絶望の予兆
昨日こいつは柊木生でも有名人である、姫神さんからの公開告白をぞんざいに扱うという、とんでもない鬼畜ムーブをぶちかました。
「頭がイカれちまったクラスメイトたちは、お前のことを真の理数科男児だと褒め称えて胴上げまでしてたけど、ここは俺が友人として忠告してやる。人として流石にあれはないって」
「一方的に言われたから、一方的に返しただけなのだが」
こいつは人の心ってのが本当にわかってないな。
「あのな、お前の好きなギャルゲーの主人公だってあんなフリ方しないだろ?」
「確かに……! 言われてみればもっといい表現があったとは思う。お前の言う通りだな」
「まあわかればいいんだけどさ。過ぎちまったことはもう仕方ねーし。お前モテるんだからそこら辺気いつけてあげろよ?」
「うむ……持つべきものはやはり友人だな」
「だろ?」
「しかし──その友人も胴上げに参加していた気がするんだが?」
「気のせいだろ」
それにしても、姫神さんは大丈夫だろうか?
昨日はお友達に抱えられながら、教室を後にしていったし……。
おまけにそれに引きつった顔で「絶対に許さない」とかぶつぶつ言ってた気がするが……。
あんな大勢の前で盛大にフラれたら、モデル業にも支障が出てもおかしくない。
ネット上で変な形で拡散されてないといいが。
「まあ、お前があの告白を受け入れてたら、俺たち理数科は大切な仲間を手にかけないといけなかったわけだが」
「それは大切な仲間にすることか?」
「そりゃお前──理数科の掟だからな」
俺と二宮が所属する1年10組は今年から新たに作られた理数科であり、1組から9組の普通科とはカリキュラムから異なる。
そのため3年間クラス替えがなかったり、理数科研修と題した海外旅行があったりと、色々特徴があるのだが、一番の特徴は男女比だ。
一般的な理数科では男女比は大きく男子に傾く。
理系に進学する女子が少ないことからもなんとなく想像しやすいだろう。
男女比なんてものはよくて2:1、悪ければ10:1なんてのも聞いたことがある。
──しかし驚くことなかれ。
誇り高き我ら柊木学園高等部理数科にはあいにく、そんな男女比などという矮小な概念は存在しない。
──女子が一人もいないからだ。
普通科の生徒から男子校と揶揄されることも多い理数科だが、入学から卒業までずっとクラスメイトという強い結びつきのおかげで、クラスの結束力は普通科とは比べ物にもならない。
しかし、男子高校生が一番欲している女の子との甘酸っぱいイベントが何一つ発生しないことが唯一かつ最大の悩みだった。
──そんな特殊な環境で過ごしていくうちに、理数科男子生徒は一つの心理に辿り着いた。
『おい見たか!? 今日も普通科の奴らがカップルで図書室で勉強してやがったぞ!』
『くそっ! 神聖な学び舎で、なんて下劣な行為なんだ!』
『フッ、俺が普通科だったら今頃ハーレムだったってのに……』
『まあそう言うなよ。俺たちに誰も彼女がいないのって理数科だからってのも原因の一つだと思うんだよ』
『確かにな……』
『ていうかさ──』
『理数科だから彼女がいないのが普通じゃね……?』
『お、お前……』
『天才かよ……!』
『ふむ……その命題の対偶が正しいことをたった今脳内で証明した』
『帰納法でもばっちりだ』
『僕は背理法でやってみる』
『じゃあオレは演繹法で』
自分たちがモテない理由を理数科という環境に押し付けることで、誰しもが等しく公平に永久の苦しみから解放されるこの真理は、理数科に精神的安定と平穏をもたらした。
と──同時に。
『このグラフを見てくれ。先の命題を定式化した多変数微分方程式の解を無限級数に展開してみたんだが』
『おい、この解の収束……彼女がいなくても普通どころか、彼女がいる方が誤りだと!?』
『局所解じゃないのか!?』
『いや、他に解は見つからなった……つまりこれが大域的最適解だ』
『じゃあまさか……!』
『ああ。“理数科だから彼女がいなくても普通”という前提条件が正しいなら──“**理数科では彼女がいる方が間違っている**”ということになる』
『おいおいまじかよ……』
『明らかに前提が正しい以上、これは真理に他ならない』
『自明だな』
『そうなのか……いや、やっぱそうだよな!』
『ああ! むしろそうあるべきだ!』
『当たり前だ! 彼女いる奴なんて理数科に非ず!』
『彼女持ちに人権なんてないよな!』
迷える自分たちに平穏をもたらしてくれるこの命題が偽であってはならない。
理数科で彼女持ちなど許してはならない。
この日を境に、理数科の掟が生まれた。
“理数科たるもの、彼女を作るべからず”
この掟を破ったものはクラスメイトから万感の手荒い祝福(物理)を受ける、という旨の誓約書に理数科全員が記名済みだ。
「まあ、お前が三次元の女の子に関心があるわけねーか……」
「フッ、オレにもれっきとした三次元女性の好みというものがある。甘く見てもらっちゃ困る」
「堂々と言われちゃ困るが……ほんとに三次元に興味あんのか?」
「何をいう。我が推しである人気急上昇中の声優、
と、恍惚の表情を浮かべて自分の世界に入ってしまった二宮。
「ほぼ二次元みたいなもんじゃねーか」
「オレに凛たんみたいな妹がいれば……くそっ! 何でオレにはあんな男勝りな姉貴しかいないんだ!?」
と、すぐに現実に引き戻される二宮。
実は、俺にありがたい拳をお与えになった教師──二宮
ちなみにこのことを知らない生徒はいないくらい、柊木学園では有名な話だ。
「贅沢言うなよ。二宮先生めちゃくちゃ美人だろ?」
二宮愛海はお世辞などではなくて本当に美人だ。すらっと背も高くしかも巨乳ときている。
大事なのでもう一度。美人で巨乳。この世に存在する最強生物だ。
男女問わず生徒内の評判もすこぶるよく、あくまでも噂だが、未婚の男性教師たちの間でし烈なレースが繰り広げられているらしい。
正直、外面だけなら俺の好みど真ん中といって差し支えない……外面だけなら。
「それならもし、お前が姉貴に付き合ってくれって言われたらどうす──」
「逃げる」
「だろう?」
条件反射どころか脊髄反射、光速を越えた思考スピードで答えを返した自信がある。
なぜなら本当に最強生物だから。
「だってキレた時の雰囲気がもう怖すぎんだよ。今朝の鉄拳制裁の時、先生のワイシャツの下からはっきりと力こぶが見えてもう絶対無理と確信したわ」
「あれで腹筋もバキバキに割れているからな」
「まじかよ……」
「ああ、あれは女の皮を被った化け物かなにかとしか思えない」
「お前、そんなこと言って大丈夫なのか? 二宮先生に殺されんじゃね?」
二宮先生が弟を激しく叱責している光景は柊木名物だ。
「おいおい。さすがに地獄耳の姉貴でも限度というものが、ある。大丈夫……の……はず……」
ジェットコースターのようなトーンダウン。
「おいおい、そんな不安がるなよ」
「そ、そうだよな? あり得ないよな?」
その慌てぶりを見るに、学校外でもどんな目に合っているのか想像がつくが、さすがに先生といえどもこの会話を盗み聞くのは非現実的と言わざるを得ない。
もし誰かに聞こえていたとするなら、それはこの放送室のマイクがオンになっているとか、そんなベタな展開しか──
ん?
なんか壁にある放送中の赤いランプ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます