クラス対抗戦編

評価を覆せ

「……朝か…」


 カーテンの隙間から漏れる日光により目が覚めた俺は、朝食を作るために1階へ降りる。


「ん?」


 リビングに置いてあったはずの木刀の数が1本少なくなっていた。

 

「時雨か?」


 微かに庭から物音が聞こえた。

 おそらくだが、弟の時雨が剣術の練習をしているのだろう。

 ここ数日でいろいろと考えさせられた。

 久しぶりに優の顔が見れた。

 手軽い朝食を作るため、卵を割ったり味噌汁を作ったりと手慣れた手つきで作業する。

 そして、ある程度準備ができた俺は庭へ向かう。





 俺たちが住んでいる家はかなり広い、さらには庭まで広い。

 おかげで剣術の練習など、不自由なくできる。

 こんな良い家に住んでいる俺は金持ち…ではない。

 昔から師匠と中の良かったミチ婆の孫である、佐野亜優さんが以前に住んでいた家を借りたのだ。

 無償でいいと言われたが、さすがに悪いと思いお金は払っている。


「はぁはぁ」


 朝早くから約一時間、木刀を振るっていたのであろう時雨が、タオルで汗を拭いていた。


「おはよう」

「兄ちゃん、おはよう」

「時雨、久しぶりに模擬戦してみる?」

「…やる」


 時雨は木刀を手に持ち、俺から距離を取る。

 

「勝利条件は首に寸止めだ」


 俺たちの使う木刀には特殊な能力が付与されていて、人体に当たる直前に木刀が止まるようになっている。

 そのため、本気で振ったとしても絶対に寸止め状態になる。

 もちろん、木刀でもカバーできない速度で振れば能力は発動しないだろう。


「先手は譲るよ」

 

 弟に先手を譲った瞬間、時雨は一直線に距離を詰めてきた。


「いい動きだ」


 時雨と舞花には一応剣術を教えている。

 護身のために軽く教えようとしていたのだが、二人とも才能があったみたいでいつの間にか本格的に東雲一刀流を教えていた。

 目と鼻の先まで迫った木刀の刀身を最小の動作で躱し、反撃に出る。


「っ!」


 時雨は俺の木刀を受け流すことは不可能だと咄嗟に判断したのか、素早く後退した。


「兄ちゃん力強すぎ!」

「時雨よ、モンスターってのは人間よりも力の強い個体が多くいるんだ。それに兄ちゃん、力入れてないよ?以前教えた剣術の基礎に力の強い相手に有効な技術は?」


 そう弟に問いかけながら、木刀を天高く振り上げる。

 剣術の定番、振り上げの行動の後は高確率で振り下ろしだ。

 少しだけ力を入れて、木刀を振り下ろす。


「ふっ!」


 振り下ろした木刀が時雨の木刀とぶつかった。

 その瞬間、時雨が木刀の角度を変え、全身を緩やかに動かし俺の木刀を自身の木刀の刀身に沿って受け流す。

 そして、力強い踏み込みとともに放たれる――


「――一閃」


 強力な一太刀。

 

「すごいな時雨、『一閃』はほぼ完璧だし、『流動』も師範代に見せても拍手は貰えるぐらいになっている」

「ありがとう兄ちゃん、でもそれはキモい」


 呆れた視線を向けてくる時雨に、俺は自身の木刀を見る。

 実は受け流された後、気合で木刀を動かし一閃を防御したのだ。

 常識で考えればそんな芸当、人間にはできない。

 できるとするなら、物凄い筋力と反射神経、動体視力がある生き物だけだろう。


「一応教訓な。対人戦においても『スキル』や魔法がある以上、普通の人間と戦っているなんて考えちゃだめだ。あと――」

「『祝福』を受けた人間も…でしょ?」

「正解」


 時雨はため息をつきながら木刀を置き、「降参」と呟く。


「剣術に関してはそのうち時雨に抜かれそうだなー」

「嘘つき」

「本気だけどな」


 俺は木刀を握り直し、東雲一刀流の鍛錬をする。

 

