早すぎた埋葬
……。
あれ?
放送中のランプが消えてる時が放送中で、点いてるときは放送してないんだっけ?
たしかそうだよな?
……。
…………。
………………。
はあ!? まじで!? え、待って!? ちょ待って待って待って!?
いやいやいや! これガチ!? ガチなん? まじなやつなん!? やばいじゃん!
これいつから!? ねえこれいつから放送されてんの!?
やばいって! これまじでやばいって!!
「いやあ、もしも聞かれてたら、今日はオレの命日になっていたところだぞ。命拾いした気分だな!」
やめろ!!
おい二宮止まれ!!
お前今、自分で命を捨ててるんだって!!
「そ、そうだな……あ、あはは……」
──よ、よよよしいったん冷静になろう。
◇
今すぐに放送を停止するのは簡単。
──しかしそれは悪手に他ならない。
ここで突然、「ちょwww今これ放送されてんだけどwww」と言って、ぶつ切りで放送終了してしまったら、放送事故感がとんでもないものになる。
そうなれば好奇の目で生徒や先生の注目を集め、悪目立ちしてしまうのは必至。
この話題で校内中もちきりとなり、俺が卒業するまでの2年半、ずっといじられ続けることだろう。
そんな黒歴史を刻むのは絶対に避けたい。
しかしこういう時こそ逆転の発想。
──逆に、この放送を最初から旧部の予定通りの放送ということにしてしまえばいい。
俺たちの所属するのは旧だが放送部。放送部が放送してもなにも違和感がない。
試しにやってみたとか、適当な言い訳もしやすいだろう。
幸いなことにここは旧校舎の放送室。新部と旧部との対立関係上、普段は新校舎に放送が届かない設定になっている。
そして旧校舎は現在3年の教室のみだ。1年の俺には傷はまだ浅いと言える。
というわけで──
──いかにナチュラルにこの放送を終了できるか?
その一点に俺の今後の学生生活がかかっている!
頼れるのは──己の喋り一本のみ。
この特殊な状況下においては、それ以外の全ては何のあてにもならない。
自分の喋り一つで、状況を好転させることも悪化させることもできる。
──全ての命運はまだ……俺の手の中にある!!
……よし。
まずはこの状況を二宮に伝える必要がある。
だがこの放送を聞いている人には事故だということを伝わらないようにしなければならない。
「そ、そういえば、最近俺がハマっているミステリー小説があってな……それが──」
と、適当にしゃべりながら俺はポケットからペンと手帳を取り出して、急いでペンを走らせる。
俺を見て怪訝な顔をする二宮に対して、
『今から絶対に喋るな! 心の準備ができたら後ろのランプを見ろ!』
と、ページをちぎって二宮に見せる。
二宮は不思議そうにメモに目を通すと、頷いて、後ろを振り返った。
だが、「何が言いたいのか分からない」と言わんばかりにすぐにこちらに向き直ってしまった。
……しかし何か違和感があったのかのだろう。彼は再び振り向いた。
やがて再び向き直る。
そして微動だにせずに固まる二宮陸16歳。
──ああ、これが死後硬直ってやつなのかあ……。
そんな彼に救いの言葉を投げる。
『二宮、安心しろ。二宮先生の職員室は新校舎側だ』
『この放送は旧校舎にしか届いていない』
『可及的速やかに、あくまでも放送部っぽく、自然な形で放送を着地させれば何とかなる』
救いのメモを読んでしきりに頷く二宮。
なんとか死者蘇生の発動に成功したようだ。
……まあこの際、本当の二宮先生の職員室の場所など些末なことだろう。
人間は激しい動揺時には正常な判断ができなくなるという教訓を、身をもって学ばせていただいた。
◇
二宮がペンをよこせとジェスチャーするので、もう一本のペンとメモを渡す。
『どうしてマイクがオンになっている!?』
確かに……いくら旧校舎の設備が古くなっているとはいえ、機械の劣化とかでこんなことが起こるか普通?
