偽りの刀

――観戦席にて――



「終わった…か」


 ハンター協会の現代表である賀茂憲明がそう言うと、隣に座っていた佐野美知枝がため息をつく。


「凪……」

「ん?どうかしたのか?」

「いいや、なんでもないよ。それで、現役の高校生たちの戦いを見た感想はどうだった?」


 美知枝の質問に憲明は顎に手を当てながら答える。


「一部の生徒については、学生の能力を大幅に超えていた」

「私も同じ意見だよ。風見、彩霞、天宮家の子供はもちろんだけど、それ以外の生徒達もみんなレベルが高い」

「一人、気になる生徒がいる」


 憲明の言葉を聞いた美知枝は少しだけ驚いた。

 

「あんたが気になるねぇ。一体誰だい?」

「ユウナの弟子、東雲凪だ」

「優凪ちゃんから聞いたのかい?」

「ああ、昔自慢の弟子がいるってな。ユウナは弟子の話になると長く語りだすからな。忘れるわけがない。彼は…まだあの事を?」


 憲明の質問にミチ婆は表情を変えることなく答えた。


「そうだね」

「……そうか」


 私たちの視線は、東雲凪へ向けられた。

 そして、美知枝は誰の耳にも届かないぐらいの声量で呟いた。


「あとは乗り越えるだけさね、凪」



――東雲凪視点――



 危なかった。

 あと数分、白井さんと戦っていたら負けていたかもしれない。

 障壁コアの通知を確認すると、そこには結乃の名前が表示されていた。

 アナウンスが鳴っていないところを見るに、対抗戦終了とほぼ同時に障壁を破壊された可能性が高い。

 目の前の白井さんに訊きたいことは多くあるが、彼女は俺の顔を見るなり足早に歩き去っていった。

 

(これは完全に嫌われているな)


 理由はまったくわからない。

 ただ、彼女が最後に放ったのは紛れもない東雲一刀流『雲外蒼天』。

 もしかすると、白井さんは師匠と面識があるのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、転移の光に包まれた。


「…ん?」

 

 転移した場所には明石と長石がいた。

 話しかけようとしたが、その前に先生のアナウンスが流れる。


[それでは、クラス対抗戦の結果を発表します。前にある液晶の画面に注目してください]



〈クラス対抗戦 結果〉


1組 22 

2組 20

3組 11


※生存者×1pが適応されています。


個人TOP3

天宮紗優 18

東雲凪  14

彩霞唯   6


[今年のクラス対抗戦の優勝は1組。そして個人でのポイント獲得の1位は1組の天宮紗優さんです!]


 大きな拍手が起きる中、2組と3組の一部から視線を感じた。

 嫌な予感が脳裏を過りはしたが、最後まで特に何も起きることなくクラス対抗戦は幕を閉じた。





「TOP3おめでとう」

「ありがとうございます。楠乃先生」


 クラス対抗戦が終わった直後、俺は速やかに楠乃先生の元へ移動していた。

 

「推薦の件だろ?大丈夫、先生約束は守るぞー。それと…ほれ」


 楠乃先生が投げてきたのは飴玉のようなものだった。

 一瞬、なぜと疑問に思ったが飴玉のようなものに込められた魔力を見て察した。


「ミチ婆…じゃなくて、美知枝さんからですね?」

「そうだ。どこで聞いたのやら推薦の件を知られててなー。それで、話しかけてきた と思ったら、お前へ渡しといてくれって貰ったんだ」


 どうやらミチ婆は一足先に帰ったらしい。

 久しぶりに話をしたかったが、しょうがない。

 ミチ婆は現在、店を経営してるらしいから忙しいのだろう。


「先生、美知枝さんと知り合いだったんですね」

「昔、少し世話になってな。それより、上級ハンターの資格試験の日程なんだけど…これが少し問題でな」

「問題?」

「試験日、明日だわw」

「は?」

「安心しろ、筆記だから。実技はまた後日だと思うから。じゃ、頑張って。あと推薦人については報告しなくていいぞ。もう二人とも確認できているから」

「は…は?」



――楠乃視点――



 混乱する東雲をそのままにして、俺は職員室へ足を運ぶ。

 職員室では、先生たちが今回のクラス対抗戦での生徒たちの記録をつけている。

 そんな中、俺が椅子に座り取り出した書類はクラス対抗戦とは全く関係のない紙だった。

 その紙には3人の名前が書いてある


 佐野亜優

 賀茂憲明

 楠乃直人


 これは推薦用の紙であり、条件の年齢を満たしていない人物が上級ハンター資格の試験を受ける際に必要なものだ。

 ちなみに紙は先程、美知枝から受け取ったもののため、俺は自分の名前を書いた覚えがない。

 それを証明するかのように、俺の名前が書かれている枠にのみ実印がない。

 この書類に印鑑を押すということは、子供を一人死地へ送ることと同じだ。

 上級ハンターになってしまえば、扱いは中級とは一変する。

 非常事態には最前線でモンスターと戦う可能性だってある。

 

「でもなぁ…昔の俺と似てんだよなぁ…」


 私的な理由で決定していいことじゃない。

 俺は東雲凪の担任でもある。 

 もし万が一にでも、東雲凪に何かあれば推薦者でもあり担任でもある俺はクビ、或いは犯罪者。

 学校は運が悪けりゃ潰されるだろう。

 だから全国でも、ハンター業と関連した学校の教師が生徒を推薦したという話は滅多に聞かない。

 俺は印鑑を取り出し、書類を見る。

 そして――


「はぁ、どうにでもなれの精神かなぁ…」


 これで推薦者は3人となった。

 俺は東雲凪が試験を受けるために必要な書類をまとめ、ハンター協会に提出するために椅子から立ち上がる。

 

「楠乃先生?どこに行くんですか?」

「あー水野先生。俺ちょっと用事あるんで、作業は戻ってやります」


 同僚の水野先生にそう言って、職員室から出た。

 そして、推薦者の名前をもう一度確認し心の中で呟く。


(あの賀茂憲明が推薦人…ね。東雲、気張れよ。俺の貯金のためにも)


 



1章 偽りの刀 クラス対抗戦編 完

 

〇お知らせ

 『かつて存在した英雄たちへ』を読んでくれてありがとう! 

 1章では主人公の活躍があまりない、もしくは戦闘がほぼ中途半端でモヤモヤしている人はいると思います。

 安心してください。

 2章で、物語は大きく動きます!

 これからも『かつて存在した英雄たちへ』をよろしくお願いします。

 


 

 





 


 

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