嫌悪と嫉妬
「突然、失礼しました」
「ここでメイドモードして大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です。先生方は私の身分については知っています」
「そうか…ところで、なんで俺の障壁を壊さなかったんだ?白井さんの力なら何の支障も――」
「――東雲凪さん。私は幼少の頃より体術や剣術の鍛錬を積み重ねてきました。もちろん実践も何度も経験しました。その私の視点から言わせてもらいます。手を抜いていますね?」
白井さんの視線が鋭いものへと変わり、思わず息をのむ。
「俺は手を抜いた覚えはない。それに、白井さんは俺の戦っているところを見たことないだろ?」
「そうですね。実際に目にしたことはありません。ですが、歩き方や視線、呼吸からバレていますよ。あなたはやはり強い。それも彩霞さんや風見さん…それどころか紗優様よりも。なので、私と勝負をしてください」
「は?」
意味不明な過大評価を述べた次は勝負を持ちかけてくる白井に、思考が置いてかれる。
「なぜ?と思っているでしょう。これは私の自己満足なんです」
「!」
気づいたときには白井は剣を持ち、俺に振りかざそうとしていた。
(速っ)
咄嗟に刀を抜き、白井の剣を受け止める。
甲高い音とともに周囲に小さな衝撃波が走った。
正直なところ彩霞よりも強い。
「別にっ!その強さなら、俺と戦うまでもないんじゃないのか?」
「……」
白井は黙ったままだ。
――白井視点――
違和感。
「……」
無言のまま再び東雲凪へ接近し、連続で剣を振る。
最初は手加減をしていた。
しかし、私の剣は東雲凪を掠りもしない。
彼はすべて最小限の動作で回避をするか、刀を使い私の剣の軌道をずらしたりしている。
(流石ですね)
私は安堵したと同時に、さらに速く強く剣を振るう。
「くっ」
東雲凪は苦しそうな表情で私の連撃を防御している。
私が6割の力を出し始めて彼の余裕が消えた。
だが、まだ何かを隠しているような気がしてしょうがない。
最初にわざと過大評価を口にし、探りを入れてみたが特に変化はなかった。
単純に隠しているだけだと思っていたが、もしかするとこれが彼の全力なのかもしれない。
私の剣が受け止められた瞬間を狙い、回し蹴りをする。
「!」
私が急に回し蹴りをすることを予想していなかったのか、東雲凪は体勢を大きく崩した。
彼の対応を見た私は確信した。
東雲凪は実力は隠していない。
(東雲凪、あなたは本当に…)
私は心の奥から、東雲凪へ激怒した。
なぜ彼はこんなにも弱いのか。
確かに私たちが過大評価を勝手にしていたのが悪い。
だが東雲一刀流を使わないとしても、これは弱すぎる。
(私はあなたが嫌いだ)
ふと、私の脳内に過去の記憶が蘇る。
◇
「里香」
「はい、当主様」
天宮家に拾われる前の記憶はあまりない。
唯一あるとするなら、紗優様が泣きながら私を連れて帰ると言っていた場面。
当時5歳だった紗優様が私を見かけて、何かを感じたのか突如そう言いだしたらしい。
私はその日、紗優様と出会えていなかったら、生きていなかっただろう。
だから私の命は紗優様の、そして紗優様が大事に思う天宮家の人たちのものだ。
「紗優の護衛をしたいというのは本心か?」
「はい。私は紗優様を…天宮の人たちを守りたいです」
私を見つめる当主様。
「里香…お前が望むなら天宮家に迎え入れることもできる。天宮の人間になれば、将来に困る心配はない。その道を捨ててまで、護衛としての道を進むのか?」
悩まなかった、というわけではない。
もちろん子供の私にでも、どちらが楽で幸せな道なのか判別はできる。
でも、私を連れて帰ると泣きじゃくる紗優様を見た時から、覚悟は決めていた。
「私は紗優様を守りたい!」
その日から剣術や体術の稽古が始まった。
有名な剣術の先生や弓術など、様々な武器種の先生が日替わりで稽古をしてくれた。
もちろん稽古は簡単じゃない。
手には豆ができ、筋肉痛がひどかった。
5年が過ぎた頃、私は上級ハンターと張り合えるほど強くなっていた。
そして辛い稽古を乗り越え、ようやく私は紗優様の護衛として認められた。
護衛としての力はまだまだだったが、紗優様と年が同じだったため学内の護衛として採用されたのだ。
紗優様の護衛として共に行動していたある日、一人の女性と出会った。
雰囲気からしてとても強い。
下手すれば当主様よりも。