だが、今はそれどころじゃない。
『その話は後だ。この場を乗り切ることに集中しろ』
『……了解』
『でも正直どうこれを着地させればいいか全然分かんねえ』
『オレに考えがある』
俺たちは交互にメモを見せ合う。
『なんだ?』
『よく声優のラジオを聞くから、いっそのことそれっぽい番組にするのはどうだ?』
なるほど! それは助かる!
『了解。お前に合わせる』
目で合図して二宮がマイクに近づく。
「と、いうわけで! 長いフリートークで始まる我らがそう、旧部! この放送では柊木学園の生徒からのメッセージをどしどし募集! 勉強から恋愛、さらには人生相談など何でも歓迎するぞ!」
なかなか流暢にしゃべり出す二宮。
かなり様になっている。ここは俺も合いの手を入れてそれっぽく演出していこう。
「おいおい、まずは自己紹介が先じゃないのか? じゃないと誰がしゃべってるのか──」
──あれ? そういえば……
一つ、重大なことに気が付いてしまったかもしれない。
いつから放送が始まっているかは不明だが──
──多分俺はまだ一度も自分の名前を放送中に呼ばれていない。
二宮に目配せして急いでペンを走らせる。
「そういえばお前は聞いたことはないだろうか? 我が学校に突如として現れた放送室に宿る妖精、通称、
と、二宮が訳の分からない伝承の口伝者として繋いでいる間に、2枚のメモを見せる。
『よく考えたら、放送をしている俺たちが誰かって声だけじゃ普通バレなくね?』
『今から放送やめてこの場を離れれば大丈夫だわ』
自分で自分の名前を言うことはないし、おそらくだが放送室に入って一度も二宮に白崎と呼ばれていないはず。
それに、放送に乗せた声は意外に誰か分からない、というのは放送部あるある。
よし、逃げよう!
こんな放送誰かが録音しているはずがない!
今すぐこの場を離脱することが最優先──ガシッ!
──へ?
いつの間にか腕を二宮にがっちりとロックされている。そして──
『オレは姉貴の話をした時点で特定されているんだが?』
(離せよ! それはてめえの問題だろ!)
(元はといえば、お前が話し始めたんだろう!?)
(こいつ!!)
二宮は普段運動をしないので非力なのは分かっている。
悪いが──ここでくたばってくれ!
(オラアァァ!)
(ぐはっ!?)
思いっきり力を入れて暴れると、難なく二宮の拘束を逃れることができた。
『後は任せた。ここはお前に譲る』
『これも美しい友情のカタチだね! てへっ!』
と、メモを叩きつける。
──これで一件落着。あとはこいつに全投げすればいい。
立ち去ろうとすると、何やら二宮がペンを走らせる。そして──
『そっちがその気なら』
『お前も同じ状況にしてやる』
──同じ……状況?
「おいおい、どこへ行くんだ?」
二宮が俺を見て大きな声で語り出す。
「え? いや、その、ちょっと予定あるから、戻ろっかなって……」
「ああ、そうなのか」
なんだ? 意外に友好的じゃ──
「もう1年10組の教室に戻るのか──白崎凛空?」
「──っ!?」
こいつ……!!
やりやがった……!!
しかもさらっと学年とクラス、フルネームまで言いやがって……。
『これも美しい友情のカタチだね! てへっ!』
二宮が俺のメモを見せながらニヤリと笑う。
…………ああ、もういいや。
もう世間体とかどうでもいいわ。
どうせ怒られたらこいつのせいにすればいいんだ。
とことんやりたい放題して、後は全部こいつに押し付けてやる。
なんならもう俺の印象が薄まるくらいに、この放送でこいつのイカレ具合をわかりやすく生徒に植え付けてやろう。
そうだ。そうすればいいんだ。
そうすれば俺の印象も薄まってこいつに報復もできるし、一石二鳥、万事解決、オールオッケー。
よし、二宮──てめーは俺の犠牲になってくれ。
俺はお前の屍を越えていく。
こうして──後に語り継がれる伝説の初回放送が始まった。
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