のロリコン疑惑をうのみにするやつはほとんどいないだろう。
そもそも、本物の変態思想を持つ二宮陸を受け入れている時点で、何というか器がでかい。というかでかすぎる。
むしろ、俺の校内イメージを余裕で凌ぐ猛者たちが揃っている。まあそれもそれで問題だが。
それに、校内放送なんて権限のある生徒しか行うことができず、大勢の学生は聞き手に回るしかない。
両者の間には明確な差が存在する。
もしかすると俺たちは羨望の眼差しで見られているのかもしれない。
(なあ二宮、どうやら俺たちはスターへの階段ってやつを上り始めたのかもしれねーな)
(ああ、例えるなら妹ができた気分だ)
(ごめんそれ全然分かんない)
(ならば妹になった気分と言ったら分かるな?)
(分かってたまるか)
例えるなら……一夜にして有名配信者になった気分だ。なったことないから知らんけど。
まあ、これ以上の俺の悪評を広めないためにも二度と放送はしないと思うが、思わぬ副産物があったものだ。
俺と二宮は顔を見合わせた後──
「フッ、オレは当然のことをしたまでだ!」
と、小学生のように得意げに語る代表と、
「別に普通だろ?」
平然と、「この程度のことで舞い上がりませんけど何か?」という中学生メンタルを見せる参謀。
……やはり俺たちは良いコンビなのかもしれない。
それはともかく。これからどんな風にもてはやされるか非常に楽しみで──
『二宮も白崎も、3年と仲良かったんだな!』
『3年の可愛い子を紹介してくれ!』
『俺は綺麗系で頼む!』
『俺はおっぱいでっかい子で!』
『僕も胸はD以上で』
……分かってたよどうせそんなとこだってことぐらい!!
こいつら、女しか眼中にないって!
俺たちを利用して、女の子と仲良くなりたいだけだって!
つーか、こいつらから羨望の眼差しで見られても暑苦しいだけだわ!!
……。
……。
無性にそう思わずにはいられないが、大きな問題があることも忘れてはいけない。
「……お前らな、彼女作るべからずっていう掟があるだろ?」
『やだなー』
『別に彼女にするとは言ってないだろー?』
『友達作りだよ、友達作り』
そう言ってはいるものの、笑顔は堅いし、目は血走っている。
きっとこの世にこれ以上気持ちの悪い笑みはないと思う。
……あと友達の胸のサイズを指定する奇特な男性がいらっしゃいませんでした?
ちなみに、“理数科たるもの、彼女作るべからず”という掟を破った輩は、物理的祝福が降り注ぐことになっている。
しかしこの掟は、「俺彼女いないんだからお前も彼女いないよな?(圧)」という人間の美しい心理の上に形成された掟なので、皆、心の中では抜け駆けを画策している。
1年10組は、周囲を見張りつつも、いかにバレずに彼女を作れるかという、男たちの生死を懸けた究極のサバイバルゲーム空間なのだ。
『留学でアメリカに行ったあいつは元気かなあ』
『オレも彼女作りに留学行きたかったわ』
『そのためだけに1年かける価値あるよな』
ちなみに、彼女を作るためだけに、この夏に学園の留学プログラムで1年留学した奴までもいる。
さすがの俺といえど、彼女を作るためだけに海を渡ることはできない。
つーか、一つおかしいことがあるんだよなあ……。
なんだかんだ今どき物珍しい学園コメディって言ってもさ、ね?
言わなくても分かるっしょ?
ほら、物語のスパイス的な要素があるわけじゃん?
……。
……。
……。
どうして一向にヒロインが登場しないんだよ!?
なんだかんだで主人公のこと気にかけてくれる幼馴染がいたり、なんだかんだで高嶺の花から見初められたり、なんだかんだで主人公を慕ってくれる後輩がいたりとかしてもいいわけじゃん?
ここまで野郎しか登場してねーよ!?
今、『妹ちゃんいるじゃん?』と思った人、おすすめの病院紹介しますよ?
「お前たち、放送の感想とかはないか?」
二宮が男どもに問う。
確かにそれは俺も気になっているところだ。
『白崎が匿名でフラれたのは面白かったぞ!』
『あれは笑えたよなあ……』
『笑いすぎて涙出てきたぜ』
「てめーらに友の幸せを願う気は、ねーのかよ!」
せっかく彼女ができそうだったというのに……。
こいつらとの交友関係を見直す必要があるかもしれない。
「そう言うな白崎。結果的にはよかったと思うぞ」
と、いたって真面目なトーンで二宮は言う。
「はあ? フラれて何がよかったんだよ!?」
すると、目の前の理数科男子共は不思議そうに目を合わせて
『いや、だってなあ?』
『もしも告白されてたら、オレたちはお前を殺さなきゃいけないだろ?』
『気は進まないがこればっかりはしょうがねえ。しょうがねえよ……』
『放送中に鉄パイプ担いで飛び出して言った奴がよく言うぜw』
『おいおい。それは言わない約束だろ? お前だって喜び勇んでスタンガン片手に飛び出したくせによw』
『違いねえw』
仲良く笑い合うクズ共が……。
「まあ落ち着け」
と、二宮がなだめるようにその輪に割って入る。
やはり理数科では意外にもこいつにはまともな部類で──
「気を失う程度に留めておくんだぞ?」
『ああ』
『もちろんだ』
『任せとけ』
彼らの微塵も隠そうとしない殺気に、思わず尻もちをついて後退りしてしまう。
「失わない程度の間違いだろ!? 理不尽に殴られる俺の気持ちにもなれよ!?」
『……何を言っている?』
拳を握りしめ、関節をボキボキと鳴らして俺を見下ろすクラスメイトの一人が、真剣な顔で俺に問いかける。
「はあ!? だ、だから理不尽に一方的に殴られる俺の気持ちにもなってくれって──」
『おいおい、白崎……落ち着けよ』
『お前何か勘違いしてないか?』
『いつ俺たちが理不尽に殴るなんて言った?』
「……へ?」
クラスメイトは朗らかに柔らかい笑みを浮かべ、腰をつく俺に手を差し出した。
──毒気のない予想外の言動・表情・行動に、呆気にとられてしまう。
……なるほど。
とち狂っているように見えたけど、流石のこいつらも人の子。
しかもよく考えてみれば、別に俺は理数科の掟を破ったわけでもない。
それに──。
いくら女に飢えているとはいえ、この苦しい理数科という環境に身を投じ、共に勉学に励み、苦楽を共にする級友。
そんな彼らだからこそ、通じ会える部分も多い。
「わりい。少しお前らのことを誤解してた。俺たち理数科の同志だもんな」
『おうよ!』
『仲間じゃねえか!』
『見くびってもらっちゃ困るぜ!』
俺は差し出された手を取った。
どうやら俺は大切な級友たちのことをひどく誤解してしまっていたらしい。
少しは彼らへの認識を改めないといけない──
『『『ちやほやされてるやつを殴るのは──理不尽じゃないよ?』』』
──本当に認識を改めないと。
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