第33話 こうして夫婦は幸せに
春の日差しのように暖かく、優しい風が吹き抜けて草木を揺らす。ドンドンドンと太鼓が鳴り歌声が響き、赤鬼たちが踊っては広場で飲めや騒げやの宴会が行われていた。
昼間から飲み騒いでいる今日は赤鬼の長の婚姻祝いで、主役である二人は踊り騒ぐ村人を眺めていた。杏子は綺麗な白無垢を着ていて何処を見ても美しかった。
そんな二人の側にミズキと
村中総出の飲めや歌えやと大騒ぎ。多種多様の妖かしが集まる宴、普通の人間が見れば恐れる光景だ。そんなものも気にせずにミズキは面白いなと思いながら団子を食べていた。
紅緑の手はミズキの腰に回っており、時折「大丈夫ですか」と声をかけられる。こんなに妖かしが集まることもないので、怖がらせてしまっていないか心配しているようだった。
「仲良くて良いことやねぇ」
そんな二人に杏子は笑う、あの時はどうなるかと思ったわよと。
「だから、うちはミズキを不安にさせて泣かせた紅緑様に怒ったし、あの女にも殺意が湧いたんよ」
「ワタシを叱った人間などアナタが初めてですよ」
紅緑は言う、人間に叱られるなど経験するとは思わなかったと。杏子に「でも、叱られて分かったやろ?」と言われて紅緑は頷いた。
杏子に叱られて、小雪に諭されて不安にさせてしまったことを理解した。言葉もまた愛情表現の一つなのだと知って。
「人間というのは難しい生き物だねぇ」
紅緑はそう呟いてミズキの肩を抱く。そんな彼に夜哉が「お前の代わりようには驚きだね」と笑っていた。昔のお前なら殺していただろうよ、あんなことをされればと。
紅緑はミズキを見遣って、「彼女の前では殺せませんよ」と答えた。
「怖がらせたくないからねぇ……」
誰かが死ぬ姿など見て恐怖を感じない人間はそういないだろう。夫が殺したとなればそれはさらに湧き上がるものだ。それを聞いて夜哉は少し羨ましいなと呟く。
「僕にはそう思えるほどの人はいないからね」
「お前も妻を娶ればいいんだよ」
凰牙に「人間はいいぞ」と笑いながら言われ、「そうそう出会えないよ」と夜哉は苦笑する。彼は人の世界には滅多に行かないからだ。行くことができないわけではないけれど、あまり興味がないのでわざわざ出向くことはしない。
夜哉が「嫁を探すためだけに彷徨くなどできはしないさ」と答えれば、「勿体ねぇな」と凰牙は眉を寄せた。
「人間はいいぞ。なぁ、冬士郎」
「なんで、俺に振る」
「なんでって、お前は小雪を妻にするんだろ?」
「それは、まだ……」
口籠らせる反応に杏子がはぁっと声を上げて小雪の方を見遣れば彼女はもじもじとしている。
まだ何も進んでいないのかと驚く杏子に冬士郎は「人間にも色んな奴がいることは分かった」と答えた。欲深いものもいれば、小雪のように欲を見せずせっせと働くものもいるということは分かったらしい。
あぁと杏子は額を押さえる、先が長すぎると。ミズキは小雪を応援することしかできないので、「何か相談があれば言ってね」と声をかけた。
「話は聞けるから」
「が、頑張ります!」
張り切る小雪の様子に冬士郎がお前はと問う。
「人の世に戻りたくはないのか?」
基本的に人間はこの世界に迷い込むと帰ることはできないがとその問いに三人は顔を見合わせた。
「別に戻りたいなんて思ってないわぁ」
杏子は明るく返す。今更、家に戻れたとしても家出をした娘など行き遅れとして残るだけだ。結婚できたとて、奴隷のように使われるだけならば、私を愛してくれている凰牙の元にいるほうがいい。
「うちを大切に大事に愛してくれる存在がいるんやから、そっちを選ぶやろ」
「おう! 安心しろ、大切に大事にするからな!」
凰牙はそう言って杏子に抱きついた。
「あたしは贄として出されたので、今更帰ったとしても村の人たちに何を言われるか分からないし、一人で生きていけるほど力もないので……」
杏子の回答に小雪も答える。冬士郎様の側にいて一人で出歩きさえしなければ安心だし、しっかり働けば食事も貰える。杏子やミズキのような友人もいるので此処にいるほうがいいと。
「その、冬士郎様の傍にいるのは、す、好きなので……」
もじもじとしながらも言った小雪に冬士郎は固まる。そんな様子を杏子と凰牙はにやにやとしながら見つめていた。
最後に残ったミズキは少し考えてから答えた。
「此処がいいです」
攫われたり殺されかけたりしたけれど、今更帰ったとしても村人は受け入れてくれないだろう。両親もいない、住む場所もない、力もない。死ぬことは目に見えている。此処にいれば紅緑が傍にいてくれるし、杏子や小雪がいる。ならば、こちらの方がいい。
「それに私は紅緑様が好きですから」
さらりと言うミズキに杏子は「素直よね」と笑う。
「ミズキちゃんは素直やから心配になるわぁ」
「でも、素直っていうのは良いことじゃないか」
夜哉は「気持ちを伝えられる素直さというのは良いことだ」と言う。
紅緑はといえば、あぁと声を溢してミズキの肩に顔を落としていた。冬士郎は惚気を聞いたと不満げに呟き酒を飲む。杏子はくすくすと笑いながら「貴方も小雪を妻にすればいいのよ」と言う。
「凰牙や紅緑様の気持ちが分かるわよ?」
「いや、だから、それはだな……」
もごもごと口籠らせながら動揺したする冬士郎の様子に可能性がないわけなさそうだ。それは近くにいた皆が思ったらしい。杏子は素直じゃないわねぇと口元に手を添えながら目を細めていた。
わいわいと騒ぐ彼らにミズキも思わず頬を緩ませると紅緑は顔を上げて見つめた。視線に気づいたミズキが微笑めば紅緑は言う。
「その笑顔は反則だよ」
「そうですか?」
「離したくなくなるじゃあないか」
そう言って紅緑はミズキを抱きしめた。そんな彼の反応がおかしくて、ミズキはくすくす笑いながら彼の頭を優しく撫でた。
END
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