番外:妖神の夫婦の周囲は賑やかで

■青鬼の妻となりて


 青鬼の村に人の娘がやってきたと聞いた村人たちはたいそう驚いたそうだ。村長の息子が連れてきたのだと知って、嫁にでもするのだろうかと。


 けれど、一月は経つもののその気配もない。ただの小間使いなのかと考えるも良く連れたって何処かへ行くのを見かけてはそうとも思えない。村人たちは首を捻るばかりでそれは村長もだった。息子は人の娘をどうするのだろうかと疑問に思っていた。



「お前はあの娘をどうするつもりなんだ」



 人一倍、図体の大きい青い短髪の男、村長の藤三郎が問う。彼の前に座る息子の冬士郎は黙ったまま俯いていた。


 奥座敷には二人しかおらずしんと静まる中、藤三郎は深い溜息を吐いた。



「お前なぁ。はっきりせんとあの娘も困るだろうが」


「それはその、わかっているのですが……」

「妻にしたのだろう」



 藤三郎の言葉に冬士郎は口をもごもごとさせる、父の指摘はどうやら正しかったようだ。


 冬士郎は人の娘、小雪を妻にしたいと思っていた。最初は人間などと思っていたけれど、彼女の人となりを見てからその考えを改めた。人間にもいろんな存在がいることを知り、良さと悪さを教えられたのだ。


 いざ、妻にしようとすると自身の日頃の行いというのを思い出してしまい、二の足を踏んでいた。何せ、人間などと彼女の前で何度も言っていたのである。良い印象というのを持たれていないのではと少なからず思っていた。


