放送室でバカ話で盛り上がってたらマイクがオンだった。
izumi
第1章 悲劇の始まり
始まりの朝
それは休み時間の出来事だった。
「おい
理数科クラスの男子生徒が教室の入口から、席に座っている二宮に大きな声で呼びかけた。
『おい、現役モデルの姫神さんだぞ!』
『このまえテレビにも出てたよな……めちゃくちゃキレーだな……』
『あの気が強そうなSっ気がたまんねえぜ……!』
『二宮に何の用だよ……チッ、まさか告白とかじゃねーだろうな?』
『……だとしたら万死に値する!!』
クラスメイトの男どもが喧々囂々とした様子だ。
呼ばれた二宮は、教室の入口に立った姫神と向かいあう。
「姫神、一体何の用だ」
「光栄に思うことね。アンタ──私と付き合いなさい」
『『『なんだとおおおおおおお!!!!!』』』』
男どもが一斉に叫ぶ。
『なんてこった……』
『今日は厄日だ!!』
『野郎……まさか理数科の掟を破るつもりか……』
美少女からの突然の公開告白を受けた二宮は──
「断る。とっとと失せてくれ」
「…………え?」
──教室が静まり返るほどの最低なフリ方で応戦した。
◇
──現在時刻は9時20分。
この時間は柊木学園高等部では1限と2限の間の10分間の休み時間を指す。
この時間帯は遅刻した学生にとっては非常に素晴らしい時間だ。
本来、授業途中に入っていけばクラスメイトから必要以上の注目を浴び、先生にも叱られてしまう。
しかし、休み時間には人の出入りがある。後ろからこっそり入っていけばまず先生にはバレないし、周囲の注目をさほど集めない。
というわけで俺──
「貴様、重役出勤とはいいご身分だな?」
「へ?」
──俺は確かに、教壇とは逆側のドアを開けたはず……。
ドアを開けると、麗しいご尊顔をひどく歪ませて仁王立ちする、変わり果てた
──その動揺は一瞬。されど対応も一瞬。
顎に手を当てて、すぅぅ、と音を立てながら息を吸い込んで思案顔を整えた俺は、何事もなかったかのように教室の扉を閉じた。
「よし……出直すか!」
俺は教室に背を向けて歩き出す。
こうして、快刀乱麻を断つ如く、ピンチを切り抜けたのだった──
「おい、どこへ行くつもりだ?」
……なぜか身体が前に進まない。
自分の右肩を見ると女の人の華奢な手指……しかしそれに似つかない超常の力が伝わってくる。
「ふう……」
俺はこの窮地の勝ち筋を手繰り寄せるべく、この絶望に差し込んだ僅かな光明とも言うべき最適解をわずか数秒ではじき出す。
確かな実績と経験に裏打ちされた解答を出した俺は、最終決戦を前に心を落ち着ける。
──大丈夫。何も恐れることはない。怖いことなんて何もない。
荒ぶる呼吸を整える。
──難易度はVery Hard……だが俺ならやれる……いや、やるしかねえ!
絶望的状況。ゲームなら即ロード確定。
──一寸先は闇だ。だが二寸先に……闇夜を照らす光がある!!
俺は意を決して女性教師が待ち構える方へ振り返る。
「ほう? 逃げなかったことだけは褒めてやろう」
不敵な笑みを浮かべる女性教師は、自らの力を示さんとばかりに、血管が浮き出るほど固く握りしめた拳を俺に見せつける。
やはり女性というものは、自信のある身体のパーツを他人に見てもらいたい願望があるのかもしれない。ただ惜しむらくは、今回特に膨らんでいるのが胸ではなく腕ということ。漢字は似てても感じは違う。わあ、なんてかわいい生き物なんだ!(震え声)
「せ、先生……今日も一段とご機嫌麗しく──」
「言い残すことはそれだけか?」
──くっ! さすがにこの
より鋭くなった剣幕は、明らかに若手教師が醸し出せる範疇を逸脱しており、女性教師の背後に控える生徒たちは青ざめ、震えあがっている。
ここはアプローチを変えてプランBで対処するしかない。
「と、とりあえず鉄拳を下ろして……今日のところは見逃してくれませんか! 明日からは絶対に遅刻しないと誓うんで!」
真剣な眼差しで先生の瞳を見据える。
「それは『明日から本気出すから見逃してくれ』としか聞こえないが……」
「それは断じて違うんですよ!」
「──っ!?」
先生の瞳孔がわずかに開いたような気がした。
──ここに勝ち筋がある!!
