MPKはダメって初心者講習で学んだよね?

《解体》スキルを発動すると、触れた手の周辺から血が迸り、内側から切断されるかのようにモンスターが切り刻まれていく。ただそれは名前の通り可食部とそうでない部位を切り分けるだけだ。皮と肉と臓器と骨を、それぞれ分離していく過程で血が飛び散るという光景が近い。


 だが今回のゴーレムへの《解体》は明らかな異常が発生していた。


 まず僕の手を起点に亀裂が走る。普段であればそこから切り分ける過程に入るはずだが、代わりに発生したのは異音だった。石が無理やり切断される音、それが幾重にも重なってゴーレムの体内から響く。


 僅か一秒ほどの出来事だった。ゴーレムの全身に無数の亀裂が走り、衝撃波と共にその体をただの小さい石ころに変えて吹き飛ばしてしまう。


「え……」


 僕の目の前には、かつてゴーレムだった石の破片が無数に転がっている。通常の斬撃ではありえないほど精密かつ執拗に切断されたゴーレムは誰が見ても即死だ。一瞬間を置いて、ゴーレムは黒い霧になって消えてしまう。


 月城さんとマリナ、ゴールデンゴリラは何が起きたのか分からず呆然とこちらを見つめている。《解体》の効果では無機物に対しては無力、というのが仮説だった。いったいどういうことなんだ、と戸惑う僕にコメント欄が的確な答えを返した。


『それ、多分効果としては①切断する ②可食部とそうでない部分に分ける なので、②の処理が始まらないままずっと①が実行され続けてるんだと思う』


 ……そんなプログラムのエラーみたいなことある?







 ◇◇◇◇◇◇◇◇






 それから僕らはさらに数十体ものモンスターの乱獲を行った。このマイナス14階は兎に角エンカウント率が高い。短期間でモンスターを倒す、という点についてはこれ以上の狩場はないだろう。


 倒せるモンスターがゴールデンゴリラ、カンフーパンダ、フロストダンゴムシと色物&地上にいる生物っぽいのが唯一の欠点だが。他の階はペガサスとかファンタジーっぽいのに、ここだけ妙にリアルなの嫌すぎる。せっかく食べるならもっとファンタジーなのがいいよ……。


 そうして僕が少しげんなりしながら、マリナが頑張って配信を回しながら、月城さんが揚げ物揚げ物と連呼して早数時間。実に20個ものパンダ&ゴリラの肉を入手することに成功していた。以前は30%ほどだった肉のドロップ率も、僕が慣れてきたからか少しずつ上昇してきている。


 ちなみにゴーレムとダンゴムシについては何一つドロップせず、《解体》を食らった瞬間に粉微塵になっていた。どうやら《解体》の厳密な処理は、


 ①相手を切断する

 ②可食部とそうでない部分の境目(例:臓器と肉の間)を切断面から判別する

 ③境目に沿って切断を進めていく


 という工程になっているようだ。あのゴーレムや巨大ダンゴムシは固すぎて全身が食べられないからなのだろう、②の段階で境目を見つけることができず、再び①の切断を行い、境目を探索するという行為を繰り返すようだ。


 その結果、食べられるモンスター以外に無力と思われていた《解体》はモンスターであれば全ての敵を即死させられるクソスキルと判明したわけだ。ちなみに精神力の消費は無機物相手だといつもより僅かに激しい。具体的には100回くらいやったら疲労感が出てきそうな感じだ。……それでも消費が軽すぎるが。


 そんなわけで時間は16時近く、昼飯が早かったこともあり小腹がすき始めた僕たちは夕食を取ることにした。


「よし、じゃあ疲れてきたしここで食事にしましょう。あたしらは普通のやつを、イーダはモンスターの肉定食ね。というわけで一回休憩します、しばらく配信切るよー」

『お疲れ様~』

『再開何時?』

『お疲れ様です!』


 通常、エンカウント率の高いダンジョンで呑気に飯を食べるのはアホのすることだ。しかし近くのモンスターをかなりの数狩り、そして隠れるのに適した大きな木の根元であれば大丈夫だろう、という判断だ。


 僕は早速ゴリラとパンダの肉をスライスし、生姜焼きにする準備をしていく。場所の都合上、時間のかかる料理はできない。なのでたれを混ぜて焼くだけで作れて、かつ油っぽくなく大量に食べても辛くなりにくいこれを選んだわけだ。


 そしてもう一つ、月城さんの要望にお応えして揚げ物の準備をしていく。以前マリナから大層不評だった揚げ物装備を小型化して持ってきていたのだ。これは時間が少しかかってしまうが、ダイエットの関係で揚げ物をしばらく食べれなかった月城さんのモチベを考えると、まあ仕方がないだろう。


 モンスターの肉にみりんと塩麴、生姜などを揉みこむ作業は戦闘の合間を縫って完了させてある。下味の付け具合と揚げてからの時間こそが揚げ物の味を左右する、絶対に手を抜けない!


