襲撃
「あっ……あああああああああああ」
「え、う、嘘……だよね、兄……さん……?」
僕たちが解放を選択した瞬間、加治姉弟は頭を抱えて硬直する。そして虚ろな目をしながら手を震わせ、しゃがみ込んだ。マリナと僕は膝をつきうなだれる二人の背中を叩く。
結論から言えば保持存在の開放は成功してしまった。ヒナノちゃんは涙を流し、タロー君は吐き始める。僕たちは彼らが落ち着くのを待たず、肩を貸して、再び地上に戻り始めた。彼らに必要なのは悲しむ時間であるが、暖かい飲み物も柔らかい布団もない地下では心が荒れるばかりだ。何よりこの状態でモンスターに襲われてしまうとどうなるか分からない。……地上に出てから解放すれば良かった、と思うも時すでに遅しである。
そしてマリナによる〖バンデッド〗の悪行の暴露も概ね成功したといってよい。彼女は合わせて加治姉弟の件を配信で説明し終えていた。証拠はないため確実なことは言えないが、様々なことに辻褄が合ったらしくコメント欄で嘘だと叫ぶ声はない。
あれから数十分立つが、既に情報はこの配信だけではなく外部SNSまで伝わる事態になっている。当然セットで「モンスターに食べられると存在が消える」という情報付きで、だ。
探索者協会のSNS公式アカウントには問い合わせが殺到している。その中には学校としてダンジョン探索を進めているらしい学校の姿もあった。……確かにモンスターに食べられると存在が消えるが真なら、今までどれだけの若者が消えたか分からないものなぁ。
『探索者協会はこの事実を隠ぺいしていたのか!』
『私の家に誰も使わない一室があったの、もしかして……?』
『俺の仲間を返せ!』
『こちら西東新聞のものです。本件について情報をお持ちの方は……』
『〖バンデッド〗の奴らへ処罰を行え!』
『うちの仲間からもその契約書の話出てきたぞ! 脅迫で数千万の借金を背負わせるの、許されるわけないだろ!』
SNSは荒れているし当然ながら僕たちのチャンネルのコメント欄も流れは止まらない。黙々と歩いているだけなのに、視聴者はひたすらに増え続けていく。
しばらくして加治ヒナノがぽつり、と語り出した。
「……兄は優しい人だったっス。両親をなくした私たちにとって一番のあこがれで、生活費とかの面倒を見てくれたのも兄でした。探索者としてとても優秀で、Lv25もあってパーティーの盾をしてくれていました」
いたたまれなくて誰も何も言えない。親類の誰かだとは皆想定していたが、まさか実の兄だとは。山下防衛大臣の時に考えておくべきだったかもしれない。保持存在を解放するということは、すなわち親しきものにとっては壮絶なショックを与えることであるのだ。
「……一番辛いのは、どうして私が、兄を忘れていたかってことっス!!! 私が、一番優しくしてくれた人をまるで存在しないかのように……っ!」
マイクがオフになっていることを確認するついでに、加治姉弟の後ろ姿を映さないような位置にカメラを移動させる。今の状態が動画に残ってしまうのはあまりにも忍びなかった。
「あたしも同じ経験があるわ。きっといたはずなのに、思い出せない人たちがいる。みんなを助けるために犠牲になって、挙句の果てにその事実まで忘れ去られるなんて、最悪よね」
加治姉弟を真っ先にそう慰めたのは他でもないマリナだった。加治ヒナノに肩を貸して歩きながら、それでも歩む速度を緩めない。
「奥賀カンナって娘がいてね。まだ5歳にもならない子で、何も分かってないのかあたしのことを「お母さん?」なんて呼んでペタペタ近づいてくるのよ」
「……?」
「ある日私の目の前で消えたわ。恐らく原因は、両親が保持存在として取り込まれたから。彼女について記憶が残っているのは例外ケースの一つだからでしょうね。存在が消えた場合、辻褄が合うように世界が改変される。あなたの記憶と同じように、巻き込まれて」
奥賀カンナ。初めて出会ったときにマリナから聞いた名前だったか。だが、その理屈だと加治兄の記憶と同じく、彼女の名前も忘れていないといけないはずだが。僕がそういうと、彼女はなんてことのない顔でこう言ってのけた。
「Lvってなんの略か知ってる?」
「レベルじゃないのか?」
「違うわよ、Limt of Variable。可変限界。つまり、どこまで【保持存在】の消失など、世界から与えられる状態から変化できるか、よ。あたしはLv50オーバー。概ねここまでくれば記憶の保持が可能よ。恐らく次層とやらに記憶を持ち越せたのも、それが理由。でないとあたしやマゾブレード田中さんだけが記憶を保持している説明にならないわ」
これはスキル『解析』にて判明した事実ね、とマリナは続ける。そうなのか、とだけ僕は返すしかなかった。
訳の分からない現象ばかり起きて、根幹が分からない。ここまで来れば細木原あたりに直接聞いてみるしかないだろう。
淡々と歩いていると、ぷつんと配信画面からエラー音がなる。コメント欄の流れはとまり、電波は圏外。
「ちっ、早いわね!」
ざっという足音と共に、ガラの悪い探索者たちが10人ほど現れる。急いでいた理由の一つはこれだったが、残念間に合わなかったらしい。
「荒島さんに怒られるんでな。てめぇら、今すぐさっきの配信を撤回しろ」
「断ると言ったら?」
「殺す」
短気そうな男たちは武器を構える。その腕には鬼の刺青が入っている。ヤクザか半グレのなりそこないといったところだろう。
「話が早くて助かるわ」
マリナが『水魔術』を展開する。この状況は想定済みだったのだろう、動きに淀みはない。
「あんたら倒して、まとめて警察に叩き込んでやるわ」
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