 藤三郎は小雪のここでの働きを見てきていた。鬼に囲まれて生活するのに最初は戸惑っていたけれど、小間使いとしいて働いていた経験もあってか仕事ぶりは良かった。


 教えればすぐに覚えて、決まりはきちんと守る。迷惑をかけることも、失敗してそれを隠すこともしない。やってしまったことは素直に謝るし、非を認める勇気を持っている。


 心根も優しい小雪は人当たりも良く、子鬼などの面倒も見てくれていた。彼女ならば妻としても良いと藤三郎は思っている。と、いうのに肝心の息子はなかなか告白をしない。



「小雪ならどうも思っとらん。さっさと告白してこい」

「しかし……」

「何をそんなに考える必要がある。赤鬼の長を見習え」



 藤三郎は「あれはちゃんと想いを告げたのだ」と言う。その勇気を見習えと言われても冬士郎は難しいと項垂れた。


 小雪のことは好きだ、妻になってほしいと思っている。けれど、告白する勇気というのがまだ出ない。なんと弱いのだろうかと藤三郎はまた溜息をつく。



「お前の心は決まっているのだろう」

「はい」

「なら、腹決めて告白してこい」



 藤三郎の言葉は強かった。拒否権というのを与えぬほどの圧に冬士郎は頷くしかなかった。



          ***




 麻焼あさやけの町、甘味処の店内の奥座席に紅緑こうろく凰牙おうがは座っていた。前の席には冬士郎が頭を抱えて突っ伏している。


 父親との話を一通り聞いた二人は冬士郎の様子に呆れていた。何せ、ここまで繊細だとは思わなかったのだ。



「遅れてごめんよ」



 そこへ夜哉よるやがやってきて冬士郎の様子にどうしたのだと二人を見遣る。凰牙が掻い摘んで話せば、納得した様子で頭を抱える彼の横に腰を下ろした。



「それで僕らが集められたと」

「俺を見習えば良くねぇか?」

「ワタシに言われてもねぇ」



 凰牙と紅緑の様子に「僕とか相手いないのだけれど」と夜哉が突っ込む。冬士郎は「お前たちの意見が聞きたいのだ」と言った。


 妻がいる者、いない者では意見というのが違うだろうとそう言いたいらしい。それに納得はするものの、夜哉は「僕の意見ねぇ」と困った様子だ。



「告白すればいいと僕は思うよ」

「それな」

「それしかないでしょうに」

「他人事だと思って……」

「いや、アナタ。小雪なら問題ないでしょう」



 紅緑は「小雪の様子を思い出してごらんよ」と言う。彼女は毎日が楽しそうであり、冬士郎の傍にいるのは好きだと言ったのだ。断られる理由がまったく思い浮かばない。


 紅緑の言葉に凰牙も夜哉もうんうんと頷いている。それを聞いて冬士郎は頭を上げると考えるように眉を寄せた。


 確かに小雪は楽しそうだった。杏子やミズキと話をするのも、一緒に暮らしているのも彼女が悲しむような、寂しく思うようなことはなかったと思う。



「だが、俺は……」

「人間がどうたらっていうやつでしょう。気にしちゃいませんよ」



 冬士郎の言葉に紅緑は言う、彼女は気にはしていないと。


 小雪はミズキたちとお茶をしながら良く話をしていて、紅緑はその時の様子を聞いている。彼女は冬士郎のことを嫌っている様子も、嫌なやつだとも思っていないと言っていた。


 人間のことを欲深いと思うのは当然だと小雪は納得していたし、自身を見極めたいという考えにも納得していたのだ。



「だから、彼女は気にしてません」

「それは、その……」

「嘘をついてどうするのさ」



 まったくと呆れたように紅緑は冬士郎を見遣り、凰牙も「大丈夫だ」と声をかけていた。それでもやはり不安があるようで険しい表情を見せている。



「うーん。僕も大丈夫だと思うけどなぁ。これ、僕は戦力外じゃないかい? 何せ、相手がいないからそういった感情が分からない」



 夜哉はお手上げといった様子だ。彼にはそういった相手がいないので同じように意見を言えないからだろう。それでも考えて紅緑と同じだと結論を出しただけでも良いほうだ。冬士郎は「そうか」と小さく呟く。


 三人の意見に納得はしたらしい。ただ、まだ勇気というのが湧かないようであった。



「お前、繊細すぎないか?」

「黙れ、凰牙」

「鬼にしては繊細だねぇ」



 紅緑にそう言われて冬士郎はぐぅっと喉を鳴らす。凰牙には言い返せても彼にはそうできないようだ。


 臆病だ、繊細だと言われても否定はできない。何せ、断られた時のことを考えてしまうと告白する勇気など出なかった。妻にしたいのは本当なのだ。彼女の勤勉さも、優しさも、話し方も、全てが良かった。それを伝えるだけだと言われても不安で恐ろしいのだ。



「お前さー、人間は言葉にしねぇと伝わらないんだぞ」

「わかっている」

「僕らの意見は告白しろでまとまったし、早いところしたらどうだい?」

「あれなら影で見守ってやろうか?」



 影で応援していてあげようかと言う紅緑に冬士郎は眉を寄せた。それはそれで嫌なようだ。告白している場面というのを誰かに見られたくはないだろう。それをわかっていながら紅緑は言ったようだ。



「いい加減、覚悟を決めるべきさね」



 紅緑はきっぱりと言い切る。それには冬士郎は何か言おうとするもやめて溜息をついた。その通りなので何を言っても言い訳にしかならないとわかったようだ。



「大丈夫だから思い切って言ってみなよ」



 夜哉にそう背を押されて冬士郎は小さく頷いた。


          ***


 朧月夜、薄暗い外を縁側から眺めていた冬士郎は溜息を溢す。夜風にあたりながらどうしたものかと考えていた。


 紅緑たちに相談し、彼らも告白するべきだという意見だった。告白すると決めたとはいえどういう場面でするべきなのか、うむっと頭を悩ませる。



「考えても思いつかん。もうそのまま伝えるべきか……」

「どうかなされたのですか、冬士郎様?」



 びくりと肩を跳ねさせて振り返れば小雪が不思議そうに冬士郎を見つめていた。


 固まる冬士郎に小雪は近寄って隣に座ると、「どうしました?」ともう一度、問う。



「何か考え事をしていましたけど……」

「あ、いや、それはだな……」



 冬士郎が答えられずに口籠ると小雪はますます不思議そうな表情を浮かべた。


 じっと見つめられてなんと答えようかと考えていたが、これは告白するのに丁度いいのではないかと冬士郎は気づく。


 周囲を見渡すも誰もおらず、気配もない。二人しかいない空間だ、告げるのであれば今ではないだろうか。冬士郎は覚悟を決めたように口を開いた。



「お前は、その……此処が良いか?」

「えっと、それは此処が住みやすいかとかって意味ですかね?」



 小雪はその問いに「それならば住みやすいです」と答えた。鬼たちは優しいし、杏子やミズキのような人間の友達もいる。食事と寝床は約束されているだけでなく、衣服まで与えてくれるのだ。気分転換にと町へ連れて行ってくれたりもするのだから文句はない。


