2章 継がれる意思

何度でも

「お兄…その顔…どうしたの?」


 朝、酷い眠気に襲われながら朝食を作り食べていると、妹の舞花が心配そうに聞いてくる。


「俺の顔…ヤバイ?」

「うん。死にそうな顔してる」

「まあ、今日の試験のためにほぼ寝てないからな」


 昨日、俺はクラス対抗戦にて個人TOP3に入ることができ、無事に推薦人が3人となった…らしい。

 帰宅後、念の為に楠乃先生に提出するものはないかと聞いたところ、先生が全てやったとのこと。

 ただ不気味な点がある。


(俺、推薦者あと一人知らないんだけど…)


 本当ならクラス対抗戦でTOP3を取った後に、推薦人になってもらう予定の人に連絡するはずだった。

 しかし、試験日が翌日ということもあって連絡を取り忘れていた。

 だったら3人目は誰なんだ?

 今は考えても仕方ない。

 今度、楠乃先生に会ったら聞いてみよう。


「兄ちゃん、試験頑張って」

「応援してる!」


 弟と妹の応援を受け、心が温かくなった俺は二人へ笑顔で言う。


「ありがとう、合格祝い楽しみに待ってろよ」


 



「って、気合入れてきたんだけど…。どういうことなんだ…結乃」

「はい?」


 試験会場に到着すると、結乃と出会った。

 なぜ彼女がここにいるのか。

 いや、聞くまでもない。

 ここは試験会場、いる理由はただ一つ。


「……まさか、試験受けるのか?」

「はい、東雲君が受けると聞いたので、ついでに受けようかと」

「紗優が上級の資格持ってるから、てっきり結乃も持ってると思っていたんだけど…」

「持ってませんよ。私はハンターに興味はなかったので」


 結乃はこちらを見ているが、その目はどこか違う場所を見ているように感じた。

 初めて出会った時も、どこか危うい感じのする人だとは思っていた。

 この際、少し踏み込んでみようと思い口を開く。

 

「結乃って、何か悩み事でもあるのか?」

「…?」

「いや、無いなら――」

「――どうして、そう思ったんですか?」

「え?」


 予想以上に結乃が食いついてきたことに、少し驚いた。


「えーっと、雰囲気?なんとなくなんだ」

「なんとなくですか。実は悩みはあります」

「あるんだ」

「実は……少し太りました」

「……」

「……」


 俺も結乃も見つめ合ったまま、時が止まったかのような静寂が訪れた。

 どう反応すれば良いのか微妙にわからない質問はやめてくれ、と心の中でツッコんだ。

 

「……試験、受けよっか」

「……」


 こうして俺たちは筆記試験に挑んだ。

 


〈筆記試験の結果〉

 ※ 300点満点 260以上で合格


[受験番号] [名前]  [点数]  [合否]

 001   ……

 ……

 004   天宮結乃 290  合格

 ……

 ……

 018   東雲凪  265  合格

 ……

 ……




 筆記試験が終了し1時間が経過した頃、メールにて点数と合否が発表された。


「あ…あぶねぇ…」

「そうですね」

「結乃はすごいな290って、ほぼ満点じゃん」

「すごくはないですよ。紗優は満点でしたから」

「マジかよ」


 ギリギリとは言え、無事に筆記は合格できた。

 あとは、実技試験をクリアすれば上級ハンターの仲間入りだ。

 

