真宮マリナ
【保持存在:VOLACITYが人間を食べた際、存在はその個体に食料として保存される。何らかの方法で回収に成功した場合、解放することで次層にて蘇生が可能となる】
僕が『魔物調理』でモンスターの肉を食べた時に、急に出てきた謎単語。だが同時に、最も大きな問題を引き起こしたものでもある。
『7月25日朝のニュースです。山下秀樹防衛大臣が数年前から行方不明であることが今朝判明しました。昨日まで防衛大臣を務めていた神野氏ですが、「私は防衛大臣であるはずだ! あるはずなんだ……」と述べており、官邸は混乱している模様です』
保持存在を解放したことにより発生した謎現象。だがその意味は今の所、はっきりとした答えが出ていない。そもそも次層って何なのか、VOLACITYはモンスターなのか。
壮大かつ実感の湧かない事象、混乱するニュースの情報はこの疑問を僕の脳の隅に押しやっていた。だが今、その検証をするときが来たようだ。
「モンスターに食べられると存在が消える。推測ではあるけど、それを前提にすれば理屈は成り立つな。マイナス22階まで行けた理由も、Lvが高い理由も引率の探索者がいたなら説明がつく」
「なるほど、〖バンデッド〗の目的はその高Lv探索者。だから仲間であるお二人に嫌がらせをしていたわけですね」
僕と月城さんは互いに頷く。仮説を積み重ねた結果だから事実かは分からない。だけど本当なら大きなチャンスともいえる。
つまり、保持存在の解放から派生する現象をリアルタイムで確認可能になる。『魔物調理』の謎を解明する良い機会ではあるのだ。だが問題は解放したからどうなる、という話だ。
加治ヒナノは訝しげな表情で首をひねる。
「……それ、SNSで見かけた記憶はあるっす。でももしそうだったとして何があると思いますか?」
当然の疑問だ。仮に全ての仮説が真実だったとして、取り返す意味が無い。死者が死んでいることを確認しても何にもならない。契約書は二人に3000万円の借金を課している。だがマリナが言ったことは確かに成功すれば、価値があった。
「今の契約は、貴方たち姉弟二人が対象なのよね?」
「はい。それがどうしましたか?」
「もしその高Lv探索者が目的なら、本来の契約の対象はあなたたちではないはずよ。だって縛りたいのはあなたたちではないのだから。だけれど保持存在を奪われ、正常ではない形に契約が変更されている。つまり取り戻せば」
「債務者は死亡しているから借金を踏み倒せる、ってことか。そういえば山下防衛大臣の資料も確か変になってたんだよな。同じように改ざんされている可能性はあるのか」
死者から金を取り返すことはできない。当然の理屈であり、なるほど危険を冒してでも可能性に賭けてみる価値はあった。
借金と謎の解明。この二つが重なった今、僕はマリナの言う通りマイナス22階に行くことに賛成だった。
そして加治姉弟も、このまま地上に戻るより可能性に賭けることに決めたらしい。二人とも傷が痛むだろうに、勢いよく僕たちに頭を下げるのであった。
「「マイナス22階に連れて行ってください、お願いします!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで、マリナチャンネル再開です! これから『忘れ物』を取りにマイナス22階まで向かっていきます。今回のゲストは無謀なお二人! よろしくね!」
「な、何で配信してるんっすか……」
当然の疑問を浮かべるヒナノを前に、僕らはダンジョンを下っていく。陣形としては二人を守るように月城さんとマリナが前、僕が後ろを歩いている。
僕たちのLvは既に30を超えている。マイナス22階に行っても、エリアボスに遭遇したりモンスターの乱獲を行ったりしない限りは大丈夫だろう、というのがマリナ先生のお言葉である。
因みに配信している理由はシンプル。保持存在の実証を配信で流すことで証人を増やすためである。事前に質問するとこう返事が返ってきた。
「これ、もし本当だと分かったら大問題にならない?」
「大問題にするのよ。ダンジョン内で探索者が消えていく、これの実証と二人の証言をセットにする。そうすれば〖バンデッド〗にとどめをさすことができるわ。仮に契約が破棄できなくても、話題になれば対応ができるわ」
警察や自治体の対応というのは近年雑になっている。明らかな犯罪行為以外は「個人のもめごとは個人で解決してください」とあしらわれてしまう。そして大きな被害が出てから初めて真剣に対応する。これは人口減少による警察などの人員不足が理由に挙げられる。
だが『魔物調理』の恐るべき効果、なんて話題と一緒に出すことで適当に処理できないようにする。そうすれば〖バンデッド〗も採算が合わなくなる可能性が高いし、様々な社会からのサポートも期待できる。例えばクラウドファンディングで二人の護衛費を集めるとか。
「というわけで中学3年生のヒナノちゃんに話を聞いていくけど、最近は学校で何が流行っているの?」
「えーっと、VRゲームが一瞬はやったんですけど直ぐ廃れちゃって。今では写真をアップロードするアプリが話題っすね」
「そんなの昔からなかったっけ?」
「アプリがランダムに通知を送ってくるのでそれから数分以内に写真を撮らないといけない、って仕組みなんです。なので変に加工や着飾ったりしない地の姿を見れていいな、って」
「それ学校で鳴って怒られたりしませんか?」
「姉ちゃん先生にそれで怒られてましたよ」
「コラ、タロー!」
そんな話をしながらダンジョンを歩き続ける。ダンジョンは階、と表現されているが本当に階段があるわけではない。ただ下っていくとある地点から、急に雰囲気が変わるのだ。
先ほどまでマイナス17階の苔まみれの地面だった。だがまるで無理やり接続したかのように数メートル先からはコンクリート風の硬い地肌が広がっている。マイナス18階だ。
実を言えばダンジョンは下に降りるだけなら比較的簡単だ。ある程度は地図が制作されているし、地面の傾きである程度方向は絞れる。問題は出現するモンスターだが、Lv60オーバーのマリナの前では雑魚に過ぎない。『水魔術』で放たれた液体の弾丸が次々にモンスターの体を貫いていく。《食料保存》を使いたい気持ちもあるが我慢だ。今は下に進むのが優先。……ああ、勿体ない。
(しかし、それにしても)
マリナは優しすぎる。勿論〖バンデッド〗や星書記同盟なる謎の存在の話もあるが、それを差し引いてもだ。今も初対面の二人を救うために頭を巡らせている。こんなことをすれば自分も〖バンデッド〗の敵対対象になるというのに。
思えば僕に対してもそうだった。『魔物調理』が発現したら直ぐに連絡してきたのも、動画のネタにさせてよ、なんてメッセージだったが明らかに本意ではない。真っ先にスキル内容を検証し、自身の人脈を使ってでも悪用を防ぐ。再生数狙いなら〖バンデッド〗が出てきた時点で離脱していたはずだ。
世界の真実を知りたい、というのはあるだろう。しかしそれにしては、僕や加治姉弟に対してあまりにも真剣過ぎる。まるで強迫観念かのように、向こう見ずで即決即断だ。
そういえば。仮にモンスターに食べられると存在が消えるとするなら。
真宮マリナはモンスターがダンジョンから溢れ出した世界で、如何なる理由にて死亡したのだろうか。
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