エリアボス!



 エリアボス、それは特定の階に潜む大型かつ強力なモンスターである。その体の大きさから、普段は自身の住処である広いエリアから動くことはない。また、一定期間ごとに再出現する法則やドロップ率の高さから、彼らを狩ることを専門とする探索者たちも多い。


 一方で、それ以外の探索者にとっては恐怖を意味する存在だ。そのサイズから短刀やクロスボウなど、対通常モンスターの武器が致命傷へつながらない以上、戦っても自然とじり貧になっていく。多くの探索者が人数も装備も足りないまま突入し、逃げ帰ってきたわけだ。


「あの美味しくなかった生姜焼きのせいって理不尽だろ‼ 竜田揚げの方ならわかるけど!」

「うるさい、現場に向かうわよ!」

「この距離で引き付けられる……つまり匂いに敏感な犬系のモンスターですね。マイナス14階付近だと、エリアボスのシャドウファングでしょうか」


 だが今回は珍しく、偶然、奇跡的に。エリアボスは僕たちの方に向かって移動していたようだった。その途中で叫び声の主である探索者パーティーに出会ったのだろう。


 僕たちはえっちらおっちら悲鳴の方向に向かって走り出す。そうやって走っていて気づくが、体が軽い。明らかに身体能力が向上しており、同じような力の入れ方でも体の前進具合が違う。ちらっとステータスカードをのぞくと、Lvが大きく上昇していた。




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 飯田直人  Lv27→34

 スキル:『魔物調理』《食料保存》《解体》

         『麻痺毒』《麻痺攻撃》

         『炎魔術』《炎生成》 new!

【保持存在:安西太郎(12%) 西郡幸一(18%) 大門寺久井(43%) 七井救(13%) ……】 保持存在を解放しますか? YES/NO


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 ……さすがに強すぎる。この勢いだとあっという間に荒島に追いつけるのではなかろうか。


 Lv上昇が以前と比べると緩やかなのは、恐らくLvアップに必要な経験値は指数関数的に上昇するからなのだろう。Lv1から2とLv50から51は、必要経験値は全然違うのだ。


 そしてスキルは新しく『炎魔術』が追加されている。これはゴールデンゴリラの保有スキルだから、モンスターの肉を食べるとスキル習得率が高まるのはほぼ確実といっても良いだろう。


 得られた『炎魔術』の派生技能に《炎操作》がないため遠距離戦は難しいが、それでも強スキルの一角だ。とてもありがたい。


「見えた!」


 マリナが叫ぶ。草木で覆われた道を駆け抜けると、少し開けたエリアだった。草原が広がる中、怪我をした二人組がこちらに走ってくるのが見える。


「た、助けてくれ~!」

「急ぎな、タロー!」


 袋を背負った太り気味の少年が情けない声を上げている。その少し前で背の低い少女が槍を片手に少年を誘導している。


 二人ともあちらこちらに打撲のような跡があり、装備にもほつれがある。Lvは装備から推測するに10程度だろうか。……だが彼らの進行方向は地上に向かっている。つまり15Lv、帰ってくる際にシャドウファングに出くわしたことになる。


 辻褄の合わない奇妙な状態であるが、緊急事態の今それを考察している暇はない。改めて二人の状況を確認する。


 通路を走り二人を追いかけてきている黒い狼が、シャドウファングと呼ばれるマイナス16階付近に生息するエリアボスだ。オオカミとしての敏捷性を維持したまま小柄な象くらいの巨体をもつという強敵だ。だが幸いにもその敏捷性は失われていた。


「グルルルル!!!」


 というのもダンジョン内の通路は狭い。巨体が通るにはあまりにも狭苦しく、体のあちらこちらが壁に衝突して速度を緩める。そのお陰で二人は逃げ切ることができ、シャドウファングの怒りは増していた。


「僕らの後ろに!」

「……!! 感謝っす!」

「あ、ありがとうごさい……っ、ます……!」


 僕が彼らの前に立ち声をかけると、二人の顔はパッと明るくなり僕の横を通り過ぎる。彼らと入れ替わる形で僕たちは通路を走るシャドウファングの前に立ちふさがった。


 シャドウファングは黒い巨大な狼だ。だがその最大の特徴はこいつのもつ特殊スキル、『影魔術』。これにより高い攻撃力・耐久・敏捷・遠距離攻撃を兼ね備えたエリアボスとして君臨している。


 だがモンスターの肉で強化された僕たちの敵になるかというと、そうではない。シャドウファングから伸びる影が黒い槍のような形状になって僕たちに襲い掛かる。


「私が抑えます、飯田君は《解体》を!」

「こっちよ狼!」


『影魔術』で生み出された黒槍を月城さんは短刀で的確に砕いていく。マイナス14階での動きより遥かに機敏な体さばきで動く彼女を、マリナの『水魔術』がサポートする。


 『影魔術』をものともしない前衛とさながら銃弾の如き水塊の掃射にシャドウファングの意識が逸れる。その隙をついて僕は壁に沿うようにシャドウファングに接近する。触りさえすれば勝てる。その事実は僕の心を落ち着かせた。


 だがこの狭い地形と敵の巨体という条件は思わぬ事態を生み出す。


「グルルルルァァァ!!!!!」

「まじかよっ!」


 黒い影が高速で僕に接近する。いや、こいつが対象にしているのは僕ではなく月城さんとマリナだ。トラックに突き飛ばされたかのような衝撃と共に僕は背後に吹き飛ばされる。


 体が何度も硬い地面に叩きつけられた。数十メートルは吹き飛ばされたのだろうか、周囲には砂埃が舞い口には砂利と葉っぱが混ざる。慌てて僕の元に駆け寄ってくる先ほど助けた二人は、焦った様子で介抱しようとしたが、僕の姿を見て言葉が止まった。


「大丈夫っすか! 直ぐに治療……?」

「あれ、意外と……」


 体に力を入れ、僕自身も驚くほどの身軽さですっと立ち上がる。数十メートル吹き飛ばされるという、常人なら即死しかねない状態でなお、僕の体が訴えるのは擦り傷の痛みだけだった。


 Lvが上がると超人になる。話には聞いていたが驚くほどの性能差だ。一週間前の自分とは比べ物にならない耐久力である。


「よし、防ぎ切ったわ……?」

「グギャアアアア!!!」


 そして言葉が止まったのは彼らだけではない。僕の視界の先で、マリナの『水魔術』で作った水壁が突進を受け止めている。問題は突進を受け止められたシャドウファングの体から大量の血が飛び散っている点だ。


「《解体》しきれなかったな。流石にあのサイズに対して接触時間が短かったのかな?」


 やったことはシンプル。ぶつかられた瞬間に《解体》を発動しただけだ。僅かな時間であったがある程度シャドウファングを切断することには成功したらしい。各部からシャドウファングは出血し、動きが一気に鈍る。


 マリナと月城さんは何が起きたかを遅れて理解し、僕に親指を立てる。僕もハンドサインを返しながら戦線に復帰するべく前に歩き出した。全身から出血しているシャドウファングに僕たちはとどめを刺すべく武器とスキルを叩き込む。



「追加食材ゲットの時間だ!」

「竜田揚げでお願いします!」

「アヤメあんた毒されてない!? とにかく畳みかけるわよ!」


 既に僕ら(マリナを除く)の頭にはシャドウファングの肉しか存在しない。だからこそ違和感の正体にまだ気づいてはいなかった。



 あの助けた二人こそが、【保持存在】の実例であるということに。

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