 他二人はダンジョン内で食べる用の夕飯を事前に用意してくれているようだった。とはいっても月城さんの家は家政婦さんの在庫手続きの関係で簡単に弁当を作れない、という思わぬトラブルがあったのでマリナだけだが。曰く、食材の使い道が契約で縛られていて許可と使用量の管理がどうこうと、明らかに僕らの住む世界と異なるレベルの話が展開されていたらしい。


 それはさておき、マリナは背中のバックパックから大きなタッパを取り出す。見栄えではなく実用優先なのが彼女らしい。そして中身はガチだった。色とりどりの料理がそれぞれ激しい運動で料理がずれないよう仕切りとラップで小分けにされている。恐らく意図的に肉料理は無く、野菜や魚、卵料理や白米がメインになっている。


「あ、ありがたい……!」

「どうせ食べ飽きると思ったから味チェンできるのが第一かなって思ってね」


 さらっとした優しさに感動する。料理というのは大量に一品を作るより少量の物を多数作る方が大変だ。だから僕は当初、肉を全て生姜焼きにしてしまおうと考えたわけで。だからこそこの努力には感動しかない。お前、いいやつだな……!


 となると僕も負けていられない。十分に温まったフライパンに薄く切った肉を乗せる。次にスーパーでも売っている安定かつやたらと美味しい(ただしそこそこ高い)生姜焼きのたれをそのまま投入し、モンスターの肉と絡めていく。


 ここで下手にたれを手作りしないのがポイントだ。2045年にもなれば、こういったたれの品質は大きく上がっている。マリナくらいの腕があれば作ってもいいのかもしれないけれどね。


「こう入れればいいんですか?」

「そうそう、油跳ねだけは気を付けて」


 そうやって生姜焼きを待っている横で月城さんが恐る恐るフライヤーにモンスターの肉を入れていってくれている。しばらくするといい感じのきつね色になってきたので、タイミングを見計らって取り出してもらう。


 そうやって出来上がったのがゴールデンゴリラ&カンフーパンダの塩麴竜田揚げだ。同時に生姜焼きも出来上がったので紙皿に乗せていく。


「「「頂きます!!!」」」


 早速皆が手を付けたのは生姜焼き。塩麴竜田揚げは油を切らないといけないので少しお預けだ。生姜焼きを3人で同時に口に入れ、しかし予想に反して皆の表情が微妙なものになる。


「うーん、これは……」

「あまり美味しくないな……生姜焼きは向いていないのかも……」

「……」


 焼きあがったゴールデンゴリラ&カンフーパンダの生姜焼きは、なんだか奇妙な形だった。ちょっと縮れていて、たれと肉が上手くからんでいない。恐る恐る口に入れると……食べられないことは無いが、食感がちょっとゴムっぽい。肉が筋張っているからなのだろう。ゴリラとパンダ、意外とムキムキだし。


「料理、上手くいかなかったとき凹むわよね……」

「わかる。しかもそれを自分で処理しないといけないんだよな……」

「あたしはそっちより振舞った相手が微妙な表情になるのが嫌なのよね。当然正面切って不味いって言われると不快になるけど、取り繕って美味しいと言われるのも気まずいし。なんというか、労力かけたんだから!って気持ちと不味い物出してごめん!って気持ちがぶつかり合う感じ」

「それはさっぱりわからないな、不味いなら不味いって言って互いに苦笑いすればよくない?」

「飯田くんらしい答えだね」


 ちょっと暗くなりながら生姜焼きを消費していく。合間合間にマリナが持ってきた料理をつまむがこれが旨い。味が濃すぎず薄すぎず、迷わず手を伸ばして食べることができる。肉の味付けを少し濃い目にしている関係上、とても助かる。


 続いて月城さん推薦、塩麴竜田揚げをつまむ。油を切り終わったそれは、外からの見た目は完璧である。あとは味だ。口に一つ丸ごと放り込んで、そして僕は目を見開く。


「美味しい……!」

「揚げ物はやっぱり外れないわね。となると飯田が初日に着てきた唐揚げ調理セットは様々なモンスターに対応可能な最適解だったってこと……!?」

「美味しいです! 我慢せずに揚げ物を食べられるの、本当に嬉しい!」


 先ほどの生姜焼きとは異なり、竜田揚げは兎に角シンプルに美味しかった。塩こうじの風味と控えめな肉汁が口の中で広がる。肉は少し硬いが、事前に下処理で切れ込みを入れていたお陰か十分に許容範囲内だ。そして何より衣の付き具合が良かった。塩麴のお陰か衣が綺麗についていて、サクサクとした食感がたまらない。


 戦闘でお腹を空かしていた僕たちはあっという間に肉を消費し、概ね今ある手持ちの半分を食べきる。一個200g程度しか取れないといっても、10個も食べれば2kg。一度で食べきるのは不可能だ。


 ただそれでも耐えられたのは、これが黒い霧の集合体だから、という所もあるだろう。……その場合栄養分がないんじゃないか、みたいな話も始まるのでこれもまた要検証である。


「ごちそうさまでした、美味しかったです」

「お粗末様です」

「ご、ごちそうさまでした……腹が……」


 そんな話をしていた時だった。少し離れた場所から悲鳴が聞こえる。


「エリアボスだ! なんでこんなところにいやがる、誰かが引き寄せたのか!?」


 叫び声を聞いた瞬間、全員で空のフライパンを覗き込む。焦げたたれが残っており、美味しそうな匂いを周辺にばらまいていた。




 ……これ助けないといけないやつだよね?



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