 小雪の答えに冬士郎はそうかと頷いた。彼女が嘘をついている様子はなくて、一安心する。この場所が嫌だと言われては妻になってくれと告白するのが難しいからだ。



「それがどうかしたのですか?」



 小雪がそう問えば、冬士郎は「それは……」とまたしても口をもごもごとさせてしまった。今が告白するタイミングだろう、それはわかっているのだが言葉がうまく出てこない。


 小雪は言葉を待っているので何か言わねばならない。せっかく覚悟を決めたのだと冬士郎は彼女の瞳を見つめる。



「お前は妖かしの妻になるのに抵抗はないか?」



 冬士郎の言葉に小雪は目を瞬かせる。言葉の意味をどう捉えようとしているのか考えているようだった。


 これでは伝わらないかと冬士郎は続けて言う。



「そのな、お前が良いのであれば、俺の妻になってくれないだろうか?」



 とうとう言った、冬士郎は痛いほど鼓動する胸をおさえる。小雪はといえば、顔を真っ赤にさせて固まっていた。


 暫くの間、言葉をやっと飲み込んだのか小雪が動く。



「えっと、それは、その、本心で……」

「冗談で言うものか」

「そ、そうですよね! えっと……」



 わたわたと慌てる小雪に冬士郎はどう反応すればいいのか分からなかった。何せ、了承してくれるのか、断られるのか判断できない様子だからだ。


 小雪は一生懸命、言葉を探しているようで「えっと、その」と声を溢している。彼女の言葉を冬士郎はただ待った。



「あのですね、冬士郎様と一緒にいるのは凄く楽しいのです。お話しするのも好きです」


「それは……」

「ですからね、その……よろしくお願いします……」



 こんなまだ若い人間の娘ですがと小雪は頭を下げた。それは小雪からの告白の返事、妻になっても良いという了承の言葉だった。


 今度は冬士郎が固まる番だった。理解するのに少しの時間を要して、やっとのこと「良いのか」と返すことができた。



「良いですよ。あたしは冬士郎様が好きですから」



 朗らかに笑う小雪に冬士郎は思わず抱きしめてしまった、それほどに愛しいと思ったのだ。



「あぁ、小雪よ。これからもよろしく頼む」

「はい、冬士郎様」



 小雪の元気の良い返事に冬士郎は頷いた。


 こうして二人は夫婦となった。



          ***



「だから言ったじゃないか、大丈夫だと」

「それな」

「もっと早くても良かったのにねぇ」

「五月蝿いっ!」



 めでたく夫婦となった冬士郎はその報告がてらに紅緑らを集めた。凰牙の屋敷の奥座敷で冬士郎は三人に囲まれている。


 小雪はミズキたちと一緒にいるためその場にはいなかった。



「変に心配するからだよ」

「夜哉の言う通りさね」

「心配するだろう、普通」

「お前の場合は心配しすぎなんだよ」



 三人の突っ込みに冬士郎は何も言い返せないので黙ったまま、酒を飲む。その様子がおかしいのか紅緑はくすくすと笑っていた。



「あー、僕だけじゃないか。独り身は悲しいねぇ」

「アナタはまぁ。小蛟二人に慕われるじゃないか」

「妻がいないのに我が子がいるみたいな感覚だよ」



 小さい頃から育ててるからなぁと夜哉は呟く。小間使いと言うよりは自身の子供ような感覚のようだ。彼らは恩人という認識であるのだが、それはそれとして。



風空ふうくうに良い人が現れたらどうするんだい」

「え、誰」

「怖い顔すんなよ、夜哉」



 ぎろりと睨むような視線を向ける夜哉に凰牙は突っ込む。紅緑はそれだけであの双子の蛟を可愛がっているのを察したようだ。


 風空も年頃なので良い相手ができてもいいと思うのだが、これは大変そうだなと紅緑は少しばかり彼女に同情する。



「アナタにもいつか現れますよ」

「そうだといいけどねぇ」

「まー、とりあえずは冬士郎の婚姻祝いってことで!」



 凰牙はそう言って酒をもってこいと小間使いに指示した。冬士郎は初めっからそのつもりだったらしく、どんどん持ってこいと乗り気だった。これはかなり飲まされるなと夜哉が渋い顔をして、紅緑は仕方ないと息をついた。

 


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