敗北の後
目の前に見えるのは多くのモンスターの亡骸と血でできた水たまり。
俺を囲むようにして立つ人間の姿。
『もう――て!こんなこと―ても、―――さんは』
『見失――!お前は――』
必死に何かを訴えかけるような男女の声が聞こえる。
疲労のせいか…それとも苛立っていたせいか、俺の耳にはハッキリとは聞こえない。
「う…さい」
自然と口から零れた声。
「うる…さい!」
溢れだす怒り、憎しみ、悲しみ…それらに飲み込まれて俺は衝動のままに刀を振るった。
俺から距離を取ろうとした男を切った。
まだ死んでいない。
魔法の詠唱を始めた中年の男に咄嗟に石を投げ、切りかかった。
かすり傷を与えた。
大きな盾を持ち、こちらに突進してくる大男を殴り飛ばした。
気絶したようだ。
刀を振るう。この感情が消えるまで。
俺が納得できるまで……。
ふと自身の振るう刀を見た。
東雲一刀流…師匠…母さん…。
『東雲一刀流は守りたいものを守るためにある!どう?かっこいいでしょ?』
昔の記憶だ。
母さんがドヤ顔でそんなことを言ってきた場面だ。
『おぉ!上手!これは才能あるねぇ。凪と優がいてくれれば東雲一刀流は滅びない!』
俺たちの剣術を褒め、頭を撫でてくる場面。
『あのね、何度言ってるけど
母さんに東雲一刀流を習いたいと迫ってくる、顔の怖い冒険者たちの対応をしている場面。
『東雲一刀流は私にとってとても大事なものなんだ。もちろん、今では凪と優の方が大事だけどね』
東雲一刀流の技の鍛錬をしていた母さんが、汗を拭きながら俺たち二人に話している場面。
一瞬のうちに数年間の記憶が脳内で再生された。
そして俺は刀を振るうのをやめ、自身の手を見る。
今の俺は何をしていたのか?と自問自答をする。
「俺は…母さんに貰った…この刀を…技を…」
涙が頬を伝う。
俺は母さんが大事にしていた技を、人を殺すための手段として使ってしまった。
それも自分を止めようとしてくれた人たちをだ。
俺はどうすればいい?
刀の刀身に反射した自分の顔を見つめ、自然と答えが出た。
両手で刀を握り、自身の心臓めがけて――刺す。
不思議と痛みはない。
地面に流れる血は俺の血……
「ごめんね、凪君」
声が聞こえた。
その声は優しくて、懐かしい感じがした。
ゆっくりと視線を上げる。
「あ…ぁぁ…なんで」
刀身を握る血まみれの手、目の前には涙を流す女性の姿。
地面に滴る血は、自分のものではなく目の前にいる女性のものだと理解した。
「もっと早く…凪君を見つけていれば…。ミチ婆に頼まれてたのに…ごめんね…」
女性の口から出たミチ婆という言葉。
女性の正体にたどり着く前に俺の意識は遠のいていく。
最後に感じたのは、ぬくもりだ。
俺は見知らぬ女性に抱きしめられていたのだ。
意識がなくなる最後の一瞬で俺は決めた。
俺は東雲一刀流を使う資格はない。
俺じゃない誰かへ、この技を託そうと。
◇
ゆっくりと目を開ける。
さっきまで嫌な夢を見ていた気がする。
「てか天井高…」
「そうですか?まあ、学校の教室よりも高いのは確かです」
「……オーケー、ツッコミは入れないぞ」
「…はい?」
当たり前のように俺の寝ていたベッドの横にある椅子に座っている結乃。
そのことに関しては考えるのは無駄だろうから、今は状況を整理しよう。
確か俺はラルドという名の滅茶苦茶強い騎士と戦闘し、兜を割ることができた。
まあ結局負けているのだが。
「……あれ?なんで俺生きてんの?」
「最初は私が止めようとしても聞かなかったのですが、途中から態度が変わって見逃してくれました。ラルドの発言からして、東雲くんは最後の試練を受ける必要があるということでしょう」
最後の試練…それは意識が途切れる直前にラルドが言っていた。
よくわからないが、今の状態であの場所に戻れば俺は確実に死ぬ、ということだけは理解できる。
