裏話
『本日、探索者協会の入り口では探索者たちによる抗議活動が行われております。これは一体どういうことなのでしょう、現地の佐藤さん!』
『はい! 昨日3人目のスキル進化を成し遂げたイーダ氏が出演した配信で、存在が復活する現象が確認されました!』
『存在が消えた、ですか?』
『はい、この前の山下防衛大臣の件を覚えておられますでしょうか。あれと同一の現象の再現に成功し、その発生条件がモンスターに食べられることかもしれない、という疑惑が出てきたのです!』
「俺達学生を、だましてこんな死地に送り込んでいたのか!」
「探索者協会はこれらのリスクを事前調査・対策する必要があっただろう!」
『このように批判の声が相次いでおり、現地では……』
ぷつり、とモニターの画面が消える。大阪市中央に存在するビル。その中で細木原は珍しく額に青筋を浮かべていた。会議室の仲は薄暗く、荒島と怪我をした〖バンデッド〗のメンバーが集結している。
壁際には細木原と、フードを深く被った少女が待機しており荒島たちを睨みつける。
「あなたたちには失望しました」
細木原の第一声だった。荒島以外の〖バンデッド〗メンバーは気まずい表情になり視線を逸らす。そもそも、細木原は〖バンデッド〗の実力を信用して手を組んだ。ところが詐欺が暴露され荒島が拘束され、その隙を突いて飯田たちに決定的な証拠を掴まれ挙句の果てに逃がしている。
「細木原、何上から目線でモノ言ってんだ?」
「実際上ですから。それに荒島さん、そもそもあなたが我々の任務と一切関係ない詐欺行為にて拘束されたのが全ての原因ともいえます。あなたが日ごろからもっとうまくやっていれば飯田隊長に付け入られる隙も生まれなかった。いいえ、この場合は真宮マリナに、ですか」
「……ちっ」
荒島は言い返さず、ふてくされたように壁を蹴る。他の〖バンデッド〗メンバーは怯えて誰も言葉を発しようとしない。
そもそも細木原は、少し前に政府筋の協力者名乗り、資金提供と引き換えに一部任務への協力依頼をしてきた人間だ。その力は回線の切断や資金力だけではない。
「あなたたちを無理して警察の手から解放しましたが、もう限界です。加治姉弟の件で脅迫をした際の映像が、そのまま真宮マリナのチャンネルにアップロードされました。次の任務に失敗した場合は庇いません。勝手に警察の世話になって、勝手に牢屋の中で過ごしていてください」
7月28日。加治兄の保持存在が解放された翌日の時点で荒島は警察の拘束から解放されていた。そもそも荒島は部下が詐欺罪を行ったことから、組織的な犯罪行為をしていないか疑われ、取り調べを受けていた。
その疑いが事実である以上、1日や2日で解放されるはずがなかった。しかし細木原は一体どのような手段を用いたのか、あっという間に荒島や他メンバーを解放して見せたのだ。
「……その前に、保持存在について話をきかせろ。あれはどういうことだ」
荒島は細木原のバックグラウンドを詳しく知らない。政府筋の人間だと聞いてはいるが、その過去や目的について細木原は積極的に話そうとしない。相当重要かつ、荒島たちのような人間を運用しなければならないほど後ろ暗いことであるという点は間違いないが、その内容までは把握できていなかった。
そもそも、荒島自身も保持存在の件で混乱していた。人間の存在が消え、契約書が書き換わる? 悪い冗談もいいところだった。
「6層やここでモンスターに食べられた、哀れな存在達です。その中には私たちの仲間も含まれます」
「そもそも6層って何だ?」
「……まあいいでしょう。いつか分かることです。まず、貴方は全ての願いを叶える存在、星書記という存在があると言ったら信じますか?」
「……ランプの魔人みたいなやつか?」
「概ねその認識で間違いありません。ただし願いの数に制限はありません。さて、ここで問題です。例えば人類の不老不死という願いを過去に渡って叶えようとしたとき、世界はどうなるでしょう?」
「どうなる、だと? 叶って終わりだろう」
「いえ、機構の話です。過去に渡って叶えるのです。つまり、10年前、ダンジョンが生まれた瞬間から人類が不老不死だったことになる。となると、今の世界に不老不死という情報を入力するだけではいけない。過去からまとめて世界を再構築する必要がある」
「……」
荒島は細木原の語りだす壮大な話に頭を抱える。過去から世界を変える? 世界を再構築する? 一体何の冗談だ。しかし、一方で頭の中で繋がっていく情報がある。
