プロフェッショナルー遅刻の流儀


 少し早い時間に出たとは言え、公園に寄り道している余裕はないので遅刻確定コース。

 でもそんなコースが確定したからといって、慌てて右往左往したところで急がば回れの未来は確定。


 むしろ3周まわってマリオーカートとしゃれこんでみてはいかがだろう?


 この、“まだ期限の時刻にはなっていないんだけど距離的に遅刻は免れない”、というときの、そわそわと諦念が入り交じる、あのなんともいえない絶妙な時間帯を俺たちは迎えている。



 しかし不安になることなかれ。


 もう何度も修羅場をくぐり抜けてきた俺たちにとって、この程度のことでは狼狽えない。

 むしろ威風堂々泰然自若、完璧に落ち着き払っていて、堂々としたものだ。



 時計を見て慌てるのは三流。


 もうどうせ間に合わないとゆっくりするのが二流。


 そもそも時計を見ないのが一流たる振る舞いだ。



「で……なんだこれ?」

「なんだとはなんだ。オレたちのプロフィールではないか!」


 公園のベンチに座り、二宮がスマホを見せてくれたのはSNSのアカウント。



 最初に目に入ってきたのはアカウント画像。


 俺と二宮が肩を組んで決めポーズを作っている写真だ。


 この写真には見覚えがある。

 たしかこれはこの場所で催された先輩の引退式の時のものだ。旧部の集合写真の一部を切り抜いたものと思われる。


 それで肝心なプロフィールは……。


 ────────────────

 ユーザ名:cube@so cube!!!


 cubeメンバー


 代表:リク

 参謀:ソラ


 昼休みに旧校舎でso cube!!!を放送中

 両名ともso cube!!!のメインパーソナリティを務める


 ……。

 ────────────────


「待ってくれ。何一つ理解できないのは俺だけか?」

「何か不明な点でもあったか?」

「逆に自明な点でもあったか?」


 cubeって何?

 ソラって誰?

 参謀って?


 全く聞き覚えのない単語が並んでいる。


 ……どうやら俺の預かり知らないところで、色々なものが勝手に進行しているらしい。


「そうか、お前は携帯を持っていないから、まだ反応を見ていないんだな? ちょっと待て」


 と、二宮はスマホ画面を何度かタップして俺に見せる。


「オレは柊木生なら3年でも大体フォローしているんだが……これが昨日の昼休みに呟かれたツイートだ」


 ────────────────



『cubeイカレ過ぎてて草』


『so cube聞いて思いっきりご飯噴き出した。責任取ってほしい』


『二宮氏とは親友になれる自信しかない』


『校内放送に放送コードがないことを身をもって教えてくれるcubeの度胸がやべえ』


『オチが綺麗すぎw』



 ────────────────


「有数の進学校に通う柊木生が昼休みにスマホを使ってるのは、まあいいとして……1人やべえ奴が紛れ込んでるのも、まあいいとして……これは?」

「これは全部、ハッシュタグ、cubeで検索したものだ」

「cube? …………ああ、旧部ってことか?」


 そういえば“旧部”と何度も言ってたが、確かに耳馴染みのない言葉だしなあ……。


 それで表記揺れの結果、cubeに収まったのか。


「……つーかあの放送、そんなに反響あったのかよ!?」

「彗星の如く現れたオレたちの放送が、反響ないわけないだろう?」


 二宮は腕を組みながら得意げに目をつむってうんうんと頷く。


「じゃあso cubeってのは……」

「オレが番組っぽく話し始めた時あっただろう? 『と、いうわけで! 長いフリートークで始まる我らがそう、旧部!』って」

「“そう、旧部”がso cubeになったってことか……もはやそんな言葉があったことすらも記憶に怪しいが……」

「詳しい経緯は分からんが、おそらくそういうことだろう」


 二宮が思案顔で頷く。


「まあ確かに音だけじゃ色々伝わらないこともあるんだろうが……こんな綺麗に変換されるもんか?」


 ……いくら何でも出来すぎな気がする。


「旧部がcubeになるのは分かるが、『そう、旧部』なんてフレーズ、一回しか言ってなくね? そんなのみんな覚えてるとは思えねーんだけど」

「……さすが白崎。察しがいいじゃないか」


 ニヤリと笑う二宮。


「やっぱなんかウラがあんだろ? おまえは色々手を回す奴だからな。言ってみろよ」


 すると、二宮はベンチから立ち上がり、俺に背を向けながら公園の芝生の上を1歩2歩と歩いていく。


「実は──」


 朝日をその身に浴び、二宮は快晴の大空を見上げ、


「実はこのアカウント──」


 そして俺の方を振り返って、




「──オレが作ったんじゃないんだ」




 真剣な眼差しで、衝撃の事実を告げた。


「………………は?」

「オレがSNSで反応を確認した時にはすでに、このアカウントは存在していた」

「……え!? はあ!? いや待て……まじ意味分かんねーぞ!?」


 二宮がSNSを開く前から既にこのアカウントが存在していた、ということが意味するもの。


 それはつまり──


「このアカウント──オレたちのなりすましだ」


「………………はああああああああっ!?」

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