少なくとも今の俺のままでは、の話だ。
「それで、結乃」
「はいわかっています。あの騎士ラルドについてですね」
「聞かせてもらおうか」
「はい、私がラルドと出会ったのは、お父様たちがあの『ゲート』に潜った翌日です」
――天宮結乃視点――
私は12歳のころに、お父様と、一部のハンターを連れてゲートに入ったことがある。
そのゲートの中は幻想的な景色が広がっていて、私はすぐにその場所が好きになった。
だけど、周囲の人たちは違った。
「不気味だな」
「ここは、不味いかもしれません…。天宮さん、さすがに引いたほうが…」
「何を言っている。ここは安全だ。お前たちもわかるだろう?モンスターどもの気配が驚くほどない」
「それは…そうですけど…」
お父様の言葉でハンターの人たちは説得を諦めた。
その後、話し合いが進み森の奥に進むことになった。
そして、ある程度進んだあたりから、お父様の態度が一変した。
「今すぐ引き返すぞ」
その言葉にハンターの人たちと私は驚いた。
「どうかしたんですか?」
「ここは危険だ。奥に化け物がいる」
お父様は額から汗を流し、無言で私の手を引いて入口まで戻った。
「お父様…痛い」
結局、私は何が何だかわからず家に帰らされた。
その翌日、ふとゲートの場所へ足を運んでいた。
ほぼ無意識に近かった。
気が付けばゲートに入り、森を進んでいく。
お父様が引き返した場所を超えても、私は特に何も感じなかった。
そして、奥には騎士がいた。
「あなた…そこで何をしているの?」
私の問いかけに騎士は反応した。
「…姫……。よくぞおいでに」
騎士は私に跪く。
「姫?私は天宮結乃です。姫になった覚えはないです」
「姫は覚えていなくとも、私の魂が覚えております」
「魂?わからないけど、聞きたいことがあるの。ここはどこで、あなたは何者なの?」
「ここは追憶ノ双生という場所であり、私は…そうですね……忘れ去られた異国の英雄…というところでしょうか」
騎士の言葉の意味がよくわからなかった私は訊いた。
「異国の英雄?日本じゃないアメリカとか海外のこと?」
「ニホン?アメリカ…姫、すみませんがそのような場所は初めて聞きました。私がいた国はラギリア帝国です」
「ラギリア…帝国?聞いたこともない国」
「そうでしょう。ラギリアの地は滅びました。忌々しい炎龍によって…」
騎士の声から悔しさがにじみ出ている。
「炎龍…それはもしかして獄炎龍のことでしょうか?」
「獄炎龍…。この空間の外……あの忌々しき龍の気配を感じる。そうか…この世界では獄炎龍と言われているのか…。本来ならば私が…やつの首を落とし、同胞…そして守れなかった我が主君へ捧げたいが…長い年月によって、私の寿命は尽きかけている。おそらくあと3戦…その3戦で私は…あなたの騎士を……見つけなければならない。姫、そろそろ時間です。外へ送ります」
――凪視点――
「すまん、情報量がすごすぎてやばい。要はあの騎士は異国の英雄で、炎龍…俺たちの世界での獄炎龍を倒せないから、倒せるほどの英雄を探している。そして、結乃の騎士も探している…と。うん、意味わからん」
結乃の話を聞いた俺は、再び横になる。
部屋にある時計に目をやと、午後7時を指していた。
「もしかして運んだ?」
「はい、お兄様が」
「お兄様…か」
後でお礼を言っておこう。
「それより、動けるのなら夕飯の準備ができているので、行きましょう」
「ちょうど腹減ってたんだ」
起き上がると腹部に違和感を感じた。
(あれ?確か切られてなかったか?)
触ってみるが痛みがない、それどころか傷一つ残っていない。
「ラルドからぽーしょん?を貰ってあなたに飲ませました」
「あれ?冗談半分で聞いてたけど、ガチ異世界じゃね?」
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