暴露
「〖バンデッド〗……!」
予想していた出来事の一つである。加治姉弟の真実を晒す以上、彼らへの敵対は避けられない。一方で、二つの想定外があった。
「荒島と細木原がいないわね。犯罪者がいなくて助かったわ」
総勢10人くらいの〖バンデッド〗の中に二人の姿はない。つまりここにいるのは主力以外の、中堅や末端の探索者であるということだ。そしてもう一つ。クラン規模を考慮すれば10人でも少ない。
すなわち、〖バンデッド〗による詐欺被害の取り調べは未だ続いており、これは彼らの独断専行だということでもある。細木原無しでも回線切断可能なのは困ったが、今回はマリナも月城さんもオフラインで録画しているカメラを用意しているため、証拠には事欠かない。
「脅迫も録音させてもらっているし、あんたたちはもう終わりよ。今なら罪が軽く済むかもしれないけれど、どう?」
「デカい口叩くなよ女……!」
この中では一番の年長らしい、クロスボウを構えた男の顔に怒りが浮かぶ。あっさりと挑発に乗る辺り、やはり落ち着きや策略と言った概念とは程遠い、チンピラの類のようだった。
じわり、と彼らは徐々に距離を詰めてくる。こういった荒事は普通であれば交渉や説得から始めて、どうしようにもなくなってから暴力を振るう、といいう順序のはずだ。しかし焦りと怒りに飲まれた彼らにそのような思考ができるはずもなく、兎に角殴って黙らせようという後先のない考えが伺える。
ちらり、と加治姉弟を見る。彼らはそもそも怪我をしているし、先ほどの出来事で戦闘できる状態でないことは明らかだ。僕とマリナ、月城さんは頷きあい、武器を構える。
「突破しても逃げ切ることは難しいわ。倒すわよ」
「Lvは一応こちらの方が上回っていそうですが、問題は数ですね」
「あたしがとりあえず半分倒すわ。残り半分をヒナノちゃん達の方に進ませないよう頼むわ」
「OK」
最初に動いたのはマリナだった。足元に水を生成し、四方に水の弾丸を発射する。幾ら水とはいえ、ウォータージェットの如く射出されたそれは探索者たちの皮膚を貫くに至る攻撃となる。
〖バンデッド〗メンバーは陣形を崩しながら水弾を回避する。その隙をつくように、月城さんと僕は左側に陣取る5人に襲い掛かった。
敵の構成は盾持ちの男が2人に、クロスボウの男が1人、短刀を持った男女一人ずつという構成だ。月城さんは素早く距離を詰め、短刀を盾の側面からねじ込み破壊しようとする。
「えいっ!」
「何だこの馬鹿力!」
盾持ちの男はそれを防ごうとするが、Lv差が激しくむりやり押し込まれる。やはりLvとしては中堅、15~20程度らしい。月城さんの短刀が盾の取っ手にねじ込まれ、指の切断を恐れた男の手を退ける。盾は短刀の先にひっかかり、月城さんは即座にそれを放り投げた。
「お前っ!」
短刀を持った男女が月城さんに突撃する。が、僕が遠心力を付けて叩き込んだ槌に突き飛ばされ、二人はどんと後ろに押しのけられた。防御されてしまったようだが、これで再び月城さんがフリーになる。
「後衛から落とすのが、戦いの基本ですよねっ!」
硬い地面を蹴飛ばし、月城さんがクロスボウを持った男に接近する。短刀をクロスボウに向けて振り下ろすが、男は転がるように回避し反撃を狙う。それが二度三度繰り返され、Lv差があるはずにも関わらず追い詰めることができない。
これはLv差では覆せない、殺害まで想定している〖バンデッド〗と拘束や気絶を前提とする僕たちとの違いだ。月城さんは出血や後遺症を危惧して体への斬撃を避けているし、逆にクロスボウの男はそれを理解して動きを誘導している。
「兄貴が押さえているうちに修行僧を確保するぞ!」
「俺が盾で抑える!」
その隙に僕を他の3人が狙ってくる。槌を全力で振り回し近づけないように防衛を行う。柄を伸ばして運用しているため、単純なリーチは僕の方が圧倒的に優位だ。
戦闘技能、という意味では『短刀術』を持つ月城さんや殺しを視野に入れる〖バンデッド〗メンバーにはかなわない。だが時間稼ぎならLv差のお陰で十分可能だ。
視線を少し逸らし、マリナの方を確認する。流石マリナ、既に2人の手を水弾で打ち抜き、残り3人の無力化も順調に進めている。
直ぐに勝てる。そう思った瞬間だった。がちりと体が動かなくなる。背後から伸びた腕が僕の体を固定していた。僕の背後にいるのは、さっき盾を叩き落された男。くそ、武器がなくなったから無力化できたなんて勝手に思ってしまった……!
