【保持存在】3

 戦闘から数分後。マイナス14階に戻った僕らは二人の手当てと広げていた調理器具の片づけをしていた。


 マリナは槍使いの女の子の方に手早く治療を済ませていく。恐らく何度も同じようなことをやったことがあるのだろう、慣れた手つきで消毒を行っていく。僕も見よう見まねで、太り気味の男の子の治療をする。


「痛っ!」

「傷が深い証拠よ。動かないで、あと2か所だから」


 シャドウファングとの戦闘はあっという間に終了した。マリナと月城さんの手によりボコボコにされ、僕の《食料保存》で生肉に変身して終了。俊敏さを失ったシャドウファングに勝ち目など存在しなかった。


 だがダンジョンの危険を感じる戦闘でもあった。まあ僕が吹き飛ばされただけなんだけど、もっと強い敵だったらどうなっていたかは分からない。僕の本当の強みはLvの高さと《解体》であって、防御力やスピードではないのだから。


「こんなに危険なのに、ダンジョンで死者が続出しないのはおかしいですよ……。エリアボスとはいえ、マイナス14階でこんな強い敵が出るなんて」

「意外と危なかったわね。飯田は吹き飛ばされるし。擦り傷だけで良かったわ」

「Lv上げをしていて良かった。次からも余裕を見て探索するべきだね。あ、月城さん油はここで捨てない方がいいかも。炎上するかもしれないし」

「ゴールデンゴリラの『炎魔術』ですね」

「違うわよ、ネットの方よ。まあ海外では放射性廃棄物のダンジョンへの投棄計画があったりするくらいだし、本質的には問題ないとは思うけど」


 僕たちは話しながら手を進めていく。助けた二人は大人しく治療を受けている。幸いにも命に係わる怪我はない。しかしかれらの装備は明らかにマイナス14階より下に挑めるものではない。どうして彼らはそんな下までいったのだろうか。疑問がぐるぐると頭の中を巡る。


 しばらくすれば治療も片付けも終わり、地上へ帰還する準備が整った。うわ、腰に付けてた簡易調理器具セットが砕けてる……。フライヤーとかはマイナス14階に置いてきたから無事だったけど。


 そんな僕たちに治療を終えた槍を持った活発そうな少女と、太り気味のおどおどとした少年が改めて向き直り、勢いよく頭を下げた。


「加治ヒナノって言うッス、助けてくださりありがとうございました! ほらタロー、お前も!」

「あ、ありがとうございました! 修行僧さん!」

「あだ名で呼ぶな、あと他の人にも感謝しろ馬鹿弟!」

「ひぃ、ありがとうございます皆さん!」


 二人は姉弟のようで、しっかりものの姉と頼りない弟という様相であった。恐らく弟君は中学生だし、まあその程度のことに目くじらを立てることはないけれど。


「いいよいいよ、困ったときはお互いさまって言うし」

「治療までして頂いて、感謝しかないッス」

「気を付けなさいよ、そんな装備で潜るなんて自殺行為に等しいわ」

「マリナ、もう二人とも反省してるって、厳しいこと言うなよ


 年下相手だし、変に怖がらせてもいけない。年上として寛大なところを見せようと思ったところで、タローと呼ばれた太り気味の少年がクンクンと匂いを嗅ぐ。


「あれ、何かいい匂いが……」


 やっべそういやこれ僕のせいだった。僕が生姜焼きの匂いばらまいたから彼らがエリアボスに襲われて、助ける必要出てきたわけじゃん。生姜焼きの罪を隠すべく、僕は早口でその言葉を遮って話を別方向に向ける。


「そ、それでどうしてこんなところに君たちはいるの?」


 彼らの主な傷は打撲だ。明らかにシャドウファングと戦った結果のものとは異なる。例えば打撃攻撃主体のカンフーパンダなど、そういったモンスターと戦った結果のものだ。


 それに彼らのような若く、経験の浅そうな二人組がこんな所まで来ていること自体が奇妙だ。僕が問いかけると、加治ヒナノは言いにくそうにしながら、かいつまんで事情を説明してくれた。








 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 これは僕たちに助けられた二人組が如何なる理由でシャドウファングに追われていたか、という話だ。