「初めに星書記は世界の滅びを願いました。VOLACITY、すなわちモンスターの降臨です。次に叶えた願いが世界間の移動、3度目に星書記が叶えた願いは存在を奪い、変化を防ぐ能力、Limt of Variable。可変限界という概念の導入。4度目に魔術が導入され、5度目に虚影空間への潜行、6度目にモンスターからのドロップアイテム、7度目に後付けの才能、スキルシステムの追加。願いが増えるたびに世界は再構築され、余った素材は積み重なり0層との道を作ります。すなわちダンジョン、二つ目の願いで生成されたものです」
最期に向かうにつれてゲーム風になっているな、と荒島は考える。それは事実正しい。細木原は一言も話していないが、願いは魔物に対して適応されるのだから。故に不老不死などのふざけた能力を導入すると、人とモンスターの両方が不老不死になるという異常現象が発生する。故に人類側だけが上手く運用しやすい仕組みを追加したのだ。
「さて、この星書記による願いの成就、というものこそが全ての根幹です。つまり、願いが追加される事に変化する世界を層、と呼びました。0層が全ての起点で、7つの願いが叶えられ変化したため、この世界は7層というわけです」
「つまり保持存在は、再構築の際に解放しておけばどうにかなるが、モンスターに食べられると再構築の対象にならず、蘇生しないということか」
「そうです。あのスキルの文章は少々不親切です。正確には蘇生できなくなるのを防ぐ、というのが正しい表現なのでしょう」
他の〖バンデッド〗メンバーは追いついてこれず頭に疑問符を浮かべたり諦めて端末を弄っていたりするが、荒島は何とか細木原の流れるような喋りに食らいついていた。それは細木原の「どうせ頭の悪いあなたには分からないだろうけど」という意図の透けた嫌味な笑みが気に入らなかったからだ。
細木原は未だにきちんと話を理解している荒島に少し感心しながら話を続ける。そもそもこんな話は一笑に付すのが普通だ。にもかかわらず、恐らく直感と経験でこの話が嘘ではないと見抜いている荒島は、なるほどこのクランの主に相応しいのだろう。
「我々『星書記同盟』は毎層、世界が滅びモンスターが溢れる中で0層に向かって進軍しています。目的は星書記。願いを叶えることで人類側の戦力を増し、最終的にはモンスターを滅ぼすことを目的にしています」
「ちょっと待て、毎回負けているのか」
「ええ。そもそもVOLACITY自体が人類を滅ぼすために生み出された存在です。幾ら武装を積んだところで、無数に湧き出る怪物に勝てる道理などありません。戦車や戦闘機が強いのはあくまで人類同士の戦いのみです。それに星書記を獲るにはダンジョンを潜ることができる必要があります」
細木原の言葉に違和感を感じ、荒島は目を細める。それに細木原は気づかず、手を広げ宣言する。
「つまり強い探索者の量産、保持存在の解放が人類の勝利のためにはかかせません。そのための『魔物調理』です」
「スキルが取得可能かもしれない、という情報もこいつらが仕入れてきたしな。なるほど、お前が俺達を使う理由がようやく分かった」
「おや、何か自覚がおありで?」
「つまらない挑発をするんじゃねえ。で、お前は何層出身なんだ?」
「6層です。つい先日、ダンジョンを登ってこちらに移動してきました。それは、彼女も同一です」
部屋の隅に座っていた少女を細木原は指さす。少女は静かにフードを外し、その顔に細木原以外の全員の顔が歪む。
「お前は……」
つまり、マリナやマゾブレード田中が記憶を保持できたように、細木原が今この場にいるように。高Lvであれば再構築に巻き込まれることを防げる。例えば細木原はLv60以上かつ生存していたことにより、6層の細木原は再構築に巻き込まれず、7層の細木原がそれとは別に再構築されたというわけだ。それがニュースで流れていた細木原と思われる殺された人物の正体であり。
「幸いにも飯田隊長は『魔物調理』のもう一つの効果に気付いていない。明日、彼女を利用して飯田隊長の確保を試みます。失敗した場合、君たちは切り捨てる予定です。覚悟しておくように」
細木原は眼鏡のずれを直しながら、荒島たちを睨みつける。〖バンデッド〗と飯田たちとの最終決戦が、始まろうとしていた。
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