「ふぅ…」


 深く深呼吸をして集中…。

 音を置き去りにするほど速く、剣を振る。

 一振り…二振り…三振り…。

 様々な角度、様々な剣筋を駆使し、連撃をする。

 そして技が終わった時、二人の拍手が聞こえた。


「すごい…」

「お兄、かっこいい!」


 いつの間にか舞花も起きていた。


「お兄!今のは?」

「東雲一刀流『山紫水明』」

「おお、時雨正解。この技は東雲一刀流の中でも難易度が比較的に簡単なんだ」

「簡単?なの?」


 時雨が訝し気に見てくる。


「ああ、簡単らしい…。兄ちゃんの師匠がそう言ってた」

「優凪さんだよね。あの人を基準にしちゃいけない気がする。でもこんな綺麗な技を作れるなんて…」

「違うぞ。『山紫水明』は200年以上前の東雲一刀流の師範が、大自然の中で美しい景色、川の流れとかから着想を得て編み出した技らしい」

「へぇ…すごい歴史があるんだ」

「そうだな。出雲流とかと一緒じゃないかな?」


 そう言って俺は再び剣を振るう。


「そういえば兄ちゃん、どうして今日はそんなに気合が入っているの?」

「ん?あぁ、今日は学校でクラス対抗のイベントがあるんだ」

「クラスたいこう?お兄が興味もつなんてめずらしー」

「普段なら興味は持たないんだけどな…」


 紗優と花田と話したあの日、俺は情報を集めた。

 例のS級ゲートの攻略についての情報だ。

 集まった情報の一つに、ゲートの攻略は上級ハンター以上が可能で、残りのハンターはゲート周辺の警備となっていた。

 結乃によるとあのゲートは一人目が入って数秒後には、外部からの侵入ができなくなるらしい。

 そこに不確定要素である『最終試練の資格を持つ俺』が追加するとどうなるだろうか?

 推測だが、あのゲートは俺が入れば即座に入口は閉まる。

 そして最終試練の資格のある俺のみに発生するイベントがある。

 花田や紗優の実力はわからないが、紗優は十二天の一つ天宮家だ。花田もゲートに入るのならば上級…いや超級に匹敵する実力を持っているはず。

 そうだとしても、ラルド相手に勝てる見込みがないのは事実。

 これ以上の死者を増やすのは、俺としても気分が良いものじゃない。

 俺が勝てる相手じゃないことは百も承知だが、最終試練とやらがあればワンチャンがある。

 まずはゲート突入するハンター達と同じ場所に紛れ込むために上級ハンターの資格を取ることが最優先だ。

 

 上級ハンターの資格には年齢制限がある。俺が中級に上がるときは知り合いのハンターに頼んで推薦してもらったため、俺は中級になれている。

 しかし、上級ハンターの推薦に必要な人間の数が3人になる。

 以前に頼んで推薦してもらった人がいたとしても、後二人足りない。

 一人は目星がついている。

 上級ハンターの推薦者として必須なのは超級ハンター以上と十二天、あるいはギルドのリーダー、そして『資格挑戦者推薦適任者』として認定されている人間のみだ。

 ちょうどいいことに俺の身近に実は『資格挑戦者推薦適任者』として認定されている人がいる。


「ん?」


 突然舞花が家の中へ走っていく。

 数秒後、戻ってきたと思ったら俺のスマホを手に持っている。


「お兄、電話」

「ありがとう舞花」


 表示された名前を見て俺はニヤけ、通話に出る。


『おはようさん。昨日誰かからいきなり電話がかかってくるもんだから、眠れなかったぜ?』

「すいません。今日の朝まで我慢できなかったもので」

『ま、お前の年齢ならそのぐらい活発なのが普通なんだろうなぁ。で、だ。推薦して欲しいとかいう件。条件は一つだ』

「一つですか?」

『ああ。今日という日に感謝しろよ学生。今日のクラス対抗のイベントが無ければ、俺はお前を推薦できなかっただろう。…クラス対抗にはな、クラス別の順位とはまた別に個人にも順位がつけられる。戦術、知識、戦闘、協調性の4つの視点からポイントが割り当てられ、特定の道具を破壊した場合にもらえるポイントに加算される。その合計点で順位が表示されるんだ。それで…学年3位以内を目指せ』


 学年3位以内…。

 正直なところ、俺の戦闘能力は同級生と比べて特出しているわけではない。

 学年の中にはすでに上級ハンターになっている生徒がいる。

 だから安心はしていない。というかしてはいけない。

 今日を乗り越えなければ推薦者3人を達成できる可能性は一気に下がるだろう。

 

「鬼畜ですね」

『はは…その年で上級になろうなんて考えるお子様に、現実をわからせるのが俺の役目だ』

『流石ですね。

『何が流石だ。ま、現実なんてお前はとっくにわかってはいるか…。お前なら決して不可能ではない難易度だろう。死ぬ気で頑張れよ』

「ありがとうございます」


 そう言って通話を終了して俺は木刀を握る。

 学校での俺の評価はここ最近で最低値を更新し続けていることだろう。

 だからここらで――


「評価を覆しますか」

「お兄おなかすいた」

「……そうだな。ごはん…食べないとな」

「やったー!」


 舞花は本当に素晴らしい子に成長している。

 かっこいい主人公的雰囲気をかましたが、うまくキマらなかった俺に呆れたような時雨の視線が突き刺さる。




※備考


『祝福』 体の一部や魔力量などを代償に誕生した場合、代償の重さに見合った特殊能力を得る。


剣術基礎

剣術の基礎の初級を習得すると、それぞれの流派の技を本格的に習うことが可能になる。

 習得している基礎の級によって習得が可能な流派や技が決まっている。


初級 『一閃』 ←時雨が使用した

中級 『流動』 ←時雨が使用した

上級 『縮地』 

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