「よう死にかけのお二人さん。俺たちがその傷を『治療魔術』で治してやるぜ、この契約書にサインしてくれたならなぁ!」


「おっと契約書を読ませろだと? お前自分の立場分かってないようだな、交渉の余地なんかねえぜ。お前は死にたくなかったならサインするしかないんだ」


「地上に出たら訴えてやるだと? 俺たちの背後には〖バンデッド〗がついている、もしそんなことをしたら不幸な偶然が起こるかもなぁ! ギャハハハハハ!」



 二か月ほど前の出来事である。彼女たちはダンジョンの探索でモンスターに敗北し、深手を負った。その際にダンジョン内で偶然出会った探索者が治療をしてくれたことで命は救われた。


 だが治療の対価として〖バンデッド〗構成員に滅茶苦茶な契約を結ばされたのである。治療費合わせて3000万。即座に支払えない場合は年間利息15%、450万に元金を加えた額を返金する義務がある、という契約だ。


 この契約の巧みなところは、ギリギリ違法ではないラインを攻めているという点。高価な医療費ではあるがダンジョン内の危険手当という理由とアメリカなどの高額医療費という例がある以上、否定することは難しい。また利息もギリギリ合法である。


 またそれ以外の法のラインに触れるような行為は立証が難しい。例えば契約内容を見せてもらえなかった、という訴えをしようにもどうやって証明すればよいのか、二人には分からなかった。


 両親を既に失っている二人にとってこの契約は地獄そのものだ。高校生でありながら年間450万の利息を支払うのは不可能に近い。自己破産という手もあったが、それをしようとすると今度は〖バンデッド〗の暴力がちらつく。


 彼らのリーダー、荒島は暴力のみで周囲を従える無法者だ。暴行、準強姦罪など検挙されているだけでも複数の前科を持つ荒島が、暴力にためらいを持つとは思えなかった。


 何とか地上に戻り、借金を返そうと考えた二人を襲ったのが壮絶な嫌がらせであった。



「早く3000万返せよ泥棒!              」

「夜のお店で稼ごうぜ、加治ちゃん! その顔なら幾らでも稼げるぜ!            」


 学校の生き返りにガラの悪い大人にあることない事叫ばれる。しかも友達がいる時を狙っての攻撃だ。


「あの子ってそういう人なの……?」

「怖いしもう話しかけない方がいいよ」


 そのあまりにも異常な事態に同級生たちも離れていき、時には恰好のカモを見つけたと陰口を叩き始める。


 つまり、鼻から〖バンデッド〗は3000万を返すことなど期待していなかった。借金と言う縄で縛った都合の良い奴隷が欲しくて仕方が無かったのだ。


 気丈にふるまうのも限界になった彼女たちは、無理してでも借金を返すべくリスクを取ってダンジョンに潜るのだった……







 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 というのがさっき助けた二人の事情らしい。いや重すぎるって。僕が荒島との件で悩んでいたのがバカみたいじゃないか。つーか荒島たちそんなに悪い奴だったのかよ。僅か一日でマゾブレード田中さんの質問への答え出ちゃったじゃん。


「〖バンデッド〗の奴ら、そんなことをしていたのか……」

「これで『魔物調理』を求めていた理由も頷けますね。低Lvの探索者を多数確保できて事実上無償で働かせることができるなら、モンスターの肉の効果は相当なものになります」

「話の内容が変……やっぱり抜けている……? おかしな点が多すぎるわ……」


 僕と月城さんは頷きあう。マリナは何か疑問点があるのか考え込んでいたが、確かにこのあたりの情報はマリナや掲示板経由で聞いた事がある。ダンジョン内での治療による高額請求。〖バンデッド〗が関わっているとは聞いていたが、そこまでとは思わなかった。


「何で話してくれたの?」

「……追い詰められて、正常な思考ができていなかったっス。まずするべきことは、それだけ脅されても警察や上位クランに繋がりのある人に相談することでした」


 僕が質問すると、加治ヒナノは痛切な表情で俯く。彼女の年齢で借金3000万と脅迫に対し、正常な判断をしろというのが無理な話だろう。その正常じゃない状態で奇跡的に生き残ったのは本当にすごい。


「『魔物調理』を持っているイーダさんなら、多数のクランから声がかかってると思ったんッス」

「というかやっぱり僕のこと知ってるんだ。まだ『魔物調理』手に入ってから数日なのに」

「いえ、マイナス一階を徘徊する配信者については有名だったので元から知ってたッス」

「はははは……」


 思わぬところで僕の悪評?が飛び出てきて、月城さんと目を見合わせて苦笑する。『魔物調理』が一瞬で話題になったの、マイナス一階で徘徊する不審者がいきなり強スキルを得たという要素もあるんだろうな。