当主様は超級のハンター資格を持っている。
さらにあのハンター協会の代表である賀茂憲明に最も近い男と呼ばれるほどの実力者だ。
「あ、優凪さん!」
紗優様が驚きながら近づいていく。
「紗優様、その方は…いや…」
紗優様は今、女性を『優凪』と呼んでいた。
その瞬間、彼女の正体に気づいた。
「まさか…東雲優凪さんですか?」
「ふーん、以前紗優ちゃんが言ってたのってこの子か。初めまして、里香ちゃん」
「え?」
「紗優ちゃんね、私と会ったら必ず里香ちゃんの話をするんだよ」
「優凪さん、恥ずかしいのでその話はやめてください。…それでなにか用事ですか?」
「豪から呼ばれてね。里香ちゃんに刀を教えに来たんだ。紗優ちゃんも一緒にする?」
「一緒にしたのですが、今日はこれからハンター資格の試験を受けないといけないんです。優凪さん、里香をお願いします」
その後、紗優様と別れ私は日本の大英雄である東雲優凪さんに刀の使い方を教えてもらった。
「んー、里香ちゃん素直だね」
「そうですか?」
刀を振っていると優凪さんからそう言われた。
「そうだよ。剣でも槍でも扱い方で、その人の性格ってのは出てくるんだ。里香ちゃんは私の好きな性格だよ」
「そ、そうですか…」
急に褒められるとは思っていなかったため、照れてしまった。
「里香ちゃん見てると不思議とうちの子を思い出すなぁ」
「え?東雲さんって子供がいるんですか?」
「あー、そっか。今から話すことは親しい人にしか話していないから、里香ちゃん秘密にしておいてね」
優凪さんはモンスターによって荒らされた全国各地の無人街などを訪れているとき、2人の子供を拾い家族として迎え入れたことを聞いた。
「そのうちの男の子と里香ちゃんの姿が重なるんだよね」
私は羨ましいと思った。
その男の子は誰しもが憧れる英雄に、毎日のように刀を教えてもらっている。
きっと私なんて足元にも及ばないぐらい強いのだろうと思い、同時に目標となった。
『英雄の弟子を超える』
数日間、優凪さんに刀を教えてもらいやっとの思いで一つの技を習得できた。
優凪さんは「里香ちゃんすごいね。まさかこの短期間で習得するなんて。やっぱりな…あの子に似てるよ」と言った。
その言葉から察するに、その子も私と同じ期間、もしくはそれより早く習得したのだろう。
私は刀を握り、心の中で呟く。
(英雄の弟子、一度会ってみたいな)
◇
私は怒り抑えつつ、決着のために剣を振るった。
英雄の弟子を超えた証明。
思っていた以上に価値のない証明になった。
(東雲一刀流『雲外蒼天』)
一撃必殺の剣が東雲凪へと放たれる。
刀じゃないため、多少技が雑になっているが彼程度なら十分だ。
十分なはずだった。
東雲凪の手には銃が握られていた。
「!?」
私は結乃様の『合成』によって作成されている武器を何度も目にしているため、なんとなく見分けがつく。
彼の手に握られている銃は、おそらく結乃様の合成で作られた武器であり、何か仕掛けがある。
咄嗟に技を中断し、距離をとる。
それと同時に、相手の狙いに気づいた。
(違う!これは――)
彼は銃を手放し、刀を振る。
ギリギリで防御が間に合ったが、異常なほどに強い力で吹き飛ばされる。
「っ!?」
咄嗟に次の手を考えた瞬間、アナウンスが響いた。
〈時間になりました。障壁を破壊されていない生徒は戦闘をやめ、その場に待機してください。戦闘を継続した場合、失格とします〉
私も東雲凪も武器を納めて互いを見る。
彼は何か言いたげだったが、私はそれを無視して彼の前から離れた。
今は、話したくなかった。
両手は未だに震えている。
いや、体全体も震えている。
(最後の一撃…)
彼の放った最後の一撃、それは紛れもない純粋な身体能力。
魔力を感じなかったから間違いない。
彼の身体能力は『祝福』があったとしても異常だ。
一体何を代償にしているのか。
(ん?魔力を感じなかった…。魔力…を?)
東雲凪から一切の魔力を感じなかった。
これだけ戦闘をすれば、いくら魔力が1桁だとしても多少は感じ取れるはず。
感じ取れなかったということは、魔力を持っていない可能性が高い。
私は東雲凪の情報を思い返す。
魔力が0だと仮定した場合、あきらかにおかしい点が1つある。
彼は最初の魔法学の実習にて、風魔法を使っているのだ。
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