「東雲君、ハンター資格は、なぜ上の級になればなるほど難しくなると思いますか?」


 唐突に結乃が聞いてくる。


「…筆記が難しいって、ネットでもいろんな人が言ってたな」

「それもあります。私たちが受けた上級の筆記はかなり難しい部類に入ります」


 小さい頃から師匠に連れられて、よく『ゲート』へ潜っていた。

 師匠は隙あらばゲートの知識やモンスターについてを話していたため、俺も優もそこらの冒険者よりも詳しい自信がある。

 俺が短期間の勉強で合格できた大きな要因だ。


「正解を言いますね。実技試験の難易度が一気に跳ね上がるんです。中級までの実技は、合格率が約30%なのに対して、上級の実技試験の合格率は毎年1桁です」


 毎年1桁、1年間にどれほどの人が試験を受けているかは知らないが、100人受けたと仮定しても、合格者は10人以下だ。

 これは決して簡単とは言えない。


「それが明日ね…。もちろん、結乃は試験内容を知ってるんだよな」

「もちろんです。自分の受ける試験の内容ぐらいは、覚えるのが普通ですから」

「ぐっ」


 結乃の言葉が俺の胸に刺さった。

 

「結乃さん…教えてほしいです」

「…わかりました。明日私たちが受ける実技は、毎年同じ内容で実施されています」

「毎年同じ?」

「はい。もちろん『ゲート』自体は毎回違いますけど、試験の合格基準やルールなどは変更がありません」

「へぇ…」

「そして、実技の最終目的…合格基準は、期間終了後までリタイアせずにゲート内で過ごすことです」

「ん?」


 結乃の説明からして、おそらく上級の実技は1日じゃ終わらないような気がするのだが…


「もしかして東雲君…上級の試験、一日で終わると思っていましたか?」

「…正直、思ってた」

「明日から約2日間、私たちは『ゲート』の中で過ごすことになります」

「マジか…。時雨と舞花、大丈夫か…」

「そこは大丈夫です。堂島さんに時雨君と舞花ちゃんのお世話をお願いしているので」

「……堂島さん、優秀だね…」


 以前、結乃に天宮本家に連れていかれた時、時雨と舞花のお世話をしてくれた天宮家のメイドである堂島さん。

 堂島さんの見た目はインパクトが強いため、最初は不安だったが、時雨も舞花も最終的に懐いていたし、大丈夫だろう。


「私はこの後用事があるので早めに帰りますね」

「ああ、また明日」


 歩き去る結乃を見届け、振り返ると一人の小柄な人とぶつかってしまった。


「おっと!」


 ぶつかった相手の体勢がよろついていたため、手を掴み姿勢を安定させた。


「ごめん、大丈夫だったか?」

「はい、私は大丈夫です」


 綺麗な水色の髪と、すべてを見透かすような紫色の瞳を持つ女性だった。

 肌は真っ白で、神秘的な雰囲気を身に纏っている。

 

「ん?どうかなさいましたか?」

「…いや、綺麗な人だなって…」

「ふふっ、お上手ですね。ナンパというやつですか?」

「ナンパ…」

「ここで出会ったのも何かの縁、私ひいらぎ詩奈しいなと申します。あなたは東雲凪君、ですよね」

「!?」


 自身の名前を呼ばれた瞬間、体が硬直した。

 なぜ初対面の彼女が俺の名前を知っている?

 

「あ、すいません。私の悪い癖なんです。凪君が名前を言うまで待ったほうがよかったですね」

「……柊さん、一体…」

「詩奈でいいですよ。お互い堅苦しいのはなしです。今日は、あまり長くお喋りはできないので、大事な事を二つだけ伝えますね。信じるも信じないもあなた次第です」

「……」

「明日の実技試験は、あなたの大事な刀をお持ちください。そして、もう一つは私が手を貸せるのはです」

「……」


 まったく意味が分からない。

 大事な刀?手を貸せるのはあと2回?

 頭が混乱してきた。


 「それでは、私はこれで」


 「ちょっと待て」と言おうとしたが、情報の処理が間に合っていなかった俺は、声が出なかった。

 ようやく情報の整理がついた時には、詩奈は歩き去った後だった。

 望美香といい、柊詩奈といい最近不気味な人物に絡まれる。

 それよりも――


「大事な刀…か」


 柊詩奈は、時雨や舞花ですら知らないの事を知っていた。

 

「一体何なんだ」


 軽い頭痛とともに、帰路についた。


 



 



 


 


 

 


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