 加治ヒナノは姿勢を正し、頭を僕たちに深く下げる。そして僕たちにこう言ったのだった。



「初対面の私たちがこんなことを言うのはおかしな話です。でも失礼を承知でお願いします、〖バンデッド〗から私たちを助けて貰えませんか!」

「いい「コホンッ」……どうしたの?」


 が、加治ヒナノがそう言った瞬間に僕の後ろにいたマリナが大きく咳ばらいをする。急に何だよ、折角僕が生姜焼きの件から話を逸らせたと思ったのに。それにこんな話を聞いた以上〖バンデッド〗に合流するなんて案は無くなったんだし、乗り掛かった舟というやつじゃん。別に助けていいでしょ。


 眉をひそめながら僕は彼女の方を振り向くと、しかしその顔は極めて真剣だった。マリナは一歩前に踏み出し、加治ヒナノの肩に手を乗せる。嘘は許さないと言わんばかりの強い視線で加治ヒナノの目を真っすぐ覗き込みながら、マリナは質問した。


「Lvとメンバーは?」

「えっと、Lv15と14で二人だけッス、クランに所属はしてません」

「……スキルは複数持ってたりする?」

「しないッス」

「特殊な裏道を知っているとかは」

「特にありません、いつも通り攻略してるッス」


 それは僕からしても明らかに異常だった。マイナス22階は最低でもLv30はないと到達できない。なのに彼らはたった二人で到達したというのだ。更にLvも思ったより高い。クランに所属していない探索者としては異常なほどに。


「飯田君、あれ本当かな?」

「嘘をついている様子はないけど……」


 普通ではありえない事態。何かが抜けているかのような違和感。だがそれを、僕たちは別の形で見たことがある。『魔物調理』に関係する、奇妙な謎の一つだ。


 マリナは納得がいったらしくヒナノの肩から手を離す。そしてマイナス15階へ繋がる道を指さし、あろうことかこう言ってのけた。


「二人には急で申し訳ないけれど、まだダンジョンから出てもらうわけにはいかない。やってもらうべきことがあるわ」

「……どういうことっすか? 助けてもらった所申し訳ないですけど、怪我してますし何もできないっすよ?」

「こ、今度にできませんか?」

「こらタロー、見ず知らずの私たちを助けてもらってるのに何言ってやがる!」

「ひ、ひぃ! でもいきなりすぎるし危険なのは事実じゃ……」


 タローはもう命の危機はこりごりなのだろう。一秒でも早く地上に戻りたいという様相だった。怪我人二人、Lvが足りていない状態で何かをするのは危険すぎる。当然すぎる判断だ。しかしそれでもマリナは首を振った。



「そうね、でも今すぐしないと間に合わない。上手くいけば借金も減らせる。だからあまりにも急な話だけれど、聞いて欲しいわ」


 マリナは僕たちに語った。唐突で、しかしそうしなければならない理由を。


 彼ら兄弟との接触は偶然だったが、この事態については偶然ではない。ダンジョンで。結果から推測することはできても、あまりにも条理からかけ離れた現象であるため誰も信じない。だからこそ、今日めぐり合うことができた。


 マリナは加治姉弟ではなく僕たちに向かって指を立てる。


「疑問点の一つは二人で借金3000万。何故一人1500万なんていう奇妙な数字なのかが分からないわ」

「別におかしくないだろ? 500万単位だしキリがいいじゃん」

「違うわ、それなら一人2000万にすればいいじゃない。何故3で割り切れる必要があったのかしら。そしてもう一つ、マイナス22階までこのLvで到達し、戻ってくるのは不可能に近いわ。つまり途中までは何かしらの補助があったのは間違いない。さらに、〖バンデッド〗の契約がおかしいわ」

「契約がおかしいってどういうこと?」

「もし借金漬けにするならもっと高い金額でも問題ないはずよ。二人への追い込みも、学生二人にするものじゃない。何より、ヒナノちゃんがしてくれた会話はだった。まるでその部分だけ記憶から失われたかのような」



 つまり、彼女たちはどうやってマイナス22階まで辿り着いたのか。その答えとは。




「ヒナノちゃんのパーティーにはもう一人、高Lvの探索者が。でも、マイナス22階のモンスターに食べられて【保持存在】になり、全人類の記憶からした。マイナス22階に潜るわよ。今なら100%の状態で【保持存在】を回収できるかもしれないわ」


【保持存在】。今、その意味と現実が再び繋がりつつあった。

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