「先生は人間の脳って日常生活では数パーセントしか機能していないって知っていますか?」
「急に何だ……まあ私も聞いたことはあるな。普段はセーブしていて極限状態ではリミッターが外れるとかだったか?」
「そうです。人間とは普段は実力を隠していて、追い込まれれば本領を発揮するようにDNAに刻まれた生物なんですよ。その生命の神秘に抗うという行為の方が愚かに思えませんか?」
「……それで?」
「逆に言えば、人間とは追い込まれないと本気を出せないようにDNAレベルで設計されてるんです。つまり明日から本気出すという決意は決してその場しのぎの詭弁や自己防衛などではなく、むしろ人類の神髄に従った非常に合理的な考えで……って先生その拳は──」
「屁理屈こねんなぁぁ!」
女教師から繰り出された必殺の拳が俺の鳩尾を正確に捉えた。
◇
──昼休み。旧校舎の放送室にて。
「──っていうことがあったんだよ。ひどいと思わね?」
向かいに座る悪友──
「ああ、前々からお前の頭はひどいと思っていた」
「誰もそんな話はしてねーよ?」
相変わらずこいつは頭がおかしい。
「ちなみに遅刻の理由は?」
「ああ……ちょっとバイトで疲れてぐっすり寝ちゃったんだよな」
「前から思っていたが、お前はかなりバイトに時間を割いているようだな? その割にお金を使っているイメージはないが」
「まあ……念のためにな? 自分で稼いだ金が手元にあるって安心感あるじゃん?」
「16歳の発言とは思えんな。親に甘えてもいいだろうに」
──甘えられるのが親ならいいんだけどな。
流石に妹に甘えるわけにはいかない。
「つーか今朝の件だけどさ、先生に俺なりのウィットに富んだジョークが通じないなんて、教師としてのこれからが心配だよな」
「オレはお前のこれからが心配だが……オレも聞いていたが聞くに堪えないものだった」
「うるせー二宮。お前だけには絶対言われ──おい待て、“オレも聞いていた”……だと?」
それはおかしい。
何故なら俺と二宮は同じクラスだが、今日こいつは俺よりも後に遅刻して登校してきたはずだからだ。今の話を知っているはずがない。
「なに、簡単なことだろう?」
ニヤリと笑う二宮。
「オレも遅刻して姉貴に怒られるのが嫌だったからな。階段で後ろからお前が上がってくるのが見えたから、慈愛の精神に則って先を譲ったまでだ」
「てめえ! 俺を身代わりにしやがって!」
「お前のおかげで姉貴の怒りが静まっていたのか、オレは全く怒られずに済んだからな。ああ! なんて美しい友情のカタチなんだ!」
「この野郎……」
高らかに笑う同級生──二宮陸は、非常に遺憾で認めるのは大変難しいが、イケメンと呼ばれる人種である。
しかし突然だが、俺は世の中、案外平等に作られていると思っている。
天は二物を与えずという、古くから伝わるありがたいお言葉をご存じだろうか?
「ところで、お前に相談がある」
「どしたよ?」
「オレの一つ下の彼女の話なんだが」
「はあ!? おい待てそんな冗談やめろよ!?」
こいつに彼女だと!? だってこいつは──
「彼女が画面から出てきてくれないんだよ」
「…………そうか」
「どうしてだと思う?」
「……恥ずかしがり屋さんなんじゃないか?」
「そうか! なるほどな……」
二宮はいたって真剣な様子なのがさらに怖い。
もうすぐ『どうして……どうしてオレはあんな薄い液晶一枚越えられないんだよ!?』とか言い出すんじゃないだろうか。
「……ちなみに一つ下ってのはもしかして──」
「次元の話だが?」
「そうか。お前が何も変わっていなくて何よりだ」
「?」
そっと肩に手を置く。
こいつは二次元をこよなく愛する重度のオタクで、ラノベやアニメ、エロゲを大量摂取しないと生きられない。ちなみに数年前からは妹モノにドハマりしているらしく、その影響がリアルにも侵食してきている。
学校指定のカッターシャツの下にアニメのキャラがプリントされたTシャツを着るのは流石にどうかと思う。
「二次元にしか興味がないとしても……昨日のあれは流石にねーと思うぜ?」
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