「『腕力強化』で押さえつけている! 今だ、ガキどもを確保しろ!」
「サンキュー!」
彼らの狙いは見るまでもない。戦闘に参加できていない加治姉弟だ。人質にすれば効果は絶大。今の〖バンデッド〗は、れっきとした犯罪者集団だ。口先だけでなく、実際に脅しを行動に移す可能性は高い。
「っ、ヒナノちゃん!」
「行かせねえよ!」
剣を持った女が加治姉弟に向かうのを、マリナが止めようとする。だが他のメンバーが体を張って阻止を敢行する。
まずい、このままでは本当に人質に取られてしまう。だが体は依然動かない。Lv差を凌駕する『腕力強化』の効果により、槌を振るうことすらできない。
どうする、どうすればいい。頭の中をいくつもの記憶がよぎる。その中で一つ、思い出したものがあった。《解体》が強すぎたから使わなかったスキル。すなわち。
「《炎生成》!」
「あっち!!!!」
炎が手に平に出現し、拘束を行う男の腕が焼かれる。想定外の痛みに男の腕は僕から離れ、その隙を突いて槌を剣を持った女に振り下ろした。女は戦闘用のスキルを持っていなかったらしく、あっさりと腹に槌の直撃を食らって吹き飛ぶ。
「ごめん、助かったわ!」
それと同時にマリナが足止めをしていた三人を水弾で打ち抜く。それを見たクロスボウの男は焦った表情になる。
「マジかよ、こんな一瞬で」
「全員Lv差あるし、こんなものだろ」
クロスボウの男は少し思案し、クロスボウを月城さんに向かって投げ飛ばす。すっと横に避ける月城さんと倒れた仲間に見向きすらせず、地上に向かっての道を一目散にかけだした。一同はぽかんとするが、事態に気付いた動ける〖バンデッド〗メンバーはその後を追う。
「ちくしょう!」
「仲間を傷つけやがって、この恨み必ず晴らしてやる!」
「どの口がいうんだよ。あと恨みを晴らす前に罪を清算する方が先だよ」
ぼそっと嫌味を言い返す。とりあえず思ったより数段簡単に戦闘が片付いたことが唯一の救いだろうか。ほぼマリナの戦闘力とLv差、スキル頼りの戦いであったがこちらは無傷で倒れこむ〖バンデッド〗が複数、まあ完勝と言ってもよいだろう。
「映像は録画してるわ、戻り次第すぐに警察に連絡する。さ、他の野次馬が来る前に早く地上に戻りましょう」
マリナがぱんぱんと手を叩き、僕らに促す。〖バンデッド〗の奴らは自業自得だし怪我も酷い物ではない、戦えるかはさておきとしてモンスターから逃げることくらいはできるだろう。彼らを置いて、再び僕たちは歩き出す。
「飯田、注意した方がいいわよ」
「?」
マリナがぽつりと呟く。長い一日が終わろうとしていた。
「『魔物調理』でスキルが取得できる可能性、〖バンデッド〗に知られた可能性があるわ」
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