第32話 言葉に死なれければ、伝わらないのだと知った
二人っきりになったミズキはなんと話せばいいだろうかと悩ませる。離れ方が離れ方だったので少しばかり気まずかった。
「ワタシはね」
そんな静まる空気を裂いたのは紅緑だった。
「ワタシは人間がどうやって愛するのか分からないんだ」
首を傾げているミズキに紅緑は話す。
何をもって愛しているという行動なのか、分からない。だから、人間が安心できるようなことをできない。傍にいて、抱きしめて、それぐらいしか分からなかった。それが愛情表現だとそう思っっていたから。
「けれど、それだけでは伝わらないとね……。冬士郎の嫁候補に言われたのさ」
目を細めながら天を仰ぐように言葉を思い出す。
『人間と言うのはですね。言葉にしないと分からないのです』
小雪は言った、人間は言葉にしないと分からない生き物だと。ただ、言葉であっても行き違うこともある面倒な生き物だと。
『貴方様は言葉にしてあげましたか?』
愛していると、妻でいてほしいと伝えてあげましたか。そこで口にしたことがないことに気づいた。愛らしいと言ったことはあれど、好きなところを言ったことはあれど、愛しているとおまえが妻でよかったと口にしたことはなかったと。
小雪は「言葉にしてもらえると安心するんですよ」と言った。ミズキは不安なのだ、自分が妻でいいのか。対価として受け取ったから妻にしているのではないか。
『そうやって考えてしまって不安になるのです』
だから、心の底から好きで愛していて、妻でいてほしいならばそれを言葉にしてあげてください。
小雪の言葉は紅緑に深く刺さった。愛し方というのは行動だけではないのだと、言葉で伝えることも大事だと理解して。
紅緑はミズキの髪に触れた。
「ワタシはアナタが妻でよかった。愛していますよ、ミズキ」
そっと額に口付けを落として紅緑は彼女を抱きしめる。
あぁ、そうかとミズキは納得した。彼なりの愛し方だったのだ、あれは。傍にいて離れないのも、ただ抱きしめてくっついてくるのも、人間の愛し方を知らない彼の精一杯の愛の表現だった。
私は愛されていたのだ。ミズキは抱きしめる彼を抱き返した。
「私は紅緑様が好きです」
好きだった、愛していた。不安に感じたのも、涙が流れたのも、こうやって言葉をもらって嬉しいのも、愛しているからだ。愛せるかなんて最初は分からなかったけれど、自分は紅緑のことが彼のことが好きで愛していた。
「何かできるほど才たるものはないこんな娘ですが、妻でいていいですか?」
ミズキの問いに紅緑はえぇと頷く。
「ワタシの妻でいてください」
「はいっ!」
ミズキは花が咲いたように笑んだ。紅緑は優しく頬を緩めて彼女を抱きしめる力を強めた。
***
「
肉や魚の手料理に数々の甘味が用意された大広間でぱんっと手を合わせてミズキは頭を下げた。
二人が花菊に攫われたのを目撃してすぐに紅緑へ知らせたことで被害が最小限になった。それを聞いたミズキはお礼をしたいと彼らを屋敷に招いたのだ。
「奥様が無事でよかったよ」
「よかった!」
「二人のおかげだよ!」
「すぐに判断できたというのは賢いねぇ」
紅緑は「そうでないと一歩、遅れてしまったかもしれないのだから」と言って二人の頭を撫でる。それがあまりにも意外だったのか、二人は固まってしまっていた。
「助かりましたよ、ありがとう」
「い、いえ!」
「いえ!」
びしりと背筋を伸ばして返事をする二人の様子にミズキは思わず笑ってしまう。紅緑も可笑しかったのか、小さく笑っていた。
「あのほのぼの空間見てると二人に子供できたのかな? って僕は思っちゃうんだけど、杏子ちゃんと小雪ちゃんどう思う?」
「そないなことないって言いたいけど、無理やわ。うちも思ってしまったもん」
「あれは無理ですよ」
招待されたのは二人だけではなく、杏子や小雪たちも迷惑をかけたお詫びがしたいと言って誘われていた。
ミズキの用意した手料理を食べながら杏子はその様子を眺め、小雪は変わらぬ様子に安堵していた。
「僕も結構、大変だったんだけどなぁ」
「あー! 夜哉様もすみません!」
「いいよ、気にしてないさ。
風空と雷空も食事を堪能しているかと、視線を送った先には無言でひたすら食べ進めている二人がいた。ミズキの手料理を気に入ったようで美味しそうに食べている。
「二人とも大食いだから。きっとあっという間になくなてしまうだろうけど」
「えぇっ! もっと作っておけばよかった!」
「うちはもう堪能したからえぇで」
「あたしも甘味食べれれば、それで大丈夫です!」
杏子は「二人ともうちらに構わず沢山お食べや」とにっこり笑みを浮かべて鶏肉と大根の煮物が入った器を風空へ差し出した。
風空が「いいのですか!」と目を輝かせて問えば、凰牙が「オレらは酒が飲めればいいからな!」と大笑しながら答えた。それを聞いて雷空が別のさらに手を伸ばすのでそんな二人に夜哉が苦笑していた。
「せや、ミズキちゃん。うちら近々、婚姻祝いするんよ」
「えっと、縁の日にやるっていう?」
「そう。もうすぐ次の縁の日やから」
少し遅くなってしまったけれど、やっと正式な夫婦になれると杏子は嬉しそうにはにかんだ。
「ミズキちゃんもおいでね? うちの白無垢姿、見てほしいのよ」
両親にはもう見せることはできないから、せめて心許した友達には見てほしいという杏子の想いにミズキは頷いた。
「はい! 全力で祝います!」
「何それ、元気やなぁ。でも、ミズキちゃんらしくていいわぁ」
ならば、私が全力で祝福しよう。ミズキはにこにこ笑みを見せる杏